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最終章 決意のF級冒険者

第71話 ウィルと逃亡生活

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 宿屋の三階の窓から外を覗きながらアシュリーが聞いてきた。

「これから、どうするつもり?」

 ロンドンから休まずに北上して、レスターの町に到着した。古い遺跡が多く残っているこの町は落ち着いた雰囲気があり、近くにベルボア城やボスワース古戦場跡といった観光名所が存在する。一先ずはこの町で休息を取って、これからの予定を考えないといけない。

「目撃者も死体もない。このまま村に帰っても大丈夫だと思う。アシュリーこそ、どうするの? 西に行けばバーミンガムの街があるよ」

 西に進めば、数時間でバーミンガムの街に到着する。アシュリーのようなお嬢様が村の過酷な生活に耐え切れる訳がない。

「私も村に行くわ。バーミンガムの街には石を持っているギルド長・ディリオンがいるのよ。ギルド長のベルガーが死んだ今、もう街は快適で安全な場所じゃないわ」

「そうかな? 目撃者も死体も無いのなら、安全だと思うけど」

 バーミンガムのギルド長・ディリオンのレベルは643とロンドンのギルド長よりも低い。けれども、常に護衛の二人の女性A級冒険者をはべらかせているので、警戒心が異常に高くて迂闊には近づけなかった。

「死体が無くても、戦った痕跡は残っている。誰かが生きて連れ去られたと考える事も出来るわよ」

 誰かって、昨日の夜にロンドンで姿を消した人はギルド長ぐらいしかいないはずだ。まあ、大きな街だから、失踪者がいる可能性もある。それでも二、三人ぐらいである。

「考え過ぎだよ。もう戦いは終わったんだ。今はゆっくりと休んだ方がいいよ」

 こんなのは心配するだけ無駄なんだ。何が起こるかは誰にも分からない。僕はベッドの上に寝転がると疲れている目を閉じた。

「本当に終わったのかしらね? 油断している時が一番狙い易いのは、あなたも知っているはずよ。弱っている私達を襲えば三人分の石が手に入る。誰かが私達とギルド長を戦わせて、その後に漁夫の利を得ようと計画していても、おかしくないはずよ」

「考え過ぎだよ。もう警戒するのはやめて、アシュリーも休んだ方がいいよ」

 でも、彼女の言う通り、まだ油断しない方がいいのかもしれない。心石を持っているギルド長同士で定期的に連絡を取っている可能性があれば、いずれは僕達に行き着くはずだ。S級冒険者を倒せるのはS級冒険者しかいない。

「そうかもね。でも、あんたがまずやる事は寝る事じゃなくて、この石と契約する事よ。契約していれば石を奪われても問題ないし、最大魔力が増えれば、それだけで魔法の威力は確実にアップする。攻撃魔法も回復魔法も含めてね」

 魔法の威力がアップすると言われても、HP回復、ステータス上昇、重力操作の龍翼、双龍の咆哮ぐらいしかない。でも、石と契約すれば行使力が上がる可能性がある。ギルド長のように行使力と魔法を同時に使えば、エミリアを治療出来るかもしれない。

「それって、エミリアを治療できる可能性があるって事だよね?」

 閉じていた目を開いて、ベッドから起き上がった。エミリアを助けられる希望の光が見えた気がする。

「それは絶対無理。収納袋からは絶対に出さないようにするのよ。出したら死ぬと思いなさい。あの怪我を治せるとしたら、それこそ神様にお願いしないと助からないわ」

「そんな…」

 僕の期待はアシュリーに完全否定されてしまった。でも、行使力とHP回復を組み合わせて使えば、どんな重傷患者でも治療出来ると思う。石と契約出来たら、試しにこの町の病院の重傷患者で実験すれば分かるはずだ。それで駄目なら諦めて別の手を考えるしかない。

「分かったよ。石と契約するから、魔力とMPが足りない時は手伝ってよね」

「しょうがないわね。今回だけよ」

 アシュリーはズボンの右ポケットから石を取り出すと、僕の方に放り投げて来た。両手で上手く石を受け取ると、ジッと白い石を見てしまう。こんな石ころが命と同じ価値があるなんて馬鹿げた話だ。

 ギルド長の血で汚れていた心石は、アシュリーが宿屋に到着して直ぐに、シャワーで自分の身体に付いている血と一緒に、綺麗に洗い落としてくれた。アシュリーは透明マントを被っていたので、宿屋の主人はこの部屋に泊まっているのは僕一人だと思っているだろう。

 大英博物館でアシュリーが契約した時と必要な魔力とMPが一緒ならば、僕一人でも石と契約出来るはずだ。

 今の僕の魔力は358で、レベルは221になった。MPは貯蓄MPを合わせれば2079になる。更に聖龍剣と邪龍剣の魔力とMPを借りれば、総魔力は1927、総MPは3261になるので、石と契約するのに必要な魔力とMPは十分に足りると思う。アシュリーの手伝いは多分必要ない。

 ギルド長との戦闘で消費したMPは既に全回復している。さあ、さっさと契約して、エミリアを助けないと。

 石を両手で包むと、最初はゆっくりと魔力とMPを流して様子を見る。少しずつ石のMP吸収量が多くなっていくのが分かると、僕も注ぐMPの量を増やしていく。予想よりもかなり楽な感じがする。このまま、すんなりと契約できそうだ。

「終わった…アシュリー、契約出来たよ」

 心石の蒼白い光が収まっていく。MPはもう要らないようだ。予想通り、一人で契約してしまった。元々、昨日までギルド長が所持していた物だ。大英博物館の封印された心石とは違い、魔力にもMPにも渇いて無かったのだろう。

「そう、私の出番はなかったみたいね。だったら夕食を済ませたら、さっさと寝るわよ。明日の早朝に出発して、夜までにはリーズの町に到着するわよ。二日後にはサークス村に到着ね」

「ああっ、それなんだけど、ちょっと外出してもいいかな? 病院で試したい事があるんだよ」

 石と契約した事で行使力が中まで上がった。つまり、ガドガン侯爵やギルド長・ベルガーと同じ力を持っている事になる。ただのHP回復魔法でも神憑り的な力を発揮できるはずだ。

「それは駄目よ。あんたの考えている事は分かるわ。瀕死の重傷者がもしも治った場合はどうするつもり? 他にも助けて欲しい人達がやって来るでしょう。全員を助けたとしても、死ぬ事に変わりはないのよ。ここでは何もしないで我慢しなさい。村に帰ったら、私が村の誰かを半殺しにするから、そいつで試せばいいでしょう」

「うん、そうするよ」

 ここは彼女の言う通りにした方が良さそうだ。僕に出来る事は健康そうな村人を選ぶ事だけだ。選んだ人によっては、半殺しのつもりが全殺しになってしまう場合もあるが、どうせ死ぬんだ。そこまで気にする必要はないさ。

 収納袋から町や街で購入した料理をいくつも取り出して、部屋のテーブルに乗せていく。アシュリーは港町で購入した海鮮ちらし寿司を手に取ると食べ始めた。

「ねぇ、アシュリー?」

「何?」

「これからの事を話したいんだけどいいかな?」

「いいわよ。何?」

 これからとは、明日とか明後日とかの話ではない。神様によって世界から石を持つ人間以外が消えた後の話である。おそらくは世界には七人の人間しかいなくなる。その時は残った人間で世界を元通りにするしかないのだ。

「世界から人間が消えたら、まず最初にやる事は人口を増やす事だと思うんだ。その為には生き残った皆んなで頑張らないといけない。だから、僕と一緒に頑張って欲しいんだ。ここにベッドもあるし、予行演習だと思って、僕と…」

「引き千切るわよ。さっさと食べなさい」

 ギロリと睨まれてしまった。何を引き千切るのか聞く必要はない。アシュリーはこれ以上は言わせてくれないらしい。僕も引き千切られる覚悟で言うつもりもない。素直に僕も海老カツ丼を食べる事にした。

「はい、いただきます」

 ちょっと焦り過ぎたのかもしれない。世界が滅んだ後ならば、男は僕と白聴会のもう一人ぐらいしかいないはずだ。その時は、今度は彼女の方から僕の身体を求めて来る。その時まで、もうしばらく我慢しておこう。

 


 
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