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第2部 第2章 帰って来たF級冒険者

第30話 ウィルとモシェ

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 ここでいいか。床に侯爵の壺を置くと、収納袋から透明な小瓶に入ったピンク色に輝く蘇りの粉を取り出した。

 侯爵に話しを聞けば遺骨は必要ない。わざわざ持ち去ってから返しに来るのは面倒だし、遺骨泥棒として指名手配されたくもない。最悪、配達物としてこの屋敷に送ればいいかもしれないが、それが侯爵の遺骨だと証明するのは難しい。ここでパパッと聞いて祭壇に戻した方が楽だ。

「この壺で間違いないですね?」

 同じような顔で同じ名前の先祖がいる可能性もある。ロザリンダに蘇りの粉を使う前に最終確認する。

「ええ、間違いありませんよ。それよりもその粉は本物のようですが、何処で手に入れた物ですか? 作った訳ではないでしょう?」

「秘密です。ロンドンの大英博物館から盗んだ物じゃないので、嘘の容疑をかけて指名手配しないでくださいね」

「ええ、そんな事はしませんよ。ただし、屋敷の者に犠牲者が出た場合は分かりませんけどね」

 襲って来たのは執事ジジイだ。こっちが被害者だぞ! と言いたいけど、透明マントで不法侵入したのは間違いない。屋敷に無断で侵入した者を捕まえようとしたと言われれば、どっちらに非があるかは明白である。

 とりあえず、屋敷の修理代、怪我人の治療費、ついでに遺産の相続税の金貨40万枚も支払ってしまおう。合わせて金貨50万枚で足りるだろう。今の僕の総資産の1%以下程度だ。これで済むなら痛くも痒くもない安い出費だ。

 骨壺の蓋を開けると、中身の包みを開いて蘇りの粉を遺骨に全部振り掛ける。しばらく待つと遺骨からピンク色の煙が上がって、一人の男の姿に変化して行く。

「これは? あなたは誰ですか?」

 完成した煙の男に向かって聞いてみた。アイテムの効果通りならば話せるはずだ。

『オラはモシェだぁ。どこだ、ここは?』

『名前・モシェ(死亡) 職業・兼業農家 レベル1 年齢26歳 身長182cm 体重80kg』

 はい、婆さんを襲います。着ている黒の服を引き裂いて、下着姿にしてその辺の路上にロープで亀甲縛りして放置します。そうだ! 下着も脱がして、僕の秘蔵のエロ下着に履き替えさせよう。そっちの方が面白そうだ。

 でも、僕が服を引き裂く前に婆さんの方がモシェという全裸の男に激怒して詰め寄って行った。

「誰ですか、あなたは⁉︎ 何で侯爵様の骨壺に入っているんですか!」

『オラはモシェだぁ。どこだ、ここは?』

「だから、あなたは誰ですか!」

『オラはモシェだぁ。あんたこそ、誰だ?』

「巫山戯ているんですか!」

 駄目だ。これ以上は全裸の田舎者と婆さんの不毛な会話を聞いていられない。このロザリンダの怒った反応から壺の中身が何処かの村人のモシェとは知らなかったようだ。それにしても、服を着ていない状態で現れるのなら、やっぱり使うんじゃなかった。

 まあ、とにかく今更後悔しても遅い。まずは話しが聞けるのなら、この男から情報を聞くしかないだろう。

「それでモシェさんは何処の村の人、何ですか? 僕はサークス村出身なんですよ」

『あんたも村人かぁ! オラはベリック村だぁ。いい仕事があるって誘われて、気張って村さぁ出たのに、いつの間にか死んでたんだぁ。ここは、どこだ?』

 ベリック村といえば、イングランド王国最北部の寒村だ。ここから魔船で二日、馬車なら三日の距離にある貧しい漁村で、僕があの村に住んでいて高待遇で誘われたら、同じように付いて行っただろう。

「ここはアポンタインの侯爵様のお屋敷です。モシェさんは侯爵様の骨壺の中に、侯爵様の遺骨として入れられていたんですよ」

『そうだぁ、そうだぁ! 思い出したださぁ。オラは侯爵様のお屋敷に庭師として働きに来るように誘われて、その途中に魔物に襲われて、ポックリと昇天したんださぁ』

「デタラメを言わないでください。そんな話は聞いた事がありません」

『嘘じゃねぇ。確かに屋敷のメイドに誘われたんだぁ。嘘だと思うんなら、金髪のカトリーナさんに聞いて欲しいだぁ』

「ほら、見なさい! そんな名前のメイドは屋敷には居ませんよ。あなたが勝手に騙されたんです」
 
「それだとモシェさんが侯爵様の骨壺に入っている理由が更に意味不明になりますよ」

「それは…」

 言葉に詰まると、ロザリンダは黙って考え込んでしまった。彼が偽メイドに騙されたとしても、侯爵の壺に彼が入っていた理由は不明のままだ。何の関係もない人間の死体を燃やして、その骨を侯爵として祭壇に置いたとしたら、本物の侯爵の遺骨が何処かにあるという事になる。

 こっちが欲しいのは賢者の壺の情報だから、このまま帰ってもいいけど、こんな事をするなら何かしらの意味があるはずなんだ。誰が何の目的で遺骨をすり替えたんだ?

「モシェさん、あなたが屋敷に誘われて、殺されたのはいつ頃の事なんですか?」

『あれは……1785年の11月頃だぁ。冬場は農業は出来ねぇから、皆んなは寒い海の中で漁をするだぁ。温かい屋敷で美味しい食事を食べて、綺麗なメイドさんと暮らせるなら、喜んで付いて行くだぁ』

 今から約1年前ぐらいか。それに付いて行く? つまりは馬車でわざわざ村までやって来たという事になる。この男がそこまで優秀な庭師には見えないから、誰でも良かったのだろう。

「そのカトリーナというメイド以外に誰かいませんでしたか? 例えば馬車の御者でもいいですよ」

『うんだべさぁ~、御者の爺さんには興味がなかったから、カトリーナさんの生足ばかり見ていてよく覚えてないんだべさぁ』

 ちっ。気持ちは分かるけど、ちょっとは覚えていろよ。本当に使えない情報ばかり出しやがって。

 それにベリック村に調べに行くとしても、大型の魔物『ナックラヴィー』に襲われて、結構な数の村人が亡くなったらしい。行くだけ無駄足になりそうだ。

『おおっ‼︎ 居たべさぁ! この爺さんが御者の爺さんだぁ。ジジイの癖にオラと同じで、デカい図体だったから間違いねぇ』
 
 興奮したモシェが一枚の肖像画を指差している。そこの祭壇には骨壺は無く、あるのは肖像画だけだ。

「モシェさん、本当に間違いないの?」

『間違いねぇ。思い出した! この爺さんが襲って来た魔物を剣を振り回して倒していたんだ。それでオラも戦おうと外に飛び出した時に死んだんだぁ。そうだぁ、そうだぁ』

「いい加減にしてください! その当時の侯爵様は一人で動けるような状態ではありませんでした。寒村に出掛けて、魔物と戦える訳がないでしょう」

『間違いねぇ! 絶対にこの爺さんが御者の爺さんだぁ!』

「人違いです! 絶対に見間違いです!」

 また、モシェとロザリンダの不毛な戦いが始まった。モシェが嘘を吐く意味がないので本当の事を言っているのは間違いない。でも、メイドの生足ばかりを見ていた男の証言を100%信じる事は出来ない。

 さてと、これ以上はここに居ても有益な情報は聞けそうにないな。賢者の壺を手に入れた大体の時期が判明しただけでも良しとしよう。とりあえず玄関辺りに50枚の金貨の雨でも降らせて帰るとするか。

 

 
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