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第2部 第1章 新世界のF級冒険者

第6話 ウィルとペット論争

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 順調に街を回っての資財の回収作業は続き、最後の街ロンドンでの回収作業が終わり、僕達の目的は一先ずは完了したと言ってもいい。あとはサークス村へ帰るだけである。

 現在は侯爵家本邸の応接間に集まって、これからの予定を話し合う事になる。初めて、グリフィン小屋でなく、屋敷の中に泊まる事が出来たものの、何故か、ユンとの二人部屋にされてしまった。

 僕も馬鹿じゃない。エミリアとアシュリーの、『ユンと寝ろ! 寝ろ!』の無言の圧力は感じていた。ここ数日、僕とユンをくっ付けようと二人は動いていたようだけど、これが罠なのは分かっている。二人は僕の気持ちを確かめたいんだ。

 ここで肉欲に負けて、ユンと寝れば、二人は僕の事を女となら誰とでも寝るような、軽薄な男だと思う事になる。だが、残念ながら二人は大きな勘違いをしている。ユン程度で僕を誘惑する事は出来ない。これがミランダだったら危なかったかもしれない。

「新世界になってから、もう3日目です。日持ちしない食べ物はもう食べられないでしょう。このロンドンの調理された食べ物が少し駄目だったように、他の町を回っても同じ事が言えます。一度、サークス村に帰ろうと思いますが、途中にある六つの村に立ち寄って、家畜や果樹を入手しようと思います」

 ロンドンの食べ物は鳥達に結構食べられていた。追い払う人間がいないから、好き放題に食い荒らしていた。僕達も鳥達とやっている事はほとんど変わらないから、お互い見て見ぬ振りをして食料品を奪いまくった。

 エミリアが言う六つの村とは、ロンドンからサークス村の北上ルートに存在するルートン、ベッドフォード、ピーターバラ、ダービー、トレント、ブラッドフォードの六つの村の事だ。

 サークス村は鶏だけを家畜として飼っているけど、バーミンガムやロンドンの近くにある村は、街の住民の要望を叶える為に多種多様な家畜を育てていた。個人的にはサークス村には牛さえ持って行けばいいと思っている。ミルク、牛肉、牛皮の三つが取れれば、それである程度の事は出来そうだ。

「はい!」

 話し合いの途中で勢いよく、ミランダが右手を挙げた。多分、トイレだろう。

「ミランダ、どうしたんですか? トイレですか?」

「違います。犬を飼いたいんですけどいいですか? 家畜を飼うなら、野生動物を追い払う犬は絶対に必要だと思うんです!」

 トイレではなかったようだけど、ペットは駄目だ。家畜は利用価値があるけど、犬は吠えるだけだ。それに野生動物対策はアシュリーが村の周囲と放牧場の周囲を岩の外壁で囲えば済む話だ。ペットは要らない。

「前にも話したように、ペットは要りません。それにこれからは家畜の世話で忙しくなります。ペットと遊んでいる時間はありませんよ」

 やっぱり、エミリアに反対されている。けれども、機械兵士のコアが完成すれば、家畜の世話はしなくていい。今は言うとしても、タイミングが悪いし、コアは完成していないから黙っておこう。

「私はミランダに賛成よ。あんたは効率的に考え過ぎなのよ。この娘達は家族が消されたばかりなのよ。ペットと暮らすぐらいは許してやりなさいよ」

「だったら、家畜を家で飼えば済む話です。豚とか羊なら家で飼える大きさですよ」

「それだったら、ゴキブリとかネズミとかと一緒でしょう。若い子は可愛いペットが欲しいのよ。これだから伯母さんは困るのよ」

 どっちも嫌だ。豚は臭そうだし、羊は毛が大量に落ちそうだ。どう考えても、家で飼いたいペットじゃない。どうせ飼うならザリガニがいいかな。前に他所の村で食べた、塩茹でザリガニが予想以上に美味しかったんだよな。よし、僕はザリガニにしよう。

「えっ、でも、食べるんですよね?」

 今度はクレアか。食べないのなら豚とか羊とか飼いたいのか?

「当たり前でしょう。食べる為に育てるんだから食べるわよ」

「可愛がっているペットを食べるのは、私にはちょっと無理です」

 クレアの質問にアシュリーが遠慮なく答えた。僕は多分、平気で食べられる方だ。おそらくはユンも同じだ。苦労して育てた野菜を可愛いから食べないと言う、農家の人間はいない。逆に食べたいぐらいに可愛いと涎が止まらないだろう。

 はぁ…そろそろ話し合いは終わってほしい。僕が、『家族が欲しいなら直ぐに作ってあげようか?』とか腰を振りながら言ったら、話し合いは直ぐに終わるかもしれないけど、僕の人生も終わる。こんな時は余計な事は何も言わないで黙って聞いておくのに限る。昔から女同士の話し合いに男が割り込むとろくな事にならない。

「ペットぐらい、いいじゃないですか! ウィルさんも馬を食べないのに飼うんですよね? 何で私達だけ我慢しないといけないんですか!」

「そうだ、そうだ! 贔屓だ!」

 やめて、僕は移動手段に馬が欲しいだけで、家でペットとして飼わないよ。馬は愛玩動物じゃないよ。実用性に特化した家畜だよ。

「はぁ…分かりました。このまま話し合っても平行線のままです。ここは村長に決定してもらいましょう。いいですね?」

 えっ?

「駄目だよ! ウィルはどうせエミリアさんの言いなりなんだから、反対するだけだよ!」

「そんな事はありません。ウィル様は感情に流されずにキチンと納得できる判断をしてくれるはずです。そうですよね?」

 えっ? 僕が決めるの?

「えっ…ちょっと待ってね」

 どうする? ミランダの言う通りに、エミリアの味方をして従順な男を演じてもいいのか? 僕はそうじゃないだろう。ここはキチンと村長として、住民が納得する判断を下さないといけない。でも、正直どっちでもいい。犬を飼いたいなら飼えばいいじゃないか、としか思わない。

 けれども、そんないい加減な判断で彼女達が納得してくれるはずがない。アシュリーの言うように、若い女の子が家族を失くしたんだ。ここは犬ぐらいは許してもいいはずだ。エミリアが反対しているのは、もしかすると犬嫌いなんじゃないのか?

 だとしたら、エミリアが嫌いな犬を村で飼えば、僕の好感度がまた下がってしまう。見た感じだと、反対1に、賛成3だ。僕、ユン、ナナリーはどっちでもいい派だ。エミリアが犬が嫌いならば家の外に出さなければ問題ない。見えないように飼えば、飼っていないのと同じはずだ。

 そして最後に、僕はエミリアの言いなりなんかじゃない。ここでハッキリとそれをエミリアに分からせる事で、僕の好感度を上げようと、エミリアは必死になるはずだ。これは僕にとっても絶好のチャンスになる。

「村長としての結論は出たよ。犬を飼う事を許可する。でも、エミリアは犬が苦手なようだから、外で放し飼いしては駄目だよ。エミリアに見えないように飼う努力をしてね」

「流石、村長! やったね、クレア!」

「ありがとうございます、ウィルさん」

 クレアとミランダは僕の判断に凄く喜んでいる。やはり村長として正しい判断は出来たという事だ。

「………」

 さて、これにて一件落着いっけんらくちゃくと言いたいけど、エミリアが親の仇のような目で僕を睨んでいる。何故だ? 彼女が言う、誰もが納得する判断を村長としてしたのに、何故そうなる。これでは僕が、エミリアに殺されないように必死に好感度を上げないといけないじゃないか!

 

 

 
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