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最終章 決意のF級冒険者

第75話 ウィルと三百六十三日

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 神龍は半神半人の中途半端な状態から、神人しんじんになれと言っているんだ。そのなり方は分からないけど、目の前には魔人になった人間がいる。不可能ではないんだ。

「神龍は魔人になる方法を知っているんだよね? 教えて欲しい」

 残りは2日しかない。考えても答えは見つからない。ならば、知っている人に聞いた方が早い。

『人間ならば半魔、半妖、半獣となる事は出来る。だが、完全にそのものになるには神の力が必要になる。それが行使力だ。白聴会が不死者を禁忌に定めたのは、行使力を手にした半人を恐れたからだ。神は半人だろうと気にもしないだろう』

「行使力を使えば神人になれる? だったらやるしかない!」

 神のような力を持つ神人になれる方法が見つかった。僕が人間から神人になれば、エミリアを救えるんだ。

『そうだ。お前はレベルを上げながら、ズッと無意識に神になる為に行使力を発動していたはずだ。だが、神になるにはまだ足りない。もっと行使力と意思が必要だ。女が持っていた心石と契約しろ。そうすれば、行使力は直ぐに上がる』

 神龍の狙いはそういう事なのか。この四日間、僕にやらせていた事は大量の魔物と長時間戦い続けさせる事じゃなかったんだ。長時間の行使力の発動が目的だったのか。でも、エミリアの心石を使ってしまったら、彼女の分が無くなってしまう。

『構わないだろう。あれを倒せば新しいのが直ぐに手に入る。結局は神人になれなければ女は救えないのだ。やるしかないのなら、やるしかない。諦めて、さっさと使う事だ』

 ここは覚悟を決めないと駄目なんだ。神龍の言う通り、目の前には石を持っている魔人がいる。倒して奪う。今度はそれを僕一人でやるだけなんだ。

「エミリア…」

 胸ポケットからエミリアの心石を取り出すと、右手にしっかりと握って再契約を開始した。

『主人よ、行使力の力がいくら強くても、人が人でなくなるには時間がかかる。神になるには強い肉体と精神が必要だ。少なくともS級程度の力がいる。魔物を倒しながら、あれから逃げ続けてみろ』

 逃げると言っても、魔人は素早さも段違いに高い。狙われた瞬間に僕は終わってしまう。魔物と戦っていたら、どうしても僕は目立った存在になる。魔人に気付かれずに戦い続ける事はかなり難しい。一か八か説得してみるか?

 魔人の右腕には赤い鎖が、左腕には白い鎖が巻き付いている。まだ、目覚めていないようだけど、神龍がかなり強いと言っているぐらいだ。今の僕が寝込みを襲っても傷を付けられるか分からない。この神龍剣に魔人斬りを使えば、物理耐性は超える事は出来るけど。

 僕が攻撃するか迷っていると、ピクリと青い甲冑の魔人が動いた。

「どういう事だ? まだ、神は現れていないのか? この邪魔な鎖は何だ?」

 魔人は目覚めると周囲を見て、独り言を言い始めた。そして、わずらわしそうに両腕を振って、軽々と赤と白の鎖を破壊してしまった。

『久し振りだな、国民殺しのアーサーよ。神が現れるのは二日後だ。お前にはこの男を神にする為に働いてもらうぞ。嫌とは言わないだろう?』

 魔人の呟きに神龍が答えている。もう僕が隠れる時間はない。それに国民殺しか? 確か、ウェールズ王国は魔法の実験に失敗して滅んだと聞いている。その王国の国王だけが何故、魔人として生きているんだろう?

「その姿は何だ? 随分と時間が流れたようだが、ここが私の国なのは分かる。日と風の匂いは何も変わっていないようだ」

 アーサーは空を見上げると、僕が右手に握っている神龍剣をジッと見ている。僕の存在はまったく目に入っていないような気がする。会話から二人が知り合いなのは分かったけど、仲が良いのか、悪いのか、それ次第では僕の命運が決まってしまう。

「そこの半人よ。警戒せずに地上に下りて来い。人は殺し飽きた。お前には殺すに値する力を感じられない。今のところはな」

 それは良かった。でも、それは強ければ殺すという意味だ。強くなろうとしている僕には脅し文句のように聞こえてしまう。とりあえずは地上に下りて、キチンと彼と話をした方がいい。

「初めまして、アーサー王。僕はウィルと言います。単刀直入にお願いします。残り二日で僕を神人にしてくれないでしょうか?」

「お前は馬鹿なのか? 不死者になり、行使力を手に入れたとしても、人間から別の存在になるには百年単位の月日がかかる。それを二日とは、くっく…無知とは恐ろしいものだ」

 百年もかかるのか。予想よりは多い。でも、百年なら可能性は0じゃなくなった。

「そうでしょうか? 僕にはそうには思えません。三人掛かりで行使力を使えば可能なんじゃないでしょうか? 僕、アーサー王、そして、神龍の三人でやれば百年かかる偉業も、三十年もあれば可能なはずです。そうだろう、神龍?」

『ほう、気付いていたのか?』

 やっぱり。コイツも神龍と呼ばれるぐらいだ。大なり小なり行使力を持っている。僕と一緒に戦いながらも、僕に行使力を使う事は出来たはずだ。僕の予想通りなら、心石は人間を進化させる為に必要な道具なんだ。その目的は分からないけど、僕の考えは間違いないはずだ。

「なるほど、馬鹿ではないようだ。だが、それでも三十年だ。二日を三十年に変えられる魔法でもなければ、お前を神人にする事は出来ないぞ」

『そういう事か…仮初の主人よ、時間停止の袋で時を稼ごうとしているのなら、無駄な事だ。ここにいる三人のMPを合わせても一日分にしかならない。どう計算しても残り二日を一年にする事は出来ても、三十年には変えられないぞ』

 そんな事は言われなくても僕でも分かる。でも、二日じゃ、絶対に神人になるのは無理なんだ。その絶対無理な0%の可能性も、一年あれば3%ぐらいには変えられる。可能性があるのなら、その可能性が高い方を探して選ぶしかないじゃないか。

「お願いします。二人の力を借りないと僕一人では不可能なんです」

 僕が考えた作戦は袋の中で行使力を使い続け、MPが無くなりかけたら、外に出て、魔物を倒してMPを奪い取るというものだ。その作業を一年間も続ける事になる。袋の外で二日、袋の中で三百六十三日過ごす事になる。僕の外での頑張り次第では、一年以下にも、一年以上にもなる過酷な作戦だ。

「まあいい。協力してやろう。たったの一年だ。それで結果が分かるのなら安いものだ」

 もう一度、アーサーに深く頭を下げた。僕の作戦には彼の協力が絶対に必要だった。

「ありがとうございます」

「礼は不要だ。本当は神と今すぐに戦いたいが、この神龍に敗れて封印されてしまうようでは、今の私では勝てない。便利な魔法があるようだから、自分の修業の片手間に付き合ってやる。喜べ、ついでにお前が奇跡的に神人になった時は、相手をしてやろう」

「はい、その時を楽しみにしています」

 もちろん、丁重にお断りします。もしも、神人になった時は袋の中にアーサーを閉じ込めて、バーミンガムの街のギルド長を殺して石を奪い取ります。その為に魔鳥船の修理も袋の中でしないといけない。やる事は多いけど、時間はある。

 例え、神人になるのが駄目だったとしても、三百六十三日もエミリアと袋の中で過ごせるのだ。どんな結果でも僕には悔いは残らない。そう思える。
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