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第2部 第2章 帰って来たF級冒険者

第26話 ウィルと墓参り

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「風が冷たいな…」

 僕はアポンタインに向かう魔船の甲板の上で、一人、冷たい潮風に打たれていた。水平線の向こうに夕日が沈んで行く。出会いがあれば別れがある。そんな事は誰だって分かっている。高級宿屋に一週間滞在して侯爵の冒険者手帳を隅々まで調べた。ついでに休憩時間を利用してエミリア(仮)の身体も隅々まで調べた。あれは楽しかった。

 でも、生まれた国か、生まれた時代か、とにかく何かが悪かったのだ。エミリア(仮)とは合意の元に別れる事になってしまった。まあ、何となく性格の不一致ではなく、性欲の不一致が原因なのは僕も分かっていた。だから、彼女に慰謝料として金貨500枚を追加で渡す事で決着を付ける事にした。

 あのままエミリア(仮)として、僕をサポートすれば幸せになれたはずなのに、何故、人は特別な何かになろうとするのだろうか?

『私はデイジーよ! エミリアじゃないわ!』

 僕には怒って薄紫のカツラを放り投げた彼女の気持ちが分からない。さようなら、エミリア(仮)。ご主人と来年辺りに産まれて来るかもしれないお腹の子供とも、仲良くするんだよ。一応は養育費は渡したからね。

 結局、二人掛かりで侯爵の手帳を調べた結果、特に気になった点は、ある時期から侯爵が積極的に白聴会に入ろうとしていた事と、侯爵の趣味のアイテム製作が若い時は日常生活を助ける便利道具が多かったのに対して、最近の手帳では軍事兵器の記述が目立っていた事だ。

 おそらく、侯爵は神龍を倒す為に白聴会に入ったのだろう。でも、この推測にはちょっと違和感を感じてしまう。

 神龍を倒した武器はMP蓄積装置と瘴気蓄積装置を組み合わせたものだ。蓄積装置は瘴気を浄化する事は出来ないけど、保管する事が出来る優れた魔法具だ。一般にはその存在は隠されていたようだけど、瘴気砲という大型の大砲で神龍を倒した事が手帳に書かれていた。

 つまり、白聴会に入らずとも侯爵単独で神龍は倒せたと僕は考えている。白聴会に入った目的が神龍の倒し方や弱点を知る事じゃないのならば、目的は心石の入手と考えるべきだけど、それもおかしい。侯爵の強さならば、エミリアとアシュリーの二人分の心石を力尽くで奪い取る事も出来たはずだ。もちろん、エミリオの存在を考えると二人分以上も可能だったのだろう。

 そして、ここまでの情報を元に僕は一つの可能に辿り着いた。白聴会が賢者の壺を持っていた可能性だ。

 世界の始まりから活動していた白聴会ならば、その宝物庫には想像も出来ない程のお宝が保管されているはずだ。まあ、宝物庫が実際に存在していなければ、何処かの埋蔵金伝説と同じで、漢の永遠の浪漫として夢物語で片付けられてしまう。

 全ての答えを知るには、やはり侯爵に聞くしかないという事だ。

 収納袋には一回しか使えない秘宝中の秘宝『蘇りの粉』が入っている。この粉を遺骨や死体に振り掛ける事で数十分間だけ、死んだ人と会話する事が出来るらしい。

 まあ、実際には死体が持っている記憶や情報を魔法の力で引き出して、生きている人間相手に会話していると思わせるだけのアイテムらしい。相手から何かを聞いて来る事はないし、質問したら答えてくれるだけの機能しかない。

 もしも実体化してくれるのならば、ジジイ相手には絶対に使わない。僕ならイングランド王国三大美女の一人『シャルロッテ・ブリアンナ』に使う。身長167cm、体重50Kg、バスト99(H)、ウエスト55、ヒップ88という、上も下も大変しからん身体をしていたらしい。

「あっ~あ、一度でいいから見てみたい」

 でも、それが無理なのは分かっている。残念ながら遺骨が保管されているのは、ロンドンの王城の地下礼拝堂なのだ。厳重な城の警備を突破して、ブリアンナとあんな事をする時間はない。

 さて、そろそろ船内に入って寝るとしよう。エジンバラの港を出発してから今日で三日目だ。目指すアポンタインの町には明日到着する予定だ。

 ❇︎

「まずは侯爵の植物園のような別邸に行くとしますか」

 魔船から降りると、路地裏で透明マントを脱ぐ。何故だかエジンバラの港にも、アポンタインの港にも僕の似顔絵が多数飾られていた。まあ、ここまで逃げれば大丈夫だ。さて、情報収集と腹ごしらえでもしましょうか。

「いらっしゃい、いらっしゃい。安いよ、安いよ」

「3つください」

「毎度あり~」

 屋台のおじさんから串に刺さった魚の練り物を受け取る。町の中に特に変わった所はなさそうだ。僕達が新世界に行ってから、この世界では二ヶ月ちょっとの時間が経っている。戦争が起きたとか、魔物が大量発生したとか、隕石が落ちたとか、そんな話もなかった。

 新聞チェックで分かった事は、S級冒険者アシュリー・ガドガンと、ロンドンのギルド長ベルガー・ルシウスの、二人のS級冒険者の連続失踪事件だった。一部では駆け落ち、逃避行という説もあるようだが、僕が知る真実はソッと胸にしまっておかないといけない。民衆が残酷な真実を知る必要はないのだ。

「すみませんが、ウィリアム・ガドガン侯爵様のお墓のある場所を知りませんか?」

 この威勢の良い、地元の焼きかまぼこ売りのおじさんなら知っているはずだ。

「何だい、観光かい? 残念だけど侯爵様のお墓は屋敷の中にあるんだぜ。屋敷の中に入って見る事は出来ねぇから、屋敷の外から拝むしかねぇな」

「そうなんですか。いやぁ~、残念だ。そうします。ありがとうございます」

「いいって事よ」

 なるほど。別邸の中にあるのか。ロンドンの本邸だったら危なかったよ。いや、もしかすると大英博物館にこの世界の『蘇りの粉』が残っているかもしれない。2つあれば、侯爵とブリアンナに使えばいい。いやいやいや⁉︎ 男ならブリアンナと銀髪の聖女と呼ばれた『ディネリンド・リリアーナ』に使うべきだ。ジジイに使うのはやっぱり勿体ない。

「よし、到着したぞ!」

 相変わらず綺麗な植物園だ。ここが個人の家とは思えない。実はここに来るのは少し楽しみだった。この屋敷のメイドは結構な美女や美少女が多かったので、ちょっとだけ悪戯したかったのだ。特に僕の事を『ゴミ』と罵った、黒髪ミディアムヘアの生意気メイド・ロクサーヌは念入りに悪戯しないと駄目だ。

 まずは透明マントを被って背後から近づく。そして、パンティを一気にずり下ろす。

「ぐぅへへへへ♬」

 あの澄ました顔が羞恥心で真っ赤に染まるかと思うと、楽しみだぜ。レッツ・ラ・ゴー・ゴー!

 早速屋敷に潜入する。庭師やメイド、執事と結構な人数がまだまだ働いているようだ。屋敷の管理費だけでも結構な額がするだろうに。

「お客様、お待ち下さい」

 んっ? 後ろに誰かいたのか?

 庭師の声で背後を振り返るけど誰もいない。透明マントを被っているので僕の事は見えないはずだ。

「そこのあなたですよ」

 えっ? 僕の事ですか?

『名前・ブラッド 職業・庭師 冒険者ランク・元A級 レベル313 HP13564 MP884 攻撃力628 物理耐性578 魔力636 魔法耐性1365 敏捷588 年齢62歳 身長179cm 体重74kg』

 良く切れそうな剪定バサミを持った、おかっぱハゲの筋骨隆々な元A級冒険者の庭師ジジイが現れた。

「久し振りですね。この屋敷に無断で入り込もうとする命知らずの馬鹿がやって来るのは」

『名前・オズボルト 職業・執事 冒険者ランク・元A級 レベル283 HP13346 MP869 攻撃力539 物理耐性508 魔力1186 魔法耐性1357 敏捷565 年齢58歳 身長174cm 体重66kg』

 色々なモノが良く隠せそうな銀色のお盆を持った、口髭だけ黒いロマンスグレーの元A級冒険者の執事ジジイも現れた。

『バサァ!』

「誰が命知らずの馬鹿だって? 面白い。今日を命日にしたいジジイは掛かって来いや!」

 僕は透明マントを勢いよく脱ぐと、命知らずの2人のジジイと戦う事を決めた。まったく墓参りに来たのに、新しい墓を作らせるんじゃないよ。
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