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第2部 第1章 新世界のF級冒険者

第16話 ウィルと獣頭巾

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「くっくく、これで僕の好感度は急上昇だ」

 僕は合計4回の大規模範囲攻撃によって、森の約5%を破壊した。その結果、目当ての石棺を23個も手に入れた。多分、共同墓地のような場所に錬金術師が埋められていたのだろう。まあ、石棺のどれか一つにその錬金術師が入っているはずだ。

『ウィル、先に言っておくが石棺の中には人間の遺骨は残ってはいない。この世界の何処にも、前の世界の人間の骨は一つも残ってはいない』

「正直、そこまでする必要があるのか分からないけど、死んだばかりの人間の死体を見なくて済むなら助かるよ」

 神龍の話が本当ならば人間の死体さえもこの世界には残っていない事になる。つまりは空っぽの棺桶の中に服や装飾品だけが入っている事になる。もしも石棺の中に骨が残っている場合は、それは動物の骨になる。

 さて、そろそろ仮設の宿屋に到着する。馬鹿デカイ音でアシュリー辺りがキレている可能性が高いので、このまま宿屋の中に『石棺見つけたよぉ~』と入って行っても、理不尽な暴行を受けてしまう。僕は学習する男だ。そんな目には遭いたくはない。

 では、どうやって危機的状況を回避するかだが………そんなものは無い。僕に出来ることは殴られる回数をどのぐらい減らすか考える事だけだ。

「よし、石棺を並べよう」

 宿屋には直行せずに、宿屋の玄関前に23個の石棺を縦六列、横五列に並べていく。クレア、ミランダ、アシュリーの三人に獣頭巾が入っている石棺を当てるゲームをしてもらう。獣頭巾が入っている石棺を見事にアシュリーが引き当てた場合は、素直にリンチを受ける。けれども、クレアとミランダが引き当てた場合は許してもらう事にする。

 この方法ならば怒っている状態で暴行を受けるよりは軽傷で済むはずだ。誰だって当たりの石棺を引き当てられたら機嫌は良くなる。機嫌が良い状態なら僕にそこまで酷い事はしないだろう。

『本当に情けない奴だな。女に殴られるのがそんなに怖いのか?』

 やれやれ、僕がアシュリーを恐れているだって?

「別に怖くはないよ。僕が本気を出せば、アシュリー程度は秒殺できるけど、そうしないのは女を殴らないと心に誓っているからなんだ。僕が本当に恐れているのは、自分の中の獣が目覚める事だよ」

『よく分からぬが、その獣が目覚めたらどうなるのだ?』

「かなりヤバい」

 自分でも時々、アシュリーをボコボコにしたい欲望に駆り立てられる。けれども、そんな事をすると他の女の子が僕を暴力的な人間だと恐れて近寄らなくなってしまう。恐怖で支配するのは賢いやり方ではないと思う。恐怖で支配する者は、同じように自分も恐怖に支配される事になってしまう。

『そうか。目覚めないように注意する事だな』

「ああ、そうなるように努力しているよ」

 とりあえず準備は完了した。あとはアシュリー達が宿屋から出て来るのを待つだけだ。宿屋の中には早朝に騒音で叩き起こされた三人が、不機嫌な顔で朝食を食べているはずだ。その中に入るには勇気を出さなければならない。

 ❇︎

「まったく、いつまで待たせるつもりなんだよ。さっさと出て来いよ」

 もう八時は過ぎた。まさか、昨日の三時間程度の捜索で疲れたとか言っているようなら、僕が一から鍛え直さないといけない。猿達に農作業と家畜の世話を全部やらせているので、女の子達の体力が急激に落ちているのなら、それは僕の責任になる。運動不足でブクブクと太らないように、全員に水着を着せて観察しておこう。

「しょうがない、行くか」

 それはそれとして、もう我慢できない。絶対に二度寝しているとしか思えない。このまま昼まで待つつもりはないので、もう一度叩き起こしてやる。

 勇しく宿屋の玄関を開けて中に入ると、フロントに置かれたソファーにアシュリーが座っていた。テーブルには空っぽの皿とカップが置かれているので、起きてから40分ぐらいは経過しているはずだ。

「あら、おはよう。煩かったけど、何をやってたの?」

 彼女は笑っているように見えるけど、経験から笑っていないのは分かっている。

「おはようございます、アシュリー様。アシュリー様に言われた通りに地面を掘り起こして、石棺を見つけて来ました」

「見つけたのは石棺だけじゃないでしょう? 中身はどうだったの?」

 これが嵐の前の静けさなのかもしれない。それとも本当に機嫌が良いのか?

「それはまだです。アシュリー様に一番に開けてもらおうと思いまして」

「そう。だったら開けましょうか? これで中身が空っぽだったら、ブチ殺すだけじゃ済まないわよ」

「はい…覚悟しています」

 信じられない! たったの4回だけ大爆発を起こしただけなのに、ブチ殺されるピンチになるなんて。それに天地創造剣を使えと言わんばかりに、僕の部屋の前に置いていたのはアシュリーだし、朝の五時に起きて作業しろと言ったのもアシュリーだ。

「まさか…⁉︎」

 ジッと左腰に差している神龍剣を見た。アシュリーが僕を定期的にリンチする為に、早朝五時に騒音を起こさせた可能性があるからだ。そして、この罠に僕を上手く引っ掛けるには協力者が必要になる。僕が宿屋から逃げ出さないように監視しつつ、窓からではなく部屋の扉から出て、廊下に転がっている天地創造剣を拾わせる協力者が。

『何を見ている? 石棺を開けにいかないのか?』

「別に何でもないよ」

 まだ罠だと決めつけるのは早い。もしも罠ならば、最初から獣頭巾が存在しないと分かっている状態で、僕に探させようとしている事になる。そして、見つけられなかった責任として僕をブチ殺すんだ。こんな残忍なシナリオを思い付くのは一人しかいない。獣頭巾が石棺から見つからなかった時は全力で逃げてやる。

「ああ、それとあの二人はまだ寝ているわよ。疲れているみたいね。あの騒音で起きないなんて凄いわね」

 くっ…二人を連れて逃げられないようにしているのか!

「そうですね。では、蓋を一つ一つ開けるのは面倒なんで一遍いっぺんに開けますよ。危ないから離れてくださいね」

 獣頭巾当てゲームをやる必要はなくなった。最初から獣頭巾が存在していないのなら、ゲームをやる意味はない。石棺23個の蓋に重力魔法を込めると、神龍剣を真横に振り抜いて、全ての蓋を吹き飛ばした。あとは中を覗いて確認するだけだ。

「ほら、早く調べなさい。それとも私に指輪を渡して見てもらいたいの?」

「いえ、僕がやります」

 嘘吐きに調べさせるぐらいならば、自分で調べた方がマシだ。そして、頭巾っぽい物があれば獣頭巾だと言い張ってやる。

『動物の骨のようだが、少し大きいな。馬か牛といった所か』

 つまりはハズレという事だ。石棺に骨が残っているなら錬金術師の石棺ではない。でも、良い流れだ。普通の人間が動物の為に石棺を用意しない。こんな事をするのは動物好きの錬金術師の可能性が高い。

 手前から奥に向かって石棺の中を覗いて行く。空っぽの石棺が5個、骨が残っている石棺が17個、装飾品が残っていたのは1個だけだった。

【壊れた獣頭巾】 動物と魔物の声を人語に翻訳する事が出来る魔法の頭巾。ただし、損傷が激しいので修理しなければ、ただのボロボロの頭巾。

 ボロ雑巾が石棺の中に入っていたので、神眼の指輪を使って確認する。目的の物が見つかったのに全然嬉しくない。異臭を放つボロ雑巾を頭に被りたくはないし、修理出来なければゴミでしかない。

 とりあえず賢者の壺にボロ雑巾を入れて、街の素材屋にあった動物の皮でも手当たり次第に入れて修理しよう。


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