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第2部 第1章 新世界のF級冒険者

第13話 ウィルとデリング・ウッズ

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 目指す場所はロンドンの南西部にあるカンタベリー村近くのデリング・ウッズと呼ばれる森の中にある。獣頭巾を持つ錬金術師はその死後、自分の眠る石棺せっかんに頭巾を一緒に埋葬して欲しいと遺言したらしい。つまりは広い森の地中から石棺を探せという依頼だ。

 うぅぅ…寒い。神人でも風邪を引くのかもしれない。魔鳥船の後部座席にはアシュリーが座って、読書中である。一睡もしていない僕に操縦させるなんて酷い女だ。本来ならば、操縦席に座る僕の上に無理矢理に跨がって、『馬鹿やめろぉ~。暑いだろ』『嫌♡』とかじゃれ合って、冷えた身体を温めるべきである。

 ああ、駄目だ。こんな事を考えているのがバレたら、またリンチされてしまう。操縦に集中しないと駄目だ。

 今日はもしもの時の為に神龍剣をエミリアから借りて来ている。これで怪我人が出ても回復する事が出来る。昨日のリンチで僕の今までの罪が帳消しになっていれば、今回の探索中に僕の回復に使われる事はないだろう。

『それにしてもお前は何をやっている。この世界に来てから三週間を過ぎたというのに、子作りの回数がたったの一回とはやる気があるのか』

 操縦席の左側に立て掛けている神龍剣が喋り出した。今はアシュリー様が読書中である。静かにしないと直ぐに機嫌が悪くなるのに、困った奴だ。けれども、いいぞ。もっと聞こえるように言ってやれ。そして、後部座席のじゃじゃ馬を子作りに協力させるんだ。

「そんな事言ったって、しょうがないじゃないか。皆んな色々と忙しかったんだよ」

『何が忙しいだ。10分もあれば十分だろう。しかも、その一回も売春婦のお情けのような一回だ。本当に男としての自覚がお前にはあるのか。ああ、情けない。我が男だったら、村中の女、子供を手当たり次第に孕ませているというのに』

 いやいや、それは絶対に無理。途中で引き千切られるか、蹴り潰されてしまう。あの村には綺麗な顔をした怪物が二人も住んでいる。

「何だよ。前は子供は作るもんじゃないとか言ってた癖にどうしたんだよ? 僕はお前に言われた通りに、キチンと愛を育んでから、そういう事をしようと考えているんだ。愛の無い子作りなんて意味がないんだろ?」

『何事にも限度がある。お前が本当に子作りをしたいのなら、行使力を使えば相手の承諾など不要なはずだ。意識を奪い、心を奪い、身体を奪え。お前にはそれだけの力があり、それを行なう正当な理由もある。神が人間に対して許可を得る必要はない。本能が赴くままにしたい事をすればいいのだ』

 本能が赴くままにか……それが本当に楽しい事ならば、僕はとっくにしているはずだ。アシュリーに行使力を使われた大英博物館の職員とグリフィン、僕が行使力を使ったベルガーの事は嫌な出来事として、まだ鮮明に記憶に残っている。

 サークス村の家畜や猿達のように、動物を操るのは非常に便利である。便利ではあるが、僕の中の何かが、その力を人間相手に欲望を満たす為だけに使ってはいけないと警告しているのだ。

 それに『孫の顔を早く見せて欲しい』と、母さんのような剣に言われても、子作りしたい気持ちにはならない。やれと言われると、何故だか、男というものはやりたくなくなるのだ。

「だったら、僕が今したい事は毎日楽しく平和に暮らす事だけだよ。子作りなんて週二ぐらいでいいんだよ」

『はぁ~、まあいい。お前には大して期待はしていない。もう一組の方が上手くやれば問題なく世界は回る。それに我はもう神の使いとしての役目を終えている。この世界の事は、この世界の神の使いに任せればいいのだからな』

「何だよ、お前もやる気がないのに、僕だけに頑張らせるなんて狡いぞ」

『仕方あるまい。我は戦闘用に剣に改良されたのだ。ほとんどの特殊能力はバラバラに分解されてしまったのだからな。日常生活には役には立たん』

 ああ、確かに。もう神龍剣に残された役割はHP回復と話し相手しかない。可哀想だから村の御神体として、畑の中央に突き刺して置こう。

「ちょっと静かにしなさい。二人とも突き落とすわよ」

「はい、すみませんでした」

 ほら、やっぱり怒った。でも、突き落とされても僕達は宙を飛べるので何も怖くありません。

 それにしても暇だ。どんなに飛ばしても目的地に到着するには1日ちょっとは掛かってしまう。出来れば昼夜交代でアシュリーに操縦を替わって欲しいものだ。けれども、聞くだけでも怒られるので僕が我慢すればいいんだ。僕が我慢すれば、それで問題は何も起こらずに済むんだから。

 ❇︎

 目的地のデリング・ウッズに到着したのは午後2時を少し過ぎたぐらいだった。三時間ぐらい森の中を探索してから、見つからなかったら収納袋から宿屋を取り出して泊まる事になる。僕としては三日ぶりの睡眠になる。

「じゃあ、三人とも頑張ってね」

「ウィルさんも頑張ってくださいね」

 クレアはあんな事があったのに、僕に優しく接してくれる。きっと目の下の隈が気になったに違いない。

 さて、ここからは三組に分かれて探索する事になる。『僕』『クレアとミランダと神龍剣』『アシュリー』の三組だ。地中の中から獣頭巾の僅かな魔力が放出されているらしいので、魔力探知が出来る者がいれば楽に見つける事が出来るらしいとの事だ。神龍がそう言うのなら間違いないだろう。

 本来ならば魔力が溢れるこの呪われた森も、新世界では清々しい空気を漂わせている。全く魔力を感じないこの森の中から、獣頭巾の魔力を探知するのはかなり楽な仕事である。隣の組との距離を100mぐらい開けると、東方向に向かって進み始めた。

 
 





 


 
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