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第2章 サークス村のF級冒険者

第27話 ウィルとトマトとキュウリ

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「とりあえず魔鳥船は収納袋にしまっておこうか」

 無事にサークス村の近くに魔鳥船は着陸した。辺りは真っ暗闇だが、エミリアの言う通り、神眼の指輪を発動させた状態だと暗闇さえも無効にしてしまうようだ。MPが切れるまでは。

「よろしくお願いします。それでウィル様、よろしければ、しばらくの間だけウィル様の自宅に住まわせてもらえないでしょうか?」
「それはいいけど、エミリアはこれからどうするの? 実家に帰るの?」

 考えてみたら、彼女は侯爵様の屋敷を出たので家が無いのかもしれない。A級冒険者ならば何処かの町に家を持っている可能性もある。もちろん、お金があるのなら宿屋に泊まることも出来るから、歳下のF級冒険者のわざわざ心配される必要はないだろう。

「いえ、しばらくはこの村に住まわせてもらおうと思っています。少なくとも一年間はウィル様の側で、村の開発や侯爵様宛ての依頼達成のお手伝いをさせていただきます」
「えっ、と、それは嬉しいんだけど、一年間も一緒の家で寝泊まりしていると、小さな村だから誤解されてしまうというか、噂になってしまうというか」

 個人的にはエミリアのような美人と同じ家で暮らすのはかなり嬉しい事だ。父さんと母さんが居たとしてもそれは変わらないだろう。でも、問題は自分とエミリアの関係をどう周りに説明するかだ。もちろん恋人ではない。仲間でもない。いて言えば、ただの知り合いだ。

「ああっ、心配しなくて大丈夫です。そんなに長くはウィル様のお宅にご厄介になりません。サークス村は一度開発を断念しています。その時に作られた宿屋が一軒だけまだ残っていると聞いたので、そこを改築して、仮設の冒険者ギルドとして私が運営するつもりです」

 確かに仮設とはいえ冒険者ギルドが村に出来たら、ミドルズブラとリーズを行き来する商人や冒険者には非常に喜ばれると思う。

 冒険者ギルドの建物の中には宿屋や商店が併設されて設置されることが多いからだ。まあ、村人が運営に協力するとは思えない。彼女一人で運営するのも難しいだろう。

「はっは、それが出来たら本当に凄いですけど、そんなことが出来るんですか?」
「ええ、可能ですよ。冒険者ギルドのギルド長になれるのはA級冒険者からですので、そこは問題ありません。詳しい話は長くなるので、また明日にしましょうか。今日はもう休んだ方がいいです」
「そうですね。多分、もう父さんも母さんも寝ていると思うので、今日はすみませんが、その宿屋に泊まってもらってもいいでしょうか? この時間に帰っても、母さんに怒られて反対されるだけだと思うので」
「分かりました。では、行きましょうか」

 暗闇の中に見える二つの赤い光に向かって、エミリアと一緒に歩き出す。村の出入り口には篝火かがりびが立てられているので、この明かりを目印に進めば迷わずにサークス村に辿り着ける。

 今日はあの宿屋に二人で泊まることになる。この時間帯だと男の商人や男の冒険者が寝ている可能性があるので、若い女性を一人でそんな危険な場所には寝かせられない。自分が責任を持って守らないといけない。

 それに彼女が襲われるようなことがあれば、二度とあの宿屋には誰も寄り付かなくなる。A級冒険者による凄惨な暴力事件が発生すれば、そんな人が運営する冒険者ギルドには泊まりたくはないものだ。彼女の為にも、村の為にも、そして、宿泊者の生命を守る為にも頑張らないといけない。

「宿屋はこの道を進んだ先にあるけど、畑に落ちると服が泥だらけになるから気をつけてくださいね」
「大丈夫ですよ。村の中は明るいので」
「そうですか?」

 家の明かりがチラホラと付いているが、視界はほぼ真っ暗闇と言ってもいい。道を熟知している村人でも、たまに畑に落ちて泥だらけになる人がいるぐらいだ。でも、道の真ん中をしっかりと歩いている彼女の姿を見れば、見えているとしか思えない。

 無事に宿屋に到着すると、やはり宿泊者がいるようだ。五人ほどの男達が一階の木の床に寝転がって、イビキをかいて寝ていた。この宿屋は平屋の一階建てである。しかも、壁や仕切りがあるのは、トイレぐらいしかない。流石に安全の為にトイレに寝ろとは言えない。

「では、私はここに寝ますね。ウィル様ももっと近くに来ても大丈夫ですよ」

 エミリアは素早く建物の角に移動して座り込むと、もう寝ようとしている。一流の冒険者になるには決断力が必要だと先輩冒険者に聞いた事があるが、これがそうなのかもしれない。

「いえ、ここでいいです。おやすみなさい」

 彼女から五メートル離れた床の上にゴロンと横になると、自分も眠ることにした。明日の朝、起きてから何をすればいいかは分からないが、とりあえずは父さんと母さんにエミリアを紹介する事にしよう。

 ♢

「んっ」

 眠りから覚めて、ゆっくりと身体を起こそうとするが、頭がフラついてしまう。冷たい宿屋の木の床で寝ていた所為か身体が怠い。それとも、昨日の昼から何も食べていないからだろうか。

「あれ? エミリアが居ない?」

 昨日の夜は確かに少し離れた所に寝ていたはずだった。トイレにでも行っているのか、それとも、村の中を散歩でもしているのか、とりあえず探さないといけない。

 その前にチラッと昨日の男達を見る。二人が御者、一人が商人、二人が冒険者のように見える。港町ミドルズブラからリーズに商品を配達に行くのか、行った帰りなのか、イビキをかいて寝ていたということは、疲れているということだ。だったら配達の帰りだと思った方がよさそうだ。

 ゆっくりと起き上がり、息を吸ってから吐き出しながら背筋を伸ばす。頭のフラつきもおさまったようだし、そろそろエミリアを探そう。村の外にはいないだろうから、探すなら村の中だけだ。三十分もあれば村の隅々まで探すことが出来る。

 宿屋の外に出ると、すぐに目的の人物が目に入った。薄紫色の髪の女性は村にはいない。少し遠くの畦道あぜみちを紫のポニーテールが揺れながら進んで行く。

 エミリアが理由もなく朝から村の散歩をするとは思えない。だとしたら、視察と考えた方がいいかもしれない。早く合流して、何か手伝える事がないか聞くべきである。

「エミリア、おはよう。村の視察をしているんだろう? 何か手伝える事が言ってよ。協力は惜しまないから」

 走れば歩いている彼女に追い付く事は簡単に出来た。エミリアの手にはトマトやキュウリが握られていた。きっと、村人の誰かが美人の彼女に喜んでもらう為に上げたに違いない。

「ウィル様、おはようございます。これは実験用に農家の人に頂いた物です。事情を説明したら喜んで分けてくれました。本当にこの村の人は良い人が多いんですね」

 多分、同じ言葉で商人や冒険者が頼んでも何も貰えなかったと思う。この村の人は他所者には結構厳しいのだ。わざわざ本当の事を言って、村人への良い印象を壊したくはない。素直にそういう事にしておく方がいいだろう。

「そうですね。でも、実験とは何の実験ですか?」
「賢者の壺を実際に使ってもらおうと思いまして、とりあえず手頃な野菜が手に入ったので、これから実験してみましょう。場所はウィル様のお宅でいいでしょうか?」
「大丈夫ですよ。この時間なら二人とも起きていると思いますし、父さんはもう畑仕事をしているかもしれませんけど、母さんがいるはすです。さあ、行きましょうか」

 とりあえず昼頃にはサークス村に紫の髪の美人がいるのが知れ渡るだろうけど、今は母さんに上手くエミリアを紹介することだけを考えよう。エミリアを今日もあの仕切りの無い宿屋に寝かせることは出来ない。馬鹿な独身村人が彼女に悪さをしようとして、酷い目に遭うことは絶対に避けなくてはいけないのだから。
 
 
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