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最終章 決意のF級冒険者

第81話 ウィルと新世界(第一部完結)

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「んっ…んっ…?」

 気が付くと、自分の部屋のベッドの上に寝ていた。随分と長い夢を見ていたんだと思った。隣に神魔必滅剣が無ければ、そう思っただろう。剣を手に取ると急いで自分の部屋から飛び出した。

「父さん! 母さん!」

 二人は家の中の何処にも居なかった。家を飛び出して外を見る。明るい日差しが目に入ってくる。日差しの強さで大体の時刻は分かる。午前9~10時ぐらいだ。農家ならば畑で誰かが働いている時間だ。

 でも、探したいのは村人じゃない。急いで冒険者ギルドに走っていく。身体が風のように軽い。神速ブーツの効果だけじゃない。自分自身の素早さが速いんだ。

 濃茶の冒険者ギルドの木扉を開けると中に入って行く。置かれている家具の位置、室内の匂いは確かにサークス村の冒険者ギルドのものだ。夢でも幻でもなく現実に存在する場所に自分は立っている。

 冒険者ギルドの一階左隅のエミリアの部屋の前に立つ。ここに居ると決まっている訳じゃない。村の出入り口にある宿屋かもしれない。村の周囲に建てられた二階建ての建物にいるかもしれない。でも、まずはここから確かめないと気が済まなかった。

 コンコン、コンコンと扉を四回叩いた。いつもならエミリアの声が聞こえて来る。しばらく、待っても返事はなかった。ゆっくりとドアノブを回すと扉を開けて中に入った。

「エミリア…」

 ベッドの中には彼女が寝ていた。ホッと一安心する。けれども、それは間違いだ。見えているのは首だけだ。あの神がバラバラになっているエミリアの死体だけをベッドの中に放り込んだ可能性がある。確かめないといけなかった。

 心臓の鼓動が一歩近づく度に強く速くなる。このまま起こるまで一日中待った方がいいかもしれない。そんな気持ちにもなってしまう。でも、そんなのは駄目だ。キチンと確かめないといけない。生きているか、死んでいるのか、キチンと確かめて、キチンと処理しないといけないんだ。

「エミリア…?」

 首から見るのは怖かった。繋がっていなかったらどうしよう。布団を捲る手が止まってしまう。でも、勇気を出さないといけない。上から下に向かって、布団を捲って行く。首は繋がっているように見える。黒の大人っぽい寝巻きが見えてきた。良かった、左腕も繋がっているようだ。ベッドの白いシーツにも大量の血は付いていない。

「んっ…? ウィル様?」

「エミリア…」

 目を擦りながら起き上がると、エミリアが僕の方をジッと見つめる。ああっ、本当に良かった。

「ウィル様、私の部屋に勝手に入って、私の布団を勝手に捲って何をしようとしているんですか?」

「エミリア‼︎」

 エミリアが生きて動いて喋っている。嬉しくて嬉しくて、つい抱きついてベッドに押し倒してしまう。動き出した僕の気持ちは止まりそうにない。

「んっ…いやっ…ウィル様…」

「エミリア、エミリア!」

 髪の良い匂い、胸の柔らかな感触が僕の気持ちを加速させる。もう誰にも僕は止められない。僕は人間を超えた神人になったのだ。走り出した暴走馬車は御者の思い通りにはならないのだ。

「ウ、ウィル様‼︎」

「ごぼっ…‼︎」

 僕の暴走馬車は凶悪な右膝蹴りによって完膚無きまで破壊された。ベッドの下に落ちると、見っともなく床の上で、のたうち回った。

「オウッ! オウッ! オウッ!」

「ウィル様! オットセイの真似をしても許しませんよ!」

「オウッ! オウッ! オウッ!」

 エミリアはカンカンに怒っているようだけど、今は謝っている場合じゃない。直ぐに神魔必滅剣を手に取って、HP回復をかけないとこの世界の未来が消えてしまう。僕には人類を存続させるという重大な使命があるのだ。

「はぁ…はぁ…エミリア、君はとんでもない事をしようとしたんだぞ!」

 僕と必滅剣の絶大な魔力によって、人類の危機は静かに去って行く。何事も順序は確かに大切だと思う。僕も悪かったと思う。でも、いきなり馬車を潰すのは駄目だ。絶対に駄目だ。

「そんなの知りませんよ。それよりも私はどうして生きているんですか? 確かに剣で首を斬られて死んだと思っていたんですけど…」

 自分の首を触ってエミリアを斬れていないか確かめている。確かに死んだのに生きているのは複雑な気分なのだろう。

「そこからの記憶が無いんだね。その後は神様の所に行って、エミリアを生き返らせて欲しいとお願いしたんだよ。それでエミリアは生き返った。それだけだよ」

「そうなんですね。神様に直接お礼を言えないのは残念ですが、ありがとうございます。きっと聞いてくれているはずです。本当にありがとうございます」

「そうだね」

 本当の事は言わない方がいいよね。変に恩着せがましい事を言っても、逆に好感度が落ちるかもしれない。僕ではなく、アシュリー辺りがコッソリと伝えてくれるまで待つとしよう。

「ねぇ、エミリアは心石を持ってないの? 神様から五個貰ったはずなんだけど、僕が持っているのは一個だけなんだよ」

 てっきり、全部で八個あると思って期待していたけど、実際はアシュリーの心石と合わせて五個なのかもしれない。

「えっと…あっ! ありました。こんな所に」

 白いシーツの上に白い心石が一個置かれていた。もっと分かりやすい所に置いて欲しい。洗濯しようとして外にシーツを持って行った時に、畑の中に落としたらどうするんだ。

「これで残りは三個か、六個か。とにかく村の中に誰か残っているはずなんだ。探さないと」

 小さな村で良かった。隠れん坊をするには街は広過ぎて一日では探し切れない。まずは冒険者ギルドの従業員の部屋を探してみる。直ぐに、クレア、ミランダ、ユンと何故だか、アシュリー様ではなく高級売春宿のナナリー様がいた。あとで僕との関係は絶対に秘密にしてもらうしかない。

「ウィルさん、本当に私達だけしか世界には残っていないんですか?」

「それは分からない。心石は七個しかないはずなんだけど、それだと数が合わない。きっと数が決まっていないのかもしれない」

 聞いてきたクレアは心配そうだ。あとでリーズの町に行って、両親や町の人達が本当にいないか調べないといけない。例え居なくても、両親の形見や私物を村に運んであげないといけない。ついでに町に残された使えそうな物は片っ端から回収しよう。空き巣泥棒みたいだけど、もう誰も使わないんだ。僕達が使った方が絶対に良いはずだ。

 だが、その前に僕には重大な使命が与えられている。エミリア、ナナリー、アシュリー、クレア、ミランダ、ユンの六人のイヴ役と子供を作らなければならない。流石に毎日は疲れるので、毎日一人ずつ、日曜日だけは休息日にしないといけない。

 人類の存続という巨大な重圧が僕の双肩に重く、のし掛かる。けれども、逃れる事は出来ない。僕にしか出来ない重要な使命なのだ。サークス村西暦1年1月1日、月曜日。新しい世界の一日が始まったのだから。

【第一部完結】
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