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第3章 侯爵家のF級冒険者

第58話 ウィルと乱暴者の侯爵

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「お爺さんは旅の人だよね? こんな村に何の用で来たの? この村には野菜しか売ってないよ」

「何、ちょっとした大冒険の後の骨休みに立ち寄っただけだよ。儂は冒険者をやっていてな。君の家業の農家のように、毎日のように色々な国を旅するのが仕事なんだよ」

 あれ? 見た感じ、偶然立ち寄ったサークス村の住民とただの世間話をしているようにしか見えないぞ。これだと記憶を消す必要がないじゃないか。

 もしかすると、祖龍を倒した後に各地の病気の子供を治して回っているとか、そんな美談を隠したいだけなのか? いやいや、人体実験はしているからそれだけじゃないはすだ。

「大変そうだね。僕なら村でのんびりと暮らしたいよ。冒険者の仕事って楽しいの?」

「そうだな? 楽しい時もあったが、辛い時もあった。そして、これから先は最も辛い時かもしれないな。私にとっても、人にとっても…」

 深刻そうな顔で侯爵は辛い時の訪れを想像しているようだ。やはり、白神と呼ばれる神が現れると思っているようだ。でも、神様が現れるのに何で喜ばないんだ? 普通は喜ぶはずなんだろうけど?

「えっ~、そんなに辛い仕事なら辞めればいいんじゃないの。村のお爺さんやお婆さんも仕事がキツくなったら辞めてるよ。お爺さん、何歳なの? 働き過ぎなんじゃないの? 若い人に任せなよ」

「はっは、そのつもりだよ。医者の話だと儂はもう長くは生きられんそうだ。君のような若い子供達に後は任せたいと思っている。今はその為に国中を回って、君のような子供を探している最中なんだよ」

「へぇ~、お爺さん、もうすぐ死ぬんだ。大変なんだね。でも、元気出しなよ。まだ、生きてるんだから笑って楽しまないと」

 他人事みたいに言ってるけど、僕の方が先に死ぬからな。まったく、本当にここから助かるのかよ。

「はっは、娘にも同じような事をよく言われるよ」

 はぁ…僕が選ばれた理由は病気で残りの余命が少なかったからなのか。元々、死ぬ人間を人体実験に使えば、少しは罪悪感が消えるんだろうな。実際に侯爵様は余命三年なのに、それよりも早く亡くなっているし、あくまでも余命は最大値として考えた方がいいのか。

「ねぇ? そういえば、さっき子供を探しているって言ってたけど、冒険者のスカウトか何かなの? 残念だけど、僕には冒険者は無理だよ。魔物と戦ったり、森の中で草とか探して来ないといけないんでしょう? 村の宿屋に泊まっていた人達が疲れた顔で話していたよ」

 それにしても、会話を聞く限り、ここから冒険者になりたいとは思わないだろう。行使力を使って、無理矢理に冒険者になりたいと思わせたんじゃないのか? それにエミリアが全然来ないぞ。畦道に座っている爺さんと若い僕のどうでもいい話なんか聞きたくないんだよ。19歳のぴちぴちエミリアは何処だよぉ~?

 周囲を見回して、エミリアを探すものの影も形も無かった。まさかとは思うけど、侯爵とだけしか会っていないんじゃないのか。だとしたら、会話3倍速で進んで欲しいのに。

「どんな仕事も苦労は必ずするもんだ。そして、どんな仕事も必ず誰かに喜ばれるもんだと儂は信じている。君もそう思って、野菜を作っているんだろう?」

「うううん~? そんな事、考えた事もなかったよ。小さい頃から周りの人達が野菜を作るのが当たり前だったから、僕も自然に野菜作りを手伝っていただけだし、誰かの為とかいうよりも、野菜の声を聞いて美味しく育てている感じかな?」

「野菜の声を聞くか…冒険者が武器の声を聞くようなものか。なるほど、冒険者にはなりたくはないか? では、神様になりたいと思った事はないか? もしも、神様になれるとしたらどうする? なってみたいと思わないか?」

 最初は冒険者になりたいかと聞いて、断られたら、次は神様か…多分、だけど、どちらかになりたいと答えた子供に人体改造をしているのかもしれない。でも、冒険者にも神様にもなりたく無いと言った子供はどうしているんだろう? 病気を治さずに見殺しにしているとは思いたくはないけど。

「冒険者の次は神様? うううん…? とりあえず、村の同年代の可愛い女の子と付き合いとか、一瞬で美味しい野菜が作れるようになりたいとかしかないかな?」

「はっは、それは神様に叶えて欲しい君の願いじゃないか。神様とは冒険者と同じで、誰かの願いを叶える存在だと儂は思う。神様とはその特別な力を私利私欲の為に使わずに、困っている人や助けを求める人の為に、当然のように使う人の事を言うんじゃ。そんな神様の方がいいと思わないか?」

「えっー、それだと神様って、スーパー冒険者みたいなものじゃん。全然楽しそうじゃないよ。やっぱり、特別な力があったら自分の為に使いたいよ」

「そうか? 儂は誰かの為に力を使うのは楽しい事だと思うぞ。君だって畑の野菜達の為に力を使っている。君が畑仕事をやりたくないと本気で思っているのなら、絶対にしないはずだ」

「まあ、畑仕事は嫌じゃないけど、母さんがサボるとすぐに怒るんだよ。あれが嫌なんだよなぁ~」

「何、1%でもその仕事に特別な感情が無ければ続ける事は出来ないはずだ。誰かの為に何かをしたいと思う気持ちが1%でもあれば、誰でもスーパー冒険者、つまりはS級冒険者になれると思う。君にも他の人の心の中にもその特別な1%がきっとある! と儂は思いたい」

 今まで会話を聞いて、ずっと違和感を感じていたけど、僕が想像している神様と侯爵が想像して神様は違うようだ。侯爵が想像する神様は明らかに人間なんかどうでもいい、自己中心的な私利私欲の為に力を使う悪い神様のように聞こえる。

 んっ? 誰かこっちに走って来る。

「侯爵様! こんな所でサボっていたんですか。もう、村の人達は全員調べましたよ。ここの村には居ません。次はスカーブラ村を探しますよ」

 エミリアだ! 今よりも髪が少しだけ短くて男っぽいけど、胸はほとんど同じ大きさだ。いやぁ~、それにしても白の軍服姿も新鮮でいい。下が長ズボンなのはちょっと微妙だけど、やり手の美人女性将校みたいだ。中身は黒か。黒の上に白、悪くはない。

 いつものように神眼の指輪でエミリアの服装チェックをした。もしもスカート姿で登場してくれたのなら、地面に寝そべって肉眼チェックが出来たのに凄く残念だ。

「エミリアか、まだ次の村には行かなくて済みそうだ。ここにいる少年が該当者だ。だが、冒険者にも神様にもなるつもりはないらしい。悪いが治療だけ済ませてくれないか」

 やっぱり、冒険者になるのを断った子供は、治療だけをして済ませるのか。

「はぁ…まったく。子供一人、満足に勧誘出来ないんですか? よくそれでS級冒険者になれましたね」

「ねぇ、お爺さん? この綺麗な人は誰なの? お爺さんの知り合い?」

 若い僕がエミリアの顔や胸をジロジロと見ながら聞いてきた。このマセガキめ。エロい視線がバレバレなんだよ。ちょっとは自重じちょうしろ!

「ああっ、この子はエミリアだ。儂と同じS級冒険者で自慢の娘だ」

 侯爵は言い忘れているようだが、正確には自慢の愛人の娘だ。そこは忘れてはいけない。都合の悪い事実だからといって、言い忘れたりしたらいけないよ。

「えっ? 娘? お爺さんの年齢なら娘はおばさんだろ。えっ、全然おばさんじゃないよ!」

 馬鹿! エミリアにおばさんは禁句なのを知らないのか? ほらほら、やっぱり怒って向かって来たぞ。悪い事言わねぇ、早く謝らないとお前半殺しにされちまうぞ!

「私は伯母さんじゃないよ、僕ぅ~? お姉さんでしょうぅ~?」

「ごめんなさい‼︎」

 流石は若い僕だ。土下座までのスピードが段違いに速い。エミリアの殺気に気づかなければ、胸ぐらを掴まれて、畑のど真ん中に投げ飛ばされていた。

「はぁ…まあいいわ。私はエミリア、君の名前は何?」

「ウィルです。あのぉ~、冒険者にはお姉さんみたいな美人の人が多いんですか?」

「んっ…? 女性冒険者は全体の三割ぐらいだと思うけど、美人かどうかは君の評価次第だから分からないけど、私が美人ならそれなりに多いと思うわよ。それがどうかしたの?」

「いえいえ、何でもありません」

 何でもないような感じは全くしない。顔がニヤけている。まさかとは思うけど、不純な動機で若い僕は冒険者になろうとしてないよね? 困っている人の笑顔の為だよね?

「そう? じゃあ、君の治療を始めるから、この袋の中に入ってもらいたいの。これは魔法の袋で、この中に入れば時間が停止された世界に行けるから、私がその中で素早く君の治療をするわ。現実では一秒も時間が経過していないから。明日には元気になって、畑仕事も出来るはずよ」

 あれは無限収納袋か。でも、僕の時間が停止するように、エミリアも中に入ったら時間が停止するんじゃないのか? 何か袋の中で動ける対策があるんだろうな。

「あのぉ~、その話なんですけど、お義父さん。僕、冒険者になってもいいかもしれません。いえ、是非ならしてください。お義父さん!」

 こらこら、学習する事が出来ないのか若い僕! 今度は侯爵様が凄く怒ってやって来てぞ。悪い事は言わねぇ、早く、お義父さんからお爺さんに訂正するんだ。まだ、死にたくはないだろう?

「はいぃ…?」

「ごめん…へぶぅ…‼︎」

「オラ! 誰がお義父さんだ! この田舎のクソ餓鬼がぁ! 儂の可愛い娘に肥し臭い手で手を出すつもりか! オラ、もう一度、言ってみろ! オラ、オラ!」

 ああっ、土下座する前に殴られた。このままだと左足で蹴り続けられて全殺しになっちゃうよ。慌ててエミリアが止めようとしているけど、もう手遅れかもしれない。

「侯爵様、やめてください! 死んでしまいます!」

「どうせ、一年後には死ぬんだ。儂の手で楽に殺してやるのがせめてもの情けだろう。オラ!」

『ごふっ…‼︎』

 実際には手ではなく、足で楽にしようとしている。ああっ、若い僕が畦道に血反吐を吐いて痙攣しているよ。そういえば最近、似たような事を孫娘にされたような気がする。血は争えないという訳か。

『オラ、死に腐れ!』

『ごふっ…ごふっ…』

 くっ…これ以上は僕が蹴られている姿は正直見たくはないけれど、真実を知るには見るしかない。見るしかないんだ。

 待つ事数分後、侯爵の怒りがやっと収まったのか、半死半生の僕がエミリアの手によって収納袋に放り込まれた。どうせ、人体改造されるんだ。ちょっとぐらいは怪我しても平気だよね。そうだよね?

 それにしても、袋を見つける為に服を泥だらけにして、傷だらけになって探していたと思っていたけど、実際は畦道で侯爵に蹴り転がされていただけだったんだ。そりゃー、記憶を書き換えますよ。

 
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