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第2章 サークス村のF級冒険者

第43話 ウィルとおじさん

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「嫌な話は終わりにしましょう」とエミリアは収納袋に紙袋五つを入れると、マンチェスターの街を二人で回ることになった。当初の二人の目的は達成したので、他にやることは特にない。個人的には一緒に素材屋に行ってもらって、炎と氷の短剣の量産を手伝ってもらいたい。

「ああっ、なるほど。安く作って安く売るんですね。それは喜ばれると思います」

 勘違いしてくれているエミリアには悪いけど、本当に喜ぶのは僕一人だけだ。確かにエミリアの言う通り、実際の価格よりも安く買えるのなら、喜んでくれるお客さんは多いはずだ。それで聖龍剣がレベルアップするのなら、ドンドン魔法剣を作って売れば、直ぐに武器だけが強くなってくれる。

(もしかすると、七つの遺品には剣を効率的にレベルアップさせる関係性があるのかもしれないな)

「ねぇ、エミリア? 聖龍剣は良いことをすれば強くなって、邪竜剣は魔物を倒せば強くなるんだよね?」
「はい、侯爵様にはそう聞いていますよ。何か気になる点でもあるんですか?」
「うん。侯爵様は聖龍剣を上げるには賢者の壺を使えばいいとか、邪竜剣を上げるには透明マントや神速ブーツを使えとか言ってなかった?」
「そんなことは言ってなかったと思います。私が聞いたことは全てウィル様に伝えた通りです。言い忘れたことはないはずですよ」
「そうなんだ。ごめん、僕の勘違いだったよ」

 エミリアは侯爵様に教えられていないということか。やっぱり関係性はあると思う。

 聖龍剣は賢者の壺と神眼の指輪を使うことで、アイテムを楽に作って効率よくレベル上げが出来るようになっている。そして、邪竜剣は透明マントと神速ブーツを使うことで、魔物を楽に倒して効率よくレベル上げが出来るようになっているんだ。

(となると、無限収納袋にも対になる物があるのか?)

 いや、これは二つの兼用アイテムだろう。倒した魔物や作ったアイテムを入れて持ち運ぶ為の物だ。商人が売り物を町まで運ぶ荷馬車のようなものだ。それなら魔鳥船は荷馬車を引く馬のような役割があるということになる。商品を買いに集まったお客にMPを分けて貰うことで、連続飛行も可能になる。
 
「エミリア、素材屋に行こうか。多分だけど、依頼を受けて達成するよりも、アイテムを作って売った方が早く聖龍剣は強くなるはずだ」
「ふっふ、何だか凄いやる気ですね。いいですよ、行きましょうか」

 侯爵様は遺言書でサークス村の発展の為に遺品を使えと言ってたけど、本当はイングランド王国全体の為に使って欲しいと思っていたのか。まあ、王国全体の為にとか急に言われたら、スケールが大き過ぎて断ったいたかもしれない。

「エミリア、悪いけど僕は君を追い越してS級冒険者になるかもしれない」
「ふっふ、そうなってくれると私は嬉しいですよ。やっぱり女の子は守るよりも守られる方が嬉しいんですから。でも、そう簡単には私は追い越されませんよ。せいぜい頑張ってください」

 やっぱり冗談だと思われて笑われてしまった。でも、直ぐに驚かせてやる。この遺品の関係性にはもう気づいたんだから。

 そして、もしも本当にエミリアを追い越してS級冒険者レベルの強さになれて、相続税も全部支払えたら、その時はエミリアに伝えなければならない。僕の君への気持ちを。

 ♢

 予想通り、物を作って売ることで聖龍剣は強くなっていった。村人の願いを聞いて、新種の野菜を作っても強くなるのだ。誰かのお願いを聞いてから良いことをするのはどうしても時間がかかる。こっちが良い事だと思ったことをして、それが喜ばれれば剣が成長するのなら、無駄な待ち時間が省けて格段に成長速度はアップする。

 聖龍剣さえ簡単に成長してくれるなら、邪竜剣は魔物を倒して簡単に上げる事が出来る。そして、その倒した魔物の素材で新しい商品を作って売れば、また直ぐに聖龍剣は成長していった。

 エミリアと一緒に街や町や村を回り、色々な物を売っていく。街では武器や防具が冒険者に売れ、町では指輪やネックレスなどの装飾品が女性客を中心に多く売れた。けれども、村は収入が少ないのかどうしても財布の紐が固く、賢者の壺を使って、破損した服や農具の修理を格安で行う事になってしまった。

「随分と疲れた顔をしているな、ウィル? 働き過ぎじゃないのか?」

 むさ苦しい黒い口髭の男が顔を覗き込んできた。おじさんではなくて、クレアか、ミランダにチェンジして欲しい。

「別に平気だよ。MPは魔物から奪い盗れるから問題ないし、移動で疲れているとしたら、エミリアの方だよ。僕は後ろに座っているだけだから」

 村の冒険者ギルドのベッドで寝ていると、獅子の盾のジョナサンが話しかけてきた。港町ミドルズブラで一ヶ月間、水棲魔物を倒して金を稼いで、別れた時に言ってたように村にやって来たのだ。

 あれから一ヶ月、白聴会がエミリアを襲う気配は全然ない。侯爵様の隠し子でA級冒険者のエミリアを危険を犯して殺しても、侯爵家の人間は怒らない。むしろ、喜ぶかもしれない。相手もそれが分かっているのだ。

「そういえば、レベル13になったんだろう? 別れてから一ヶ月で6も上がるなんて凄いじゃないか。これからは上がるだけだぜ」
「レベルは元々、上がるだけのものですよ。下がった人はいませんよ」
「男の癖に細かいぞ。こういうのは例えなんだ、気にするな」

 あれだけ倒して、あれだけ売っても、聖龍剣の開放レベルは72/80だ。街の素材屋は何度も爆買いした事で出禁になってしまった。多分、街の商人達があいつらには売るなと言って来たのだろう。格安で大量の商品を売っていく流れの行商人は、自分達の利益を奪っていく害虫にしか見えないのだ。

「それにしても、一ヶ月でここまで綺麗になるんだな。風呂も個室もあるし、正直、スルメと野菜を並べて売っているのを見た時は、売春宿を始めたと思って引いたけど、ここまで良くやってるよ」

 客の指摘によって、もうスルメと野菜の直売所は宿屋からは撤去された。イカの臭いと棒状の野菜を並べて売っているのだ。一部の客が金を払えば、冒険者ギルドの宿屋で働くエミリア、クレア、ミランダ、ユンを一晩買えると勘違いしてしまった。

 エミリアは金貨10枚、クレアは金貨5枚、ミランダは金貨4枚、ユンは金貨3枚が買おうとした客達の最高記録だった。ユンは最後まで撤去を反対していたが、『もういいだろう』と言う事で最近撤去されてしまった。
 
「ジョナサンは吸血鬼を倒した事はないの? 何処ら辺にいるか知ってる?」

 30年近く冒険者をやっているジョナサンならば、一度や二度はそういう情報は耳に入っているはずだ。村に滞在しているうちに聞きたい事は聞いておきたい。

「吸血鬼なら不死者か。狼男、鬼、怪物と、まあ色々と呼び名はあるが、ルーツは人間だ。不老不死の実験に失敗した人間の成れの果てだ」

 それは調べて知っている。大抵は元は魔法使いだったという話が多かった。元の魔法使いの実力次第で本当に不老不死になれるらしい。まあ、成功と呼ばれる吸血鬼も陽の光を浴びれないとか、血しか飲めなくなったとか、欠点だらけにしか見えないけど。

「どっかの宗教の教えにもあったが、年を取れば取る程に人間は狡賢くなって悪に染まるらしい。三年前に暴れていた祖龍も元々は真っ白な龍だったらしい、長い年月を生きるとそういう神聖な生き物も悪に染まるって事なのかもな」
「へぇ、ジョナサンは神様とかそういうのは信じてないと思っていたのに意外だよ」

 こういう脳筋タイプは自分の力と仲間の力しか信じてないかと思っていたのに。意外と心の中にはお花畑が広がっているのかもしれない。

「こういう命懸けの商売をしているんだ、祈るに決まっているさ。俺が死んでも家族が幸せに過ごせますようにってな。そういうもんだろう」
「はっは、出来れば生きて帰れるように願った方がいいんじゃないのかな」
「はっは、そうかもな」

 危ない、危ない。おじさん、相手にキュンとなってしまいそうになった。とりあえず今の台詞は忘れないうちにメモっておこう。家族の部分をエミリアに変えて言えば、僕にキュンキュンしてくれるぞ。
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