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第3章 侯爵家のF級冒険者

第63話 ウィルと薔薇のシャンプー

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「そう…ギルド長が白聴会のメンバーなのね」

「いえ、心石を持っている可能性があるだけで、メンバーなのか分かりませんよ」

 客間のソファーに座るナナリー様、いや、アシュリー様に報告をする。昨日のアシュリー様は本当に凄かった。いや、ナナリー様か。もう、どっちでもいいや。年齢も一緒、胸のサイズも一緒だった。もう同一人物でいいだろう。

 昨日の夜、実際は今日の深夜になるが、ナナリー様にアシュリーの真似をさせて朝まで楽しんだので、目の前のソファーに座っている女性がナナリーにしか見えない。流石に金髪のカツラを被ってもらったのはやり過ぎだったかもしれない。今もアシュリーに報告しているプレイなのかもしれない?

「拷問して色々と話を聞き出したいけど、レベルが格上じゃあ、どうしようもないかもね。侯爵家の戦力を全て使っても、ロンドンの冒険者ギルド長を追い落とすのは難しいし、やっぱり拉致かな?」

 あっ、やっぱり違ったようだ。素人のナナリー様に拷問や拉致という言葉は出て来ない。

 そして、なんだかんだ言いながらも、結局は捕まえて拷問するという、いつもの手だ。正直、あの筋骨隆々な黒髪ツーブロックの爺さんとは二度と会いたくない。どう見ても、僕のようなアイドル冒険者ではなく、ガチの冒険者だ。このまま、二人で背後からギル長を奇襲して捕まえるよりも、僕ならエミリアに協力を求める。

 白聴会のメンバーが言っていたように、神様がこの世界に戻って来るとして、その時に何が起こるのかもまだ分からない。神様の命令で祖龍が町を襲っていたのが事実ならば、人類の脅威とも言えるけど、あくまでも白聴会の主張である。情報の信憑性はまだまだ低いと言える。

「アシュリー様、まずは予定通りにエミリアの所に向かいましょう。レベル689のギルド長に話を聞くよりも、エミリアの方が安全です。もしかすると、ギルド長を捕まえる協力をしてくれるかもしれません。目の前の怪しいギルド長よりも安全そうなエミリアです!」

 僕の力強い主張に納得したのか、彼女も村に行く事に賛成のようだ。それにエミリアは僕の命の恩人だ。忘れていた記憶は思い出した。会って、キチンとあの時のお礼が言いたい。

「そうね。そろそろ、下僕を村に帰さないと死んだと思われるかもしれないし、二人掛かりでエミリアを拷問すれば白状するでしょう。場合によってはあの女の前で下僕を拷問すれば話すかもしれないしね」

 ごくり。エミリアを僕が拷問して、更にエミリアの前で僕が拷問される? よく分からないけど、ちょっと拷問も楽しそうかも。一度経験してみようかな?

「とりあえず、サークス村に北上しながら進むから、その間にある町で下僕は剣のレベルを上げなさい。グリフィンの背中の上でも賢者の壺は使えるでしょう? 飛行中は作業時間よ。出発するわよ。さっさと準備しなさい」

 んんっ? 出発?

「あのぉ~、もしかして、今すぐに出発ですか?」

 こっちはちょっと足腰が立たないというか、足腰以外も立たないと言いましょうか。明日じゃないと駄目ですか?

「当たり前でしょう。今日出来る事は今日やるのが普通でしょう? わざわざ時間をかける意味があるの?」

「いえ、ありません。その通りでございます」

「分かっているならいいのよ。それと村に着いたら、まずは下僕を拷問するからいいわよね? 昨日は屋敷を抜け出して、その売春宿で楽しんだんでしょう?」

 やはり見逃してはくれないのか? だが、問題ない。言い訳は用意してある。

「いえいえ! 僕はその爺が売春宿から若い女と手を繋いで出て来たので気になって見ただけです。売春宿なんて穢らわしい場所には一度も入った事ありませんよ」

 当然、嘘である。某、町の売春宿のスタンプカードは8個溜まっている。あと二回利用すれば、一回無料になる。

「あら、そうなの? ふぅ~ん?」

 部屋から出ようとしていたアシュリーは、満面の笑みを浮かべて引き返して来た。そして、僕の身体にベッタリと引っ付いて、クンクンと身体の匂いを嗅ぎ始めた。まさか! いや、まさか!

「この薔薇のようなシャンプーの匂いは売春宿のものよね? もう一度、聞くわね? 本当に入ってないのよね?」

 ドクンドクンドクンドクン‼︎

 落ち着け、落ち着くんだ心臓よ! 冷静になるんだ。動揺すればバレてしまう。絶対にアシュリーが売春宿のシャンプーの匂いを知っているはずがない。これは脅しだ。正直に答えたら拷問されてしまう。そして、嘘を吐いても拷問される。結局は拷問されてしまうが被害は抑えられる。

 嘘を吐いて、この場を誤魔化しても、アシュリーならば後で売春宿のシャンプーを調べるはずだ。ついでに誰と何をしたのかさえも詳細に。その時に僕がナナリー様に金髪のカツラを被せて、アシュリー様として色々とした事がバレたら拷問では済まない!

「すみません、アシュリー様! 三日間も魔物と昼夜問わずに戦って精神的に錯乱していたんです。アシュリー様に似た売春婦を見てしまい、気持ちが抑えられなくなりました。大変申し訳ありません!」

 彼女の前に跪くと必死に謝る。命乞いまではしなくていい。エミリアに協力してもらったり、ギルド長を拉致するには、少なくとも僕の力は必要だ。今は半殺しにならない為に少しでも頑張らないといけない。

「あら、そうだったの? 下僕は私とそういう事をしたいと思っていたのね? ふっふ、この変態」

 土下座した後頭部をアシュリーの靴の裏で踏み躙られる。売春宿でも同じような事をされたので、そのプレイの延長だと思えば、不思議と我慢出来た。気になる事があるとしたら、アシュリーがどんな表情で僕の顔面を客間のカーペットに押し付けているかだ。喜んでいるのなら、被害は抑えられる。怒っているのなら、かなりヤバい。

「まあいいわ。たまにはご褒美は必要でしょうからね。さあ、行くわよ」

「はい、アシュリー様。寛大なお心遣い、ありがとうございます」

 数分間、左足で踏まれて爪先で顔を弄られた。でも、強くは蹴られなかった。どうやら、機嫌は悪くはないようだ。いや、悪くないと思いたいのだ。

 僕の出発の準備はほとんど出来ていた。グリフィン小屋でアシュリーを待っていると、手ぶらの彼女がやって来た。無限とは言わないまでも、収納アイテムを持っているようだ。

「あんたはグリに乗りなさい。私はこっちの方に乗るから」

 グリフィン小屋にはグリ以外のグリフィンが九匹いる。この小屋には全部で十匹いるけど、他のグリフィン小屋があるのなら、もっと居る事になる。馬の値段が金貨15枚ぐらいなので、空飛ぶグリフィンの値段はそれ以上になると思う。金貨100枚ならばグリを買いたいんだけどな。

「起きなさい。仕事よ」

『クゥッ‼︎』

 アシュリーは熟睡しているグリを蹴り起こす。少し痛がっているようだが、この程度で済むのなら、HPを回復する必要はなさそうだ。今、回復すると回復した分だけ、また蹴られそうだ。

 僕はフラフラしながら飛行するグリフィンの背中の上で、町で売る為のアイテムを作り続ける。クレアが以前に言っていた魔物のヌイグルミは結構売れている。特に冒険者が魔物を倒す作戦を、仲間に説明する時に使っているようで、その町の周辺に出現する魔物のヌイグルミはよく売れた。

 ❇︎

「戻って来たぞ…」

 一ヶ月振りにやって来たサークス村はキチンとした村の外壁が完成していた。まだまだ岩を積んだだけの石垣だが、子供の力で壊せるような木の板よりは遥かにマシだ。僕がいなくてもエミリアが頑張ってくれていたようだ。

「出来れば、下僕がA級レベルになってからの方がいいけど、それでも、エミリアは格上の相手よ。元はS級冒険者、実力はギルド長と大して違わないわ。もしもの時の戦う覚悟はいいわね?」

「はい、出来ています」

 彼女にハッキリと答えた。もちろん出来ている。もしもの時はエミリアに寝返る覚悟はとっくに出来ている。アシュリーは僕を信用しているようだが、あれだけ酷い目に遭わせておいて、僕が腐れ尼に協力するはずがない。悪いけど、もしもの時の拷問される覚悟は出来ているよね?

 




 
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