上 下
115 / 175
第2部 第1章 新世界のF級冒険者

第21話 ウィルとガーゴイル

しおりを挟む
 レベル96、113、189か。僕も舐められたもんだ。右足に力を込めると『よーい、ドン』の掛け声と共に一気に前に踏み込み、エミリオの目の前まで移動する。この三人相手に神龍剣は必要ない。素手でも十分にお釣りが来る。それぐらいの雑魚だ。

「ごぉはっ…‼︎」

『ガァシャーン‼︎』

 まったく反応出来なかったエミリオの喉元を右手で鷲掴みにすると、そのまま窓を突き破って外に連れて行く。外野の女性二人は無傷で捕らえたいので、広い中庭に叩き落としてからの公開ボコボコを決行する。

『馬鹿者が! 手加減しろと言っただろう!』

 宙に浮いて右手の荷物を石畳に落とすか、芝生に落とすか考えていると、左腰の神龍剣が騒ぎ出す。文字通り、そこまで右手には力は入れていない。

「見て分かるだろう。手加減はしているよ。そうじゃなきゃ首と胴体がお別れしているよ。ほら、さっさと落ちろよ」

「ぐっ…この化け物がっ!」

 掴んでいた首から右手を離すと、地上12mの高さからエミリオが真下に向かって落ちて行く。まあ、ボコボコにしていいと言ったのは神龍だ。それに魔法使いならばこの程度の高さから落ちても死んだりはしない。もちろん打ち所が悪くなければの話だ。

『風よつどえ‼︎ そして、吹き荒れろ‼︎』

 エミリオは落下しながらも短剣で空中に円を描くと、自分の足元に突風を集めて、ゆっくりと地面に降下して行き着地した。そして、着地すると素早く短剣を振り上げて、鋭い竜巻の塊を僕に向けて打ち上げた。

「遅過ぎる…」

 向かって来た行使力を込めた竜巻の砲弾を軽々と回避する。あんな遅い攻撃が僕に当たる事は絶対にない。

「これだから白シャツに黒ベストを着た奴は嫌なんだよ」

 エミリオの服装は白シャツに黒ベストに黒スラックス、これから会社に出勤するんですか? と思わず聞きたくなってしまう。スラッと手足も長く、薄紫の髪もジェルで綺麗にセットされている。僕のような愛嬌のあるご当地アイドル冒険者を少しは見習って欲しい。まずは髪型から丸坊主にしてあげよう。麦わら帽子を被れば少しは愛嬌が出るはずだ。

「ふぅ…何が目的なんだ? 私を殺す事が目的ならば初手で首をへし折る事も出来ただろう。金か、女か、物資か、何を求めてやって来た」

 一呼吸するとエミリオは落ち着いて話し始めた。流石は白聴会によって選ばれたアダム役だ。僕なら土下座して涙と鼻水を流しながら助けを求めていたかもしれない。さて、話しがしたいようだから、僕も中庭に下りるとしよう。

「別に個人的な目的はないよ。お前をボコボコにする事である探しものが見つかるかもしれない。だから、半殺しさせてもらうよ」

「おかしな奴だ。私が黙って半殺しになると思っているのか? このエジンバラ城はもう本来の要塞として機能している。半殺しになるのは、さて、どっちらかな?」

 はっは、僕にハッタリが通用すると思っているのなら大間違いだ。その証拠に僕に通用しないと見ると、もう蹲み込んで両手を中庭の石畳に付けている。まったく、お前のお父様は土下座の仕方も教えてくれなかったらしい。ほら、早くパンツ一枚になって、地面にオデコを擦り付けるんだ。

「んっ…? これは…?」

 グラグラと足元が揺れ始めた。いや、違う。揺れているのは一部分ではなくて、視界に入る古城全体のようだ。これだけの大規模な範囲魔法を一人で使えるとは思えない。随分と前から準備していたのだろう。用意周到、ご苦労様な事だ。

「たった一人の化け物相手に、用意した数万体のガーゴイル兵を使う日が来るとはな。さあ、殺れ!」

 エミリオの合図を切っ掛けに石畳や石垣から鳥、狼、虎、人間、ゴーレムといった石像の怪物達が、石の中を通り抜けるように次々と現れた。

「ふっ…たったの数万体か」

 石像達の首が一斉にギギギィと動いて、その灰色の目が僕に集中する。『殺す殺す殺す』という明確な冷たい殺意が、僕の肌を僅かに震わせた。面白い、掛かって来いやぁ‼︎

『なるほどな。行使力で単純な命令を与えた非生命体の兵士か。新世界に到着して直ぐに国防に力を注ぐとはな。何を恐れている? この世界に敵はいないぞ』

「神龍ドライグか。愚かな、世界は繰り返される。魔物も敵もいずれは内からも外からも現れる事になる。その時に備えた者は生き残り、何もしなかった者は全てを奪われるのだ。到底、世界の始まりから終わりまでを見て来た神龍の台詞とは思えぬな」

『だからこそだ。敵とは自らの手で作るものだ。お前の恐れがお前の敵を作っている。この石像の怪物達は、さて、お前の味方か、敵か。意思を持たぬ石ころに、攻撃の意思を持たせる事を愚かと言わずに何と言う?』

 ハァッ‼︎ ヤァッ‼︎ 二人の難しい話はさっぱり分かんない。僕は両手の拳をしっかりと握り締めて、襲い掛かって来る石像の怪物達を殴って砕く。そろそろルール変更で武器を使わせていただきます。

『ハァッ‼︎』

 左腰から神龍剣を引き抜くと、3m越えのゴーレムの胴体を真横に一刀両断してから、右足を軸にした回し蹴りでゴーレムの上半身を後方に蹴り飛ばす。飛んで来たゴーレムの砲弾に後方の数十体の石像が粉々に押し潰されていく。日頃のストレス発散にはちょうどいい相手だ。

「そろそろか…」

 エミリオが上空を飛んでいる大量のガーゴイル達を見て何かを呟いている。

『何かを狙っているな。気をつけろ』

 確かに地上も上空も石像の怪物達に埋め尽くされて包囲されている。逃げ場を無くして、僕を怪物達で押し潰すのだろう。無駄な事を、僕の収納袋にアレが入っている事を知らないようだ。
 
「終わりだ。折角、助かった命を無駄にするとはな。愚かな奴だ」

「そうかな?」

 ソッと収納袋に左手を入れると天地創造剣の柄を握る。残念ながら、僕は最初から君が勝てる相手じゃない。ふっふ、そろそろ、その勝ち誇った顔を絶望に変えさせてもらうよ。

「直ぐに理解するだろう。理解した時にはもう遅いがな。潰れよ」

 上空から鳥の石像達が一斉に急降下を始めた。予想通り、物量で押し潰す単純な作戦のようだ。力に勝る力は無いというけれど、数万体のガーゴイルでは僕の足元にも及ばない。本当の力というものを見せてやろう。さっさと敗北を理解して、寝室に一人で引き籠るんだね。

『ハァッ‼︎』

 天地創造剣を力一杯に石畳に突き刺すと、僕を守るように四方八方に巨大な黒石柱を作り出す。僕を押し潰したいのなら、まずは石柱を破壊してもらわないと困る。けれども、石柱の隙間に入って進むのは気をつけた方がいい。動いちゃうから。

 僕の忠告が少し間に合わなかったようだ。回転を始めた黒石柱に石像達が押し潰されて粉砕されて行く。さて、このまま前に進もうかな?

「くっ…やはり私では勝てないのか。済まない」

 勝てない事を理解したのかエミリオが膝から地面に崩れ落ちた。だから、違うって。早くオデコと両手を地面に付かないと轢いちゃうよ?

『ウィル、もうその辺でいい。奴の兵士もほとんど壊れてしまった。それに奴の心もお前には勝てぬと理解しただろう。戦意を失った相手にトドメを刺す必要はない』

「………」

 大丈夫、大丈夫。軽く轢いちゃうだけだから。軽く轢いて、直ぐに回復魔法で治すから大丈夫だって。多分ね。僕は神龍の忠告なんて無視してエミリオに向かって突き進んで行く。痛みを知って、人は強くなれるんです。さあ、粉々になりなさい。

『バキィン…バキィン…バキィン…‼︎』

「何だと⁉︎」

 何本もの黒石柱が硬い何かに打つかって次々と粉々になっていく。エミリオに石柱を破壊する力がある訳ない。だとしたら、やっと探し者が現れてくれたという事だ。

『あらあら、人間同士で何をやっているんですか? 困りましたねぇ』

 エミリオを抱き抱えるようにして守っている、白いワンピースと白のロングコートを着た白髪の女が見えた。この女の子が神の使いならば、この神龍剣とチェンジでお願いします。

 

 



 

 

 

 
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

アラフォー女、二重生活始めます

桜井吏南
ファンタジー
主人公古都音は、未だオタク末期で恋愛未経験のアラフォー。 ある日高校の同級生でシングルファザー直樹と娘のうさぎ・古都音がファンの声優庵を含めた四人は異世界に召喚されてしまい住民権を与えられ、最初の一週間は冒険者になるため養成所は通うことになる。 そして始まる昼間は冴えないオタクOL、夜は冒険者候補生の二重生活。 古都音の日常は急変する。 なろうにも掲載

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...