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第3章 侯爵家のF級冒険者

間話 クレアと方向性の違い

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 今日は定期的に行われるガルガルの訓練の日です。場所は村から一番近くのシェル・グロット洞窟に決まりました。私は剣、ミランダは槍、ユンは杖を持って、魔物達と戦います。早速、今回もエミリアさんによって、魔物達の手足がバッサバッサと斬られていきました。

『えぃ! やぁ! とぉ!』

『キャン…‼︎』

 もっとお腹の底から声を出さないと駄目だよ。

 ミランダの誰の目にも楽々と止まる槍の連続突きが、動けない洞窟狼の身体に次々と当たっていきます。レベル14まであと少しです。これでウィルさんを追い越す事が出来ますが、正直、前にレベル13のウィルさんが、この洞窟の魔物を軽々と倒している姿を見た事があるので、どうも強さとはレベルだけじゃないようです。

「我が命の灯火よ。今こそ、その姿を現せ。ファイヤーボール」

 さっさと撃てよ。鈍臭いなぁ。

 ユンが掲げる木の杖の先端から頭の大きさぐらいの火の塊が飛び出すと、アンモナイトに一直線に向かって行きます。火の塊が命中したアンモナイトからは香ばしいイカと貝の匂いが立ち上っています。でも、私が心配なのはユンの方です。やっぱり怒ったエミリアさんが向かって行っています。

「ひゃん‼︎ 痛い…」

 いつものようにユンはエミリアさんに頬っぺたを手の平で打たれました。左頬が少し赤くなっています。叩かれても仕方ないとはいえ、暴力を振るうのは、やっぱり私はやめた方がいいと思います。

「今度、無駄な呪文を唱えたらグーで殴りますからね?」

「うん、善処する」

 はぁ…ユンは口では一応は素直に聞いてくれるのですが、何度注意しても変な呪文を唱えてしまいます。最初は必要なのかと思っていたら、全くの無駄だとエミリアさんに教えられました。杖の先端に炎をイメージして振るだけで、さっきの魔法は使えるそうです。

 今まで、ユンの攻撃魔法が間に合わずに、何度もピンチになった事がありましたが、あれも無駄なピンチだったという事です。思い出しただけで、私もちょっと叩きたくなってしまいます。

 ユンが呪文を唱えてから火の塊を発射までは約7秒。呪文無しで杖を振るだけなら、約1秒以下で発射する事が出来ます。目の前に魔物が迫って来ている場合に、必要無い呪文を唱えていたら、喰い殺されてしまいます。それはユンだけではなく、私達にも関係する事です。そろそろ、危機感を持って行動して欲しいです。

「次はクレアの番だよ」

 洞窟狼を倒したミランダがようやく帰って来ました。ミランダは小動物のような可愛い姿の魔物は倒せません。狼が倒せて、犬の魔物が倒せないのは、ちょっと不思議です。

「うん、任せておいて!」

 腕捲りをすると、剣を掲げて動けない大きな蟹に向かって行きます。ミランダと交替すると、今度は私が前衛として前に出ます。レベルを均等に上げるには、数匹の魔物を倒したら前衛役を交替します。私はウィルさんのように剣で戦う事にしましたが、やっぱり、ミランダのように間合いが長い武器を選ぶべきだったかもしれません。

『ハァッ! ヤァッ!』

 巨大な鋏と脚を失ったキラークラブは敵ではありません。ミスリル製の剣先に気合を込めると、顔と口の間を一突き、二突きして倒します。ウィルさん手製のミスリル製の剣は、魔力が素早く刀身全体に行き届くので、強力な剣技が素早く使用できます。

 ミランダのように、ただ穂先を突き刺すだけでは折角のミスリルの槍も勿体ないです。強力な一撃必殺の溜め斬りか、目にも止まらぬ速さの疾走突きぐらいは覚えた方がいいです。

「クレアはその調子で頑張るのよ。ミランダとユンはもっと頑張りなさい。装備が良くても、才能があったとしても、キチンと努力しないと死にますからね」

「はぁ~い」「分かった」

 はぁ…この冒険者パーティーでやる気があるのは私だけのようです。思わず溜め息がまた出てしまいました。

 ❇︎

 エミリアさんがミドルズブラの港町に、倒した魔物を運んでいる間に、私達はシェル・グロット洞窟の東側の出入り口で昼食を食べていました。

「ねぇ、クレア?」

「んっ、何?」

 ミランダが真剣な表情で見つめて来ます。この唐揚げが欲しいのかな? 

「何で、クレアはガチで冒険者をやろうとしてるの? 私達は宿屋の従業員兼アイドル冒険者だよね?」

「えっ? 私達って冒険者じゃなかったの?」

「違うよ。乱暴なお客さん対策に鍛えているだけでしょう。それに、さっきの攻撃も見てたけど、オシッコ我慢しているような凄い顔だったよ。あれは本当にやめた方がいいよ。女の子として終わってるよ」

 えっ…もしかして、私が怒られているの? それにオシッコなんか我慢していないよ。キチンと出しているよ。

「私もそう思ってた。エミリアとクレアは筋肉ガチガチの冒険者を目指しているけど、私達は可愛い冒険者を目指している。ただ無言で魔法を撃つよりも、何か言いながら撃った方が絶対に面白いはず。怒られる意味が分からない」

 ミランダが変な事を言うから、ユンまで私の方が間違っていると言い始めてしまった。流石にそれは無理がある。それに私の身体はまだまだ柔らかい。腹筋も腕立て伏せもまだ50回しか連続で出来ない。

「あれは怒られて当然だよ。魔物が直ぐ近くまで来てたら危ないでしょう? ユンが魔法を早く撃たないから、私もミランダも危ない目に何度も遭ったんだよ! 呪文は要らないから、早く魔法を撃たないと駄目!」

 一応は私がガルガルの最年長者です。悪い所はしっかりと叱らないと、後で取り返しの付かない事故が起きた後では遅いのです。心を鬼にしてユンを叱ります。でも、彼女はちっとも反省していません。

「クレアは何も分かっていない。冒険者はピンチの数だけ強くなれる。私のお陰で強くなれているのに、自分一人で強くなっていると勘違いしている。本当にそう思っているのなら、もう一人でやればいい。私とミランダで新パーティーを作るから」

「えっ、ちょっと待って! ちょっと待ってね…」

 どういう事? 二人の話を聞いてると、まるで私が自己中の勘違い女みたいに聞こえるけど、真面目に戦っている私が駄目なの?

「クレア、とりあえずでいいから、『ハァッ‼︎』とか『ヤァッ‼︎』とか大声を出すのは、もうやめようか? あれだと、クレアじゃなくて、クレオだよ」

 そこまで酷いとは思わなかった。男女になったら、流石にお嫁に行けない。何事も程々にしておこう。

「うん、分かった」

 素直にミランダの言う通りにこれからは可愛いを意識しよう。パーティー解散も、男女になるもの嫌だった。

「ひゃん‼︎ 痛いです…」

 でも、当然のようにエミリアさんに私も頬っぺたを打たれるようになってしまった。

 


 



 
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