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第2章 サークス村のF級冒険者

第37話 ウィルと白毛の馬

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「しまった!」

 うっかりしていた。冒険者パーティーを作ることが出来るのはE級冒険者以上からだった。つまり、このままでは雇用試験中に支払われるはずの、ユンの金貨四枚が受け取れない。自分のようにパーティーに加入していないソロ冒険者は雇用試験制度の対象外なのだ。月々金貨六枚の出費で済むと思っていたのに、このままでは月々金貨十枚の全額負担することになってしまう。

 エミリアがA級冒険者だから、彼女にパーティーリーダーになってもらえば、自分とユンの二人分の金貨八枚が貰えることになるけど、今の彼女は運営側の人間だ。
 
 若い冒険者なら誰でも雇用試験を受けられる訳じゃない。それなりに冒険者としての才能がある人だけが受けられる。ロクに調べもせずに知り合いだからという理由で使える制度ではない。

 とりあえず今はお金のことよりも、ロウワーズ山に行くことだけを考えよう。近場だから、エミリアにパッと送ってもらって、夕方ぐらいに迎えに来てもらうのが一番なんだけど、彼女は馬じゃない。さすがにそれは失礼だ。

 茶色の扉を開けて、冒険者ギルドに入ると、黒の制服を着たクレアとミランダが受付カウンターの所に立っていた。エミリアはもう二人に仕事をさせているようだ。まあ、クレアはリーズの町の宿屋の娘だ。接客は得意なのだろう。

「クレア、お願いがあるんだけど、馬とか借りられないかな?」
「あっ、ウィルさん。馬ですか? いえ、馬は持ってないんですけど」
「えっ、と、ここまでは馬車で来たんだよね?」
「ああっ、馬車ならもう港町の方に行きましたよ。村の出口まで送ってもらったんです。この村に泊まるなら野宿の方がマシだと言っていましたから」

 そこまで酷くはないはずだ。まあ、ベッドは木が剥き出しの状態だから、慣れないと固くて痛いかもしれないけど、魔物や野盗が彷徨く外よりはマシなはずだ。

「この村では馬を飼っていないんですね?」

 馬は雄が金貨十五枚、雌が二十枚だったはずだ。今なら買えない金額ではない。それでも飼育の手間暇を考えると、即決する気持ちにはなれない。

「うん、馬は高価だから買えないんだよ。それに定期的に村にやって来る商人と、野菜と、服とかの日用品を交換しているから、村の外にわざわざ出掛ける必要もないんだよ」
「そうなんですか。でも、困りましたね。馬が必要なんですよね?」

 そうなんだよなぁ~。収納袋があるから、もう荷馬車はいいけど、馬は欲しいんだよ。やっぱり白毛がいいけど、白毛は馬の中で一番高いから、やっぱり茶色と黒かな? 

(ハッ! 駄目だ。クレアと話していると、どんどん馬が欲しくなってしまう)

「ああっ、大丈夫。エミリアに頼んでみるよ。部屋にいるんだよね?」
「はい、居ますよ」
「ありがとう」

 はぁ、結局、エミリアを頼ることになってしまった。彼女の負担を軽くしようとしているのに、逆に負担を増やしているよ。やっぱり、多少は高価でも馬を何頭か買ってから、繁殖させた方がいいかもしれない。いつかは白毛も産まれるかもしれないし。

 気まずい気持ちで部屋の前に立つと、コンコンと、濃茶の扉を叩く。直ぐにエミリアの声が聞こえたが、声が聞こえた瞬間に変な違和感を感じてしまった。

「前に何処かで」

 右手でひたいを軽く触って、思い出そうとするが、思い出せない。そうこうしているうちにエミリアの部屋の扉が開いてしまった。

「ウィル様? やっぱり何か用事があって、さっきは来ていたんですね。遠慮せずに言ってください」
「ごめん、忙しいそうで言い難かったんだ。魔鳥船でロウワーズ山まで送って欲しいんだけど、時間がある時でいいから」
「ふっふ、無くても作りますよ。山に何の用事なんですか?」

 エミリアに村にいる魔法使いのユンのレベル上げをすることを話すと、「ちょうどいい」と賛成してくれた。何がちょうどいいんだろう?

「クレアとミランダのレベルを上げたいと思っていたんですよ。宿屋を利用する人の中には、宿屋と売春宿の区別もつかないで、従業員の女性に手荒な事をする人もいますから。少しは抵抗する力を持たないといけません」

 神眼の指輪を使ってクレアとミランダを見た。なるほど。確かに二人ともそれなりに可愛いとは思う。エミリアと一緒にいると分かんなくなるけど、ミランダは確かに凄い。

【名前・クレア 職業・宿屋 レベル1 HP140 MP105 攻撃力32 物理耐性32 魔力40 魔法耐性60 敏捷125 年齢17歳 身長156cm 体重46kg バスト80(B) ウエスト59 ヒップ85 弱点・昆虫】

【名前・ミランダ 職業・乾物屋 レベル1 HP140 MP105 攻撃力32 物理耐性32 魔力40 魔法耐性60 敏捷125 年齢17歳 身長161cm 体重51kg バスト85(D) ウエスト61 ヒップ86 弱点・小動物】

 それにしても、弱点が昆虫だと、クレアは冒険者には向いていないかもしれない。昆虫系の魔物は北の荒野にも生息しているし、野宿をすれば少しは小さな虫がやって来る。

 逆に小動物が弱点のミランダは可愛い魔物が怖いのか、可愛くて倒せないのか、どちらにしても獣系の魔物はいるから倒せないと困る。

「収納袋に入ってもらえば、三人一緒に山まで運べるけど、その後はどうしようか? 一応は透明マントを使って安全に魔物を倒してもらおうと思っているんだけど」

 クレアとミランダは体力と素早さがあるから、それなりの攻撃力がある軽い武器を持たせて、二人で協力して戦ってもらえば、マンキーぐらいは倒せるようになると思う。問題は体力と努力する事が出来ないユンだ。しかも、魔法が使えない魔法使い、つまり、今はただの人だ。

「リーズの町に行けば魔法書は売っていますよ。確か、初級魔法書はそれぞれ一冊金貨五枚です。連れて行って、その場で読ませて習得させれば、相性が悪くて習得できない魔法書を無駄に買わずに済みますよ」
「それは無理なんだよ。ユンは字が読めない。魔法書は製作者の魔法使いの魔力とMPが本に込められていて、それを読んだ別の魔法使いに本の魔力とMPを吸収させることで、刺激を与えて魔法を習得させる方法なんだ。本の内容が理解出来なければ習得は不可能なんだ」
「詳しいんですね?」
「冒険者なら誰でも知っている常識だよ」

 そう、一度は自分が魔法使いかもしれないと思う時がある。魔法が使えない魔法使い。本当は使えるけど、まだ使えないだけ。そう思って基本の六属性の魔法書を読んで、現実を知る事になる。魔法が使えない魔法使いはただの人なんだ。

「とりあえず賢者の壺で頑丈で軽い木剣を三人分作るよ。まだ、刃がある剣は自分で自分を切りそうで危ないからね」
「よろしくお願いします。では、ウィル様は山の上の方をお願いします。私は三人を連れて山道の小さなマンキーを相手にレベルを上げていますから」

 どういうことだろう? 女の子四人で楽しむから、男は邪魔だと言いたいのだろうか。折角、戦っている時のカッコいい姿をクレアやミランダに見せることが出来るのに。もしかして、見せたくないとか?

「山の上…? それって別行動だよね?」

 エミリアが他の女の子に僕を取られたくないと嫉妬している可能性がある。もしかすると、やっぱりそういうことなのかもしれない。でも、その甘い希望は勘違いだったようだ。

「はい、山道は初心者コースです。今のウィル様なら上級者コースじゃないと物足りないはずです。私達の事は気にせずに龍剣のレベルを思いっきり上げて来てくださいね」
「そういうことね。分かった、頑張るよ」

 そうだ。邪龍剣のレベル上げが本来の目的だった。クレアやミランダやユンのことは忘れて、今は自分のことに集中しないといけない。
 

 

 





 
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