上 下
134 / 175
第2部 第2章 帰って来たF級冒険者

第40話 ウィルと神殺しの矢

しおりを挟む
「さてと、まずは戦力を分散させてもらうよ」

 上空で大砲の弾を避けながら天地創造剣を右手に持つと、マーリンの洞窟に続く坂道に一枚の分厚く巨大な岩壁を作った。

『何だこれは! さっさと壊せ!』

 ドドドオーン‼︎ ドドドオーン‼︎

『駄目です! ビクッともしません!』

 悪いけど大砲の弾で壊せる程度の壁なんか作らないよ。こっちは人数では明らかに負けているので、自分の持っている優位を最大限に使わないと勝てない。壁を楽々と飛び越えて砂浜に着地すると、洞窟へと続く道に見える残りの兵士は三百人程度だ。

『絶対に奴を中に通すな。通せば死ぬと思え。行けぇ‼︎』

『『『ヤアァァァ~! セィヤァァ~! ウオォォォ~!』』』

 勇敢に立ち向かって来る兵士諸君には悪いけど、剣を何百回も振るって白兵戦をするつもりはない。天地創造剣を正面の兵士に向けると、背後の巨大な黒岩の壁に無数の石つぶてが浮かび上がった。レディー・ゴー用意どん

『『『ギャアア~~‼︎』』』

 毎秒数万の石つぶてが休みなく、三百人弱の兵士達に降り注ぐ。命を懸けた程度で僕を倒せると思っているようなら大間違いだ。こっちも大切な人達の命を懸けている。思いの強さが同じなら、あとは実力で勝敗は決まる。その程度の強さで僕の前に立つな。

 数分で洞窟まで続いていた砂浜を砂利道に変えると、僕は迷わずに前に向かって歩き出した。

 ここにいる兵士達はリチャード伯爵の兵士達だ。町を守る軍隊を私用に使って何がしたいのか分からない。巨乳メイドとの不倫が妻にバレたから、僕に八つ当たりしたいのかもしれないけど、それは僕の所為じゃない。バレたのなら、それはお前の所為だ。『やるならバレるな。バレたら乗り換えろ』だ。人の所為には絶対にしたら駄目だ。

 まあ、そんな訳はない。侯爵家の誰かが僕をこの洞窟に近づけさせたくないと考えたとしたら、その妨害の為の軍隊だ。でも、それがおかしい。僕の今の強さを知っているのなら、この程度の戦力で押さえ切れる訳がない。これで押さえ切れるのは、せいぜいA級クラスの時の僕だけだ。

 でも、それもおかしい。情報が古いという事がおかしいのではなく、僕が新世界から帰って来るかもしれないという前提で動いている事がおかしいのだ。そして、僕が賢者の壺が置いてあった場所にやって来る事も知っている。

「誘導されているのか? 何の為に…」

 酷く嫌な予感がする。まるで見えざる神の手の平で踊らされている気分だ。でも、そいつは神じゃない。神ならばこんな面倒くさい事はしなくていい。思うがままに何でも出来る。

「あっ~あ、やっぱり駄目だ! 新世界を瘴気だらけにする意味が分からない。生き残った人間への嫌がらせなのか?」

 マーリンの洞窟に入ったものの、中には兵士達は誰もいなかった。そんなに僕を中に入れたくないのなら、通路を物で塞げばいい。まあ、土砂や岩で塞いでいても、収納袋にパパッと入れるから大した時間稼ぎにはならないけどね。

「ああっ、死亡フラグを立てちゃったかも」

『ボォォー』

 洞窟の奥から聞き覚えのあるカエルのような声が聞こえて来た。ゾンビの声だ。エミリアと一緒に、あの時に洞窟にいたスケルトンとゾンビは倒したので、居るとするのなら補充した事になる。

 まったく、やれやれ。僕が神龍剣が無いと不死者を浄化出来ないと思っているのは、残念ながら聖属性の魔法も性属性の魔法も得意だ。

『名前・ブラッドスケルトン 種族・骸骨屍霊 魔物ランク・A級 体格・中量級 レベル240 HP14818 MP740 攻撃力1410 物理耐性1434 魔力645 魔法耐性889 敏捷889』

『名前・ブラッドゾンビ 種族・腐敗屍霊 魔物ランク・A級 体格・中量級 レベル238 HP12419 MP621 攻撃力1635 物理耐性1218 魔力1415 魔法耐性1109 敏捷531』

「あれ? 強くなっている」

 暗闇の中から赤い骨と赤い肉の怪物が現れた。名前だけじゃなく、姿も変化している。前回のゾンビはC級だったのに、この短期間でここまで強い不死者を作る事が出来るだろうか? まあ、考えている時間はない。

 聖なる光の鉄槌を前方に向けて発射したいけど、ここは洞窟の中だ。洞窟を破壊して生き埋めになりたくないのならば、天地創造剣の刀身に聖なる光を凝縮してスケルトンとゾンビを斬るだけで我慢しよう。

『セイッ‼︎ ヤァァ‼︎』

 レイピアのような細い刀身をゾンビの頭部に突き刺すと、素早く引いて、今度はスケルトンの頭蓋骨に突き刺す。頭部を突き刺しても、一撃では浄化は出来ないようだ。僕の今の力でも浄化するには三~四撃は必要かもしれない。確かに不死者達は強くはなっている。それでも、僕の敵ではない。

 スケルトンのスピードは僕の四分の一、ゾンビなんかは六分の一だ。本当に殺すつもりで襲って来るのなら、僕の攻撃速度と浄化速度を上回る数を用意して欲しかった。これだと、ただのレベル上げだ。

『弱い、遅い、弱い!』

 剣先を指揮棒のように軽やかにリズムカルに縦横無尽に振るって、襲って来る不死者達の首と手足を、くうを斬るように軽々と斬り落としていく。トドメに転がっている頭部に聖なる光を纏わせた剣を突き刺すと、不死者達を灰に変えて行く。

『はぁ…はぁ…はぁ…』

 少しだけ息が上がって疲れが見えてきた。どう考えても僕の体力とMPを消耗させるのが目的としか思えない。まさかとは思うけど、僕を殺す為だけの罠なんじゃないのか? マンチェスターから僕を追いかけずにリチャード伯爵の城を目指せば、僕が洞窟に辿り着く前に軍隊は用意できる。

「いや、まさか⁉︎ そんな事があり得るのか?」

 行方不明なのはギルド長とアシュリーの二人だ。僕が二人を誘拐したか、殺した犯人にされているのなら、冒険者ギルドと侯爵家の人間が協力して僕を殺そうとする十分な理由になる。

 はぁ、それでも秘密の部屋が実際にあるか、ないか、確認しないと外には出られない。あの大量の大砲で洞窟を崩して僕を生き埋めにするつもりじゃないだろうな? あの威力だと何日掛かるか分かるだろうに。

 ❇︎

『中に入ったぞ! さっさと瘴気砲を洞窟に向けて設置しろ!』

 海からやって来た大型の軍船が、マーリンの洞窟の前に到着すると、指揮官の怒号が飛ぶ。船に乗っていた兵士達が甲板の上に積まれた一つの巨大な大砲を船から引き摺り降ろして行く。ウィルが洞窟に入ると直ぐに、侯爵が神龍を倒した武器『瘴気砲』が砂利道に変わった海岸に降ろされた。

『『『セイッ、ヤァッ! セイッ、ヤァッ!』』』

 軍船から降りた兵士達によってマーリンの洞窟の出入り口に前に素早く移動されて設置されると、瘴気砲のエネルギーであるMP蓄積装置や瘴気蓄積装置が、瘴気砲の動力部分に繋げられていった。

「罪人よ。ここがお前の墓場になる。跡形も無くこの世から消え去るがよい。総員退避‼︎ 急げ!」

 再び指揮官の怒号が飛ぶと、兵士達は急いで船に乗り込んで行く。三分後にはマーリンの洞窟は粉々に吹き飛んでしまう。狭い一本道の中では誰も逃げる事は出来ない。例えS級クラスの魔物でも。

 

 

 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:576

前世の記憶さん。こんにちは。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:305pt お気に入り:1,126

ずっと、一緒に

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:11

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,936

異世界のんびり散歩旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,592pt お気に入り:783

処理中です...