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第2章 サークス村のF級冒険者

侯爵クエスト ウィルと黒の魔女②

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 順調にダークスパイダーを倒しながら廃村に向かって歩く。ブラッドリーの森は寒い。湿度が高い森を服を濡らして歩くよりはいいかもしれないが、時折り見えない誰かの視線を感じるのだ。

(これが精霊様か?)

 いやいや、そんなものは存在しない。幽霊と同じで架空の存在である。現に神眼の指輪には何も見えていない。ただの気の所為だ。

「やはり寒いですね。瘴気の影響ですね」
「瘴気って、祖龍が撒き散らす人間には有害な物質ですよね?」

 通りで立ち入り禁止区域のはずだ。定期的に聖痕と状態異常回復を使わないと駄目だな。

「ええ、ここはその瘴気が結構残っています。この森周辺の魔物よりも、この森の中にいる魔物が強いのはその所為です。長期間瘴気の中で暮らした結果、魔物として完全に変異したのでしょうね」
「魔物化理論ですね」
「ええ」

 魔物が誕生する原因は祖龍が吐き出す瘴気だと言われている。その瘴気を浴びた動物が魔物化する。これが一般的な魔物化の仕組みだ。そして、瘴気は人間が作り出す。その瘴気を祖龍が吸収して人間に被害が出ないように、人の少ない場所に一気に吐き出すという。神龍と呼ばれる所以ゆえんはこれが原因である。

 それでも、吐き出された周辺の住民は被害を受けてしまう。このブラッドリーの廃村のように、濃い瘴気を浴びた人間はほとんどが死んでしまう。本当に運が良い人は魔を扱う人【魔法使い】になることが出来るらしいが、その噂も証明はされてはいない。

 最初から魔法使いの素質があったのか、瘴気を浴びてから魔法使いになったのかは、人体実験するしか調べようがないからだ。命をかけてまで、噂の信憑性を確かめたい好奇心旺盛な人間はいないだろう。

「ウィル様、私はこっち側を調べますから反対側をお願いします。何か出たら、とりあえず暴れてください。すぐに駆け付けますから」
「分かった。僕もそうするよ」

 予定通りにブラッドリーの村には夜になる前に到着した。調査後のお互いの服の採寸の為にも、出来るだけ綺麗な廃屋を見つけておかないといけない。暴れ過ぎて屋根が落ちて来たら大変だ。エミリアは村の右半分を、僕が左半分を手前から奥に向かって調べて行くことになった。

 この村が廃村になったのは約三百五十年前になる。瘴気は薄れているようだけど、決して油断は出来ない。普通の人間には悪影響が出てしまう。魔法使いのエミリアには耐性があるから平気でも、一般冒険者の僕には耐え切れないはずだ。

 その証拠に廃屋に入ってから手と足の震えが止まらない。屋根が抜け落ちた天井からは暗くなって行く空が見え、床の畳は緑色に変色している。一番気になるのはどの家にも金属の籠が置いてある事だった。

(あまり錆びていない?)

 正方形の籠は網目が二ミリメートルと細かく、籠の広さは大人の猫が一匹入る程度だ。一番の特徴は、どの籠にも拳大の穴が一箇所空いて壊れていることだ。

「やっぱり中から外に向かって壊されている」

 最初はネズミや小型の野生動物を捕獲する為の罠かと思ったけど、それは多分違う。金網の破れ方を見れば分かる。この籠の中に入っていたものが、金網を中から打ち破って外に出て行ったと考えるのが一番自然な答えだ。

 犯人はここまでその動物を眠らせて運んで来て捨てて帰って行った。そう考えると魔物の子供の飼育に失敗したと見るべきだろう。グリフィンのように魔物でも産まれた直後から飼育することで、ペットとして飼うことが出来る場合もある。

 とりあえず噂の幽霊の目撃情報と合わせて考えると、黒マントの女性、もしくは男が魔物の子供を捨てていたと考えていいだろう。廃村の調査は終わった。さあ、裸の採寸チェックに向かおう。さっさと埃っぽい廃屋を出て、エミリアに僕の推理を話しに行こうと思った。でも、まだ全部の廃屋を調べてはいない。

 A級冒険者のエミリアに廃屋の数軒だけを調べた中途半端な調査結果を報告しても、呆れられるだけだ。調べるだけ無駄だと思いながらも、彼女の指示を素直に聞いた方が好感度は上がる。それに苦労した分だけ、その後のお楽しみは期待出来るものになるだろう。

(仕方ない。次の家に入ろうかな)

 もう着ている服は埃と蜘蛛の巣で十分に汚れてしまった。どうせ後で脱ぐんだ。この際、徹底的に汚してみよう。それともエミリアは、僕の服を自然に脱がせたいから廃屋の調査を命じたのだろうか? そうだとしたら、なんてエロ賢い素敵な女性なんだ‼︎

 こんな心の妄想がエミリアに聞かれたら、どんな恐ろしい罰に遭うかは分からないけど、幽霊はエロいことを想像していれば出現しないという。これは幽霊対策だから仕方ない。妄想の中のエミリアもきっと許してくれるはずだ。

(何かいる⁈)

 少し先の廃屋の中から物音がした。魔物か、魔物の子供を捨てている犯人か、いや、犯人の可能性は低い。失敗は一度で十分なはずだ。育てるのが難しいと失敗して分かったのに、また育てようとはしないはずだ。右手に聖龍剣を持つと、透明マントを被る。回復能力に優れている聖龍剣ならば、万が一の時も素早く対処できる。

 そして透明マントを被れば気配も音も消せる。物音がした廃屋まで普通に歩いて近づいて行けるのだ。さて、何処かの壁に穴が空いているだろうから、そこから中を覗けばいい。流石に窓から直接覗くのは危険な感じがした。用心することに越したことはないだろう。

 廃屋に空いている穴を見つけると、中の魔物の姿を確認する。廃屋の中は真っ黒だ。でも、神眼の指輪の前ではそれは無意味である。指輪は廃屋に潜んでいる魔物の姿をハッキリと捉えた。

【名前・プリシラ 職業・学者 レベル156 HP4241 MP495 攻撃力156 物理耐性189 魔力594 魔法耐性644 敏捷265 年齢28歳 身長172cm 体重57kg バスト85(D) ウエスト59 ヒップ87】

(………)

 確かに廃屋の中に魔物はいた。いや、身体つきと履いている下着金色から魔性と言った方がいいだろうか。でも、こんな場所に女性が一人でいるなんて怪しい。まだバレていないようだから、このまま追跡調査した方がいいだろう。決して年上の美人を追いかけ回したい訳ではない。これは仕事であって、調査なのだ! さあ追跡調査開始だ!

 プリシラという女性は部屋の中をウロウロとしていた。黒マントを羽織り、青緑色のロングヘアを編み込んでいる。職業が学者ならば何かの調査をしているのかもしれない。つまりは僕達と一緒だ。けれども、黒マントの学者が正式に廃村を調査しているだけなら、幽霊として噂されるとは思えない。やはり違法な調査をしているとしか思えない。

 まあ立ち入り禁止区域に入っただけなら、ちょっとした罰金か、厳重注意で済むだけだ。しばらくは何を調べているか見張って、何も怪しいことをしていなければ、物理的な口止め料を貰って見逃してあげよう。
 

 


 
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