【完結】底辺冒険者の相続 〜昔、助けたお爺さんが、実はS級冒険者で、その遺言で七つの伝説級最強アイテムを相続しました〜

もう書かないって言ったよね?

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第2章 サークス村のF級冒険者

第29話 ウィルと錬金術師

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 パン、魚の干物、卵とジャガイモのスープ、野菜の酢漬け、我が家のお決まりの朝食を食べ終わると、収納袋からエミリアのバッグを取り出して彼女に渡した。きっと、バッグの中にはエミリアの私物が色々と入っているのだろうが、勝手に見てはいけない。

「すみません、すぐに着替えて来ますね」
「ゆっくりでいいよ」

 自分の家に綺麗な若い女性がいるのは、やっぱり良い。母さんも三十代後半で若い方なのかもしれないが、見た目と態度はもうおばさんだ。母さんを見ても全然癒されない。

「うっ⁉︎ これは変な気分になるね。見た目と歯応えはトマトなのに、味はキュウリだよ」
「母さん、何食べてんだよ‼︎ これから使うんだよ」

 テーブルの上に置いてあったトマトキュウリが母さんに食べられている。また、作れば問題ないが、MPが少ない自分にとっては結構辛い。

「試食だよ、試食。実際に食べないと分からないだろう? ハッキリ言うけど、これは売れないね」
「何でそう言えるんだよ。町の人なら珍しがって買うかもしれないだろう」
「分かってないねぇ。珍しがって買うのは最初だけ、味が良くなければ客はまた買いたいとは思わないんだよ。あんたも不味い料理を出す店に二度と行かないように、これにはまた買いたいと思わせる力が無いんだよ」

 そう言われるとそう思ってしまうから不思議なものだ。母さんの言う通り、このトマトキュウリはトマトとキュウリを同時に食べればすぐに再現できる。その程度の物を作って見せても村人が協力するとは思えない。

「お義母様の言う通りです。その程度の物では駄目です。だからこそ、サークス村の人達に協力して欲しいのです。皆んなで一緒に考えれば、きっと素晴らしい物が作れるはずですよ」

 エミリアが服を着替えて戻って来た。黒のシャツに真珠色のブラウスを重ね着して、黒のゆったりとしたズボンを履いている。紫の長い髪も後ろで束ねずに、自然に下ろして、より女性らしい感じになっている。彼女の見た目だけでも協力してくれる村人は多い気がする。

 でも、そんな頑張っているエミリアには悪いけど、村人が何人集まっても、まともなアイデアは一つも出ないと思う。まともなアイデアが欲しいなら、学生の町リーズでしっかりと勉強している二、三人の学生に聞いた方が早いはずだ。

「まあ‼︎ 本当に綺麗ね。私の若い頃にそっくりだよ。これなら、村の若い男衆は放っとかないよ」

「母さんの若い頃にそっくり? はっは、それって一、二歳の時の話じゃないよね?」

(まあ、せいぜい頑張っても五歳がいいところかな?)

「あんたはそんなんだから、まだ結婚出来ていないんだよ! 私は十七で結婚して、十八にはあんたを産んだんだよ。母親を冷やかす暇があるなら、エミリアちゃんをしっかり褒めな!」

 母親の前で歯の浮くような台詞が言える訳がない。それに言えたとしても、「綺麗だね。可愛いよ」ぐらいしか思いつかない。

「いいんですよ、お義母様。お義母様の前では恥ずかしくて言えないんです。さあ、行きましょうか」
「じゃあ、行って来るよ」

 無駄だとは思いながらも、村人の無い知恵でも借りるとしましょうか。

「はいはい、昼には戻って来るんだよ。ご飯作ってるからね」

 行くのは村の中だ。昼どころか、一時間後には家には戻ってくつろいでいる可能性があるぐらいだ。

「いい天気ですね、ウィル様」
「うん」

 神眼の指輪を使って、前を歩くエミリアの後ろ姿をジッと見る。必要な情報だけを素早く見る練習をしないといけない。そう、これは練習なんだ。

「ウィル様?」
「白、いや、何?」

 エミリアが突然振り返って話しかけてきた。履いている下着が水色から白色に変わったことは確認できたので何の問題もない。

「いえ、二人っきりの時は前のようにウィル様と呼んでもいいでしょうか? 長年、侯爵様やそのご家族様と暮らしていまして、様付けするのが習慣になってしまったんです。だから、様付けしないと落ち着かなくて」
「うん、それはいいけど、村の中では様付けは控えた方がいいかもしれない。村の誰かに聞かれたら、母さんみたいに変な誤解をするから」
「はい、善処します」

 本当にエミリアが気をつけてくれるかは不明だが、様付けされて呼ばれるのは、やっぱり嬉しい。まあ、習慣的に様付けしていたのなら、間違って村人の前で言っても大丈夫なはずだ。言い訳は出来る。

「そうだ、ウィル様。お願いがあるんですけど、村の人全員の魔力とMPをチェックして欲しいんです」
「それはいいけど、小さな村だけど三百人以上はいるはずだよ」
「はい、私としては村の人は多ければ多いほど良いです。出来れば移住してくれる人も募集したいぐらいです」

 神眼の指輪の消費MPはかなり低い。全員見たとしても、そこまでは減らないはずだ。それにMPは何もしなければ、約六分で最大MPの一パーセントが回復していく。MPは使い切っても、十時間後には自然に満タンに戻る。

「村の開発という事は、侯爵様はサークス村をサークス町にしたかったんだろうね。だったら移住者を募集して人口を増やさないといけないけど、町の生活を捨ててまで、この村に移り住むメリット利益は今のところは無いだろうね」

 このサークス村に移り住むメリットは本当に何も無い。自由に農業が出来ると期待してもらっても、村の畑は全て使用中である。農業がしたいなら、村の外の土を耕すしかないが、近くを流れるハンバー川の流れが変わってしまうので、それも許可されない。

「ふっふ、利益ならありますよ。ウィル様がいるじゃないですか」
「はっは、ありがとう。冗談でも嬉しいけど、実際に僕が村に居るからって移り住む人はいないよ。どっちかと言うと、エミリア目的で村に来る人が多いと思うよ」

 特に男性が、とは言わない方がいい。セクハラ発言になってしまう。

「いえいえ、私では駄目です。これから村の人達には、ウィル様を町で一年間修業して帰って来た、錬金術師様として見てもらわないと困りますから」
「僕が錬金術師…?」

 何となくだけど、エミリアの考えている事は分かる。賢者の壺を使って、僕を錬金術師に見せたいのだ。

「いや、でも、それは嘘だし」
「ウィル様、ことわざにもあるじゃないですか。嘘も方便。嘘から出たまこと。つまり嘘も使いようによっては悪い事ではないという事です」
「まあ、村を出て冒険者をやっていたのを知っているのは、父さんと母さんぐらいだから、騙そうと思えば出来ると思うけど」

 実際に村の人達にとっては、冒険者だろうと錬金術師だろうと、どっちも同じようなものにしか見えない。エミリアの言う通り、冒険者として村の人に協力を求めるよりは、錬金術師として協力を求めた方が村の内外問わずに人が集まりそうだ。

「分かったよ。村の人達には冒険者じゃなくて、錬金術師の修業をしていたことにするよ」
「ありがとうございます。少し急ぎましょうか? そろそろ、村の人達が宿屋の前に集まっている頃かもしれません。今朝、出会った人達に、村の今後を決める重大発表が宿屋の前であると、伝えておいたので」
「そうなんだ」

 いつの間にそんなことをしたんだろうと思ったけど、トマトとキュウリを貰ったついでにやったんだ。流石はA級冒険者で侯爵様のお弟子さんなだけはある。野菜を貰うだけじゃなかったようだ。

 何となく村人と一緒に、エミリアの手の平の上で思い通りに転がされている気分になるけど、ここは仕方ない。彼女の方が優秀なのは一緒に居れば嫌でも分かる。

 
 


 
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