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第2部 第1章 新世界のF級冒険者

第17話 ウィルと壊れた賢者の壺

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「もう少しで修理できると思います。思いますから…」

 アシュリーが石棺の中の動物の骨を興味津々に眺めている。僕の言い訳は聞こえていないようで助かるけど、いつまで持つか分からない。低級の魔法具の癖に時間をかけさせやがって。さっさと修理されやがれ!

「馬にしては小さいわね。狐かしら?」

 違う、クマモンだ。それは鼻の長い黒熊の骨だ。絶滅動物の骨なら確かに貴重な素材ではあるが所詮は骨だ。23個の石棺の大きさは大男が一人入れる程度の広さで、色は灰色の泥岩だった。泥の塊が押し固まって出来た岩に価値はない。貧乏錬金術師が泥でも集めて作った物だろう。

『流石に材料が異なると難しいようだな』

 裏切り者が気安く話し掛けて来た。残念ながら難しい訳ではない。頭巾を新しく作るのに時間が掛かっているだけだ。

「動物の耳とか集める趣味は僕にはないからね。持っている素材を使って、無理矢理修理すれば時間はかかるよ。まあ、運良く魔法の効力が残っていたから、僕がやる事は新しく魔法の頭巾を作って、獣頭巾の魔法の効力を移植すればいいだけだ。比較的に楽な修理だよ」

 さて、そろそろ完成かな? 流石に錬金術師の獣頭巾はクソダサイかったから、デザインは大きく変更させてもらった。

【犬耳カチューシャ】 灰色の犬耳カチューシャ。装着する事で自動的に動物と魔物の声を人語に翻訳してくれる。翻訳するごとにMPを消費するので、大量の動物がいる場所では装着するのを控えた方がいい。

「アシュリー様、出来ました。試しに使ってみてください」

 出来たばかりの犬耳カチューシャを持って、アシュリーの元に犬のように走る。今は僕が犬かもしれないが、この犬耳カチューシャを彼女が装着すれば立場は逆転する。さあ、受け取って被れ。お前は今日から僕の犬だ。さあ、被って『ワン』と鳴け。ほら、さっさと受け取れよ。

「別にいいわ。それよりも空っぽの石棺のどれがいいの? あんたが入るんだから自分で決めたいでしょう」

「アシュリー様…? 冗談ですよね?」

 もちろん僕のも冗談です。お互い冗談だという事で穏便に村に帰りましょう。そうしましょう。

「あんたこそ何言っての? あんたの入る棺桶を見つける為にここまで来たのよ。ほら、早く選びなさいよ。一人で寂しいなら、あの骨が一番状態が綺麗だったわよ」

 クマモンとは入りたくはない。長い鼻で何をされるか分かったもんじゃない。幽霊は信じていないけど、入るなら女の子と一緒がいい。そうだ! こうなったら刺し違える覚悟でアシュリーと一緒に石棺に入ればいい。暗くて狭い空間でお互いの心と身体の距離を縮めればいいんだ。

『あれは? おい、お前達。壺から黒い霧が出ているぞ!』

 煩いなぁ~。左腰に差している神眼剣が騒ぎ出した。ゆっくりと壺の方を見ると、確かに壺の口から黒い霧が溢れ出していた。

「おおっ、本当だ‼︎ 嘘だろう。壊れたんじゃないだろうな!」

 壺が壊れたら本当にマズい。村の食材の加工はほぼ賢者の壺で行われている。壺が壊れたら全てが手作業になってしまう。そうなると猿を新たに50匹は追加しないといけない。けれども、必要な餌の量を考えると、生産量よりも消費量が多くなる。あんな黴臭い頭巾なんて入れるべきじゃなかった。

 とりあえず修理方法は分からないけど調べれば何か分かるかもしれない。

【異世界融合魔法・ディファレント】 異なる二つの世界を強制的に繋ぐ為だけの邪神魔法。必要魔力・XXX。必要MP・XXX。

「異世界融合魔法…? 何だそれ?」

 こっちが知りたいのは修理方法なのに、神眼の指輪には魔法名と効果が見えてしまう。しょうがないから一度収納袋の中に入れて、時間停止中の袋の中でじっくりと修理しよう。

『異世界融合魔法だと⁈ マズい‼︎』

 神龍剣が鞘から勢いよく飛び出すと、賢者の壺に向かって、いくつもの束縛の鎖を放出した。

「あっ、馬鹿‼︎ 壊すんじゃないぞ!」

 束縛の鎖には発動中の魔法の効果を消す能力があるけど、そんなに慌てなくても僕が収納袋に放り込めば済む話だ。まったく目立ちたがり屋め。

『ガシャン‼︎』

 神龍の白い鎖が黒い煙に弾かれていく。やっぱり僕の出番のようだ。

『ぐっ…! まずは瘴気を消さぬと駄目か!』

「代われ役立たず。僕が袋に入れてやるよ」

 両手で収納袋の口を広げて、僕は賢者の壺に向かって歩いて行く。真打ちとは遅れて登場するものだ。

『この馬鹿者が! 袋の中の食材が全て汚染されてしまうぞ! それよりも聖痕か、聖魔法であの瘴気を消し去れ! 早く浄化しないと近くの生物が取り込まれるぞ!』

 この程度の悪口でキレるなんて小さい奴め。僕ならいつも笑って許しているぞ。それに瘴気か…まあ、瘴気も魔法使いとか神人には有害じゃない。近くにクレアとミランダがいないのも不幸中の幸いだ。さっさと浄化するとしよう。

「分かってるよ。聖痕を使うから来い!」

『全力で行け! それ以上、瘴気を外に出すな!』

 そんな事は言われなくても分かっている。収納袋から両手を離すと、宙に浮かぶ神龍剣を素早く右手で握り締める。あとは刀身に触れたモノを浄化する聖なる力を込めるだけだ。

『ハァッ‼︎』

 気合いと共に壺から立ち上る黒い霧に剣を突き刺して聖痕を使った。まったく手応え無し。相手は霧だ。それでも聖なる光が黒い霧を掻き消していく。黒い霧は灰色、白色と変わり、最後は透明になって消えた。それでも、壺の中から黒い霧は溢れ続けている。剣先を壺の口に向けると、壺の中に突き刺して聖痕で溢れ出ようとする瘴気を消していく。

「ちょっと下僕! コイツらどうにかしてよ!」

 アシュリーが僕に向かって何だか怒鳴っている。次から次に何なんだよ。こっちを見ろよ。手が離せる状況じゃないだろう? それでも、仕方ないので首だけ右に回して、アシュリーの方を見る。すると、五匹の石棺の骨達がアシュリーの剣に砕かれながらも、勇敢に立ち向かっていた。良いぞ! もっとやれ!

『やはり遅かったか。その骨は魔物化している! 倒しては駄目だ。閉じ込めるんだ!』

「いやいや、それは有り得ないって。魔物化するにはあの蜘蛛女の実験データ通りなら最低でも二ヶ月は必要だった。こんな短時間じゃ絶対にならないって」

『あの瘴気は、お前の住んでいた世界の脆弱な瘴気とは訳が違う。魔物化とは言ったが、1匹が不死者と同じ程度の強さを持っている。浄化しないと完全に倒す事は出来ない。この壺を鎖で封印して、さっさとあの女を助けに行くぞ』

 いやいや、それも有り得ないって。あの女を僕が助けに行くなんて有り得ないって。まだ二匹しか岩壁に閉じ込められていないから、万が一の奇跡が起きて、アシュリーが事故死するかもしれない。それまで僕はまだまだ手が離せそうにない。
 

 


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