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最終章 決意のF級冒険者

第70話 ウィルと予期せぬ来訪者

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「エミリア? しっかりして…」

 HP回復をかけながら、エミリアに話しかけ続ける。脈は弱いけど確かに動いている。

「はぁ…はぁ…情けない。猪みたいに真っ直ぐ突っ込めば、こうなる事は分かってたでしょうに」

 遅れてやって来たアシュリーは随分と疲れているようだった。水色のシャツと白色のズボンが汗で身体に張り付いている。魔鳥船の防御壁に、空中のギルド長への地上から遠距離魔法攻撃と、消費したMPは僕達の中で一番多いはずだ。

「アシュリー、エミリアが大変なんだ。急いで街の医者の所に連れて行かないと助からないかもしれない」

 ロンドンはすぐ近くにある。侯爵令嬢のアシュリーが頼めば、最高の医者を夜中でも叩き起こして連れて来れるはずだ。

「無理よ。見て分かるように生きているというよりも辛うじて動いている状態よ。叩き起こしてもいいから、早く収納袋に放り込みなさい。そこなら、死にはしないでしょう」

 彼女の言葉の意味を急いで理解して納得した。収納袋の中は時間停止の魔法が掛かっているので、入れたものを今の状態で保つ事が出来る。食べ物が腐らないように、死にかけている人を入れれば、最適な治療が出来る場所まで確実に生きたまま連れて行く事が出来る。

「分かった! エミリア、袋の中に入れるよ? いいね?」

 返事はない。今はキチンと確認する時間も惜しい。了承は得たと思い、足からエミリアを袋の中に入れていく。スルスルと袋は簡単にエミリアを飲み込んで行く。話せなくても意識があって、了承してくれたんだとそう思いたい。

 袋に人間が入れる条件は本人に入る意思がある場合と、魔物のように冷たい死体になった時だけだ。エミリアがこんなに呆気なく死ぬはずなんかない。

「思ったよりも早く動いたわね。ウィル、早く立ちなさい。首都の軍隊が騒ぎに気付いてやって来たわ。雑魚でも数だけは多いから、さっさと逃げるわよ」

 誰かが来るのは予想はしていた。街の近くで大爆発が起こり、人間サイズの鋭い岩石の雨が降って来るのだ。気にならない方が変だ。

「あれは…? 空軍部隊…」

 アシュリーに言われて、街の方を振り向くと、こっちに向かって飛んで来る小さな影が上空に沢山見えた。おそらくは首都、ロンドンに在中しているグリフィン空軍部隊だ。噂ではレベル100を超える軍人達で構成されていると聞いた事がある。噂が事実ならば確かに脅威だが、わざわざ戦う必要性はない。

 素早く壊れた魔鳥船とギルド長の死体を収納袋で回収して、アシュリーのグリフィン二体を袋から引っ張り出そう。誰にも見られないうちにこの場を離脱出来れば、それで問題はないはずだ。犯人は永久に見つからずに世界は滅びる事になる。

「僕は船を回収するから、アシュリーはギルド長を調べて心石を見つけておいて。頼んだよ」

 彼女の返事も聞かずに走り出す。あの船はエミリアにとって、大切な侯爵様との思い出の品だ。こんな場所に捨てて置く事は出来ない。

「まったく、下僕の癖に私に命令するなんて百年早いのよ。こっちがどれだけ援護したか気付いてもいないんだから」

 アシュリーは文句を言いながらも、すぐ近くで死んでいるギルド長の持ち物を漁っている。娼婦が殺した客の財布を盗んでいるように見えてしまうが、彼女が持つ天地創造剣の一つ『地動』が無ければ、至近距離からの二つの烈空砲の直撃で、エミリアだけでなく、僕も意識不明の重傷になっていたはずだ。そこは感謝しないといけない。

 ブルーと薄緑色の鮮やかな魔鳥船の船体が、今はアシュリーの剣によって黒曜石のような輝きを放っていた。その黒い岩鎧によって、墜落の衝撃にも楽々と耐える事が出来たのだ。船体を覆う黒岩を剥がすのは後でも出来る。今は回収して逃げる事だけを考えよう。

 馬の蹄の音が聞こえる? 誰かが単独で向かって来ているのか?

 蹄の音を頼りに暗闇の中をジッと見る。グリフィン空軍部隊が到着するよりも先に、一人の男が栗毛の馬でやって来てしまった。ギルド長が書き置きを残すような性格とは思えない。だとしたら、家に居ない父親を不審に思って、探しに来たのかもしれない。

「ウィル⁉︎ どうして、お前がここに居る? 何故、親父がそこに倒れているんだ!」

 馬から飛び降りると、ベルガーは背中の弓を僕に向けて引いて来た。レベル64の彼では今の僕には勝てない。以前とはもう違うのだ。

「ベルガーさんこそ、どうして来てしまったんですか? ここは危ないです。早く家族の元に戻ってください」

「そんな事は聞いていない! 親父を殺したのは、お前とそこの女か? 俺がギルド長の息子だと知って、弱いフリをして近づいて来たのか!」

 違う、と言う前に鋭い矢が僕の額に向かって飛んで来た。身体を少しだけ動かして避けると、収納袋から聖龍剣を取り出して、白い剣先をベルガーに向けた。

「次を撃つなら覚悟した方がいい。ベルガーさんが何もしなければ僕も何もしない。でも、攻撃の意思があるのなら、ベルガーさんにも可愛い娘さんにも容赦はしないよ」

「親父もそうやって脅したのか? 卑怯者のクソ野郎共め! 地獄に落ちてしまえ!」

 彼の気持ちは分かる。父親を殺されて、今度は家族を殺すと脅したのだ。はらわたが煮え返るような怒りを今すぐに僕に打ちまけたいだろう。でも、それは出来ない。実力差は初撃を躱された瞬間に理解したはずだ。

「ウィル、石を見つけたわよ。身体の中に隠してあったから見つけるのに苦労したわ。ギルド長の死体はどうするの? 石を回収したんだから、そいつに返してもいいでしょう?」

 両手を血だらけにしたアシュリーが、右手に心石を持って見せてきた。もうベルガーにも僕達の目的がハッキリと分かったようだ。

「それが目的だったのか。ウィル、頼む。それは娘のティアナの物なんだ。それだけは奪わないでくれ。頼む、俺に出来る事は何でもするからお願いだ」

 弓矢を捨てると、ベルガーは僕に向かって頭を下げてお願いしてきた。彼のそんな姿は見たくはなかった。そして、彼にそのような決断をさせてしまったのは僕の所為だ。

「アシュリー、行こうか。それとギルド長の死体は持って行くよ」

 収納袋からグリフィン二体を取り出すと、アシュリーを呼んだ。悪いけどギルド長の死体は返せない。死体があると無いとでは、騒ぎの大きさはまったく異なる。余計な混乱は起こさない方がいい。

 それに殺して奪うと決断した以上は、もう心を動かしてはいけない。ここで心を動かすようなら、何の為にギルド長を殺したのか分からなくなる。

「頼む、ウィル! お願いだ!」

 いくら頼まれても駄目なものは駄目でしかない。地面に蹲る男に冷酷に行使力を使って、僕の考えに強制的に従わせる事にした。

「ベルガーさん、そんな無駄な事をするよりも、残り時間を大切な家族と過ごした方がいい。僕ならそうするよ」

「そうだな。そうするよ」

 ベルガーは虚な瞳になると、スッと地面から立ち上がる。そして、フラフラとしながら馬に乗って街の方に戻って行った。

「良かった。問題はなさそうだ。さあ、村に帰ろう」

 彼が戻って来ない事を確認すると、収納袋にギルド長を入れて、グリフィンの背中に飛び乗った。もう用は済んだし、これ以上はこの場に居たくはない。目的の物は手に入った。あとは神様がやって来るまで、村でのんびりと、最後の時を家族や友人と過ごすだけだ。
 



 
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