【完結】底辺冒険者の相続 〜昔、助けたお爺さんが、実はS級冒険者で、その遺言で七つの伝説級最強アイテムを相続しました〜

もう書かないって言ったよね?

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第1章 解雇されたF級冒険者

第24話 ウィルと相続税

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 冒険者なら感情的に動いてはいけない。先輩冒険者は皆、そう言っていた。目の前だけを見てはいけない。囚われてはいけない。常に全体を先を見なくてはいけないのだ。そうしないと間違った決断を出してしまう。

「ウィル様」
「どうしたの? 早く決めてちょうだい」

 答えに迷っていると、二人の声が聞こえた。一人は心配そうな声で、もう一人は偉そうな声だ。

 はっは、何を迷っていたんだろう。冷静になれば答えはすぐに出た。金貨三万枚もあれば、好きな物は何でも買える。でも、それは何でも買えるという事でしかない。ガドガン侯爵様の遺品があれば、F級冒険者の自分でも何でも出来そうな気がしてくる。何でも買えると、何でも出来る可能性、そのどちらか一つを選ぶとしたら、答えは決まっている。

「申し訳ありませんが、お断りさせてもらいます」

 アシュリーに深く頭を下げて提案を断る。彼女の性格ならば激情するかと思ったが、静かなものだった。

「分かってるわ。少ないと言いたいんでしょう? ふっふ、本当に意地汚い連中ね。金貨十万枚でいいでしょう? これ以上は欲張らない方がいいわよ。大金を手にしても、死んだら使えないんだから」

 気味の悪い作り笑いだ。普通はただの脅しだと思ってもいい。けれども、彼女の場合は脅しの可能性は薄いと思う。神眼の指輪も、左手の薬指を引き千切れば簡単に奪い取ることが出来るし、相続権の放棄の署名も無理やりに書かせることも出来る。

 そして、それら全ての犯罪行為を簡単に揉み消すことも、合法的に処理することも出来る。それだけの力を彼女は持っている。

「アシュリー様、お断りしますと言ったんです。金貨十万枚だろうと、百万枚だろうと、私の答えは変わりません」
「ふっふ、そう、分かったわ。エミリア、相続税の話はキチンとしているんでしょう? もちろんしているわよね?」
「相続税…?」

 何の話だろう。エミリアはアイテムの使い方は教えてくれたが、相続税というものは一言も言っていない。エミリアの方を見てみるが、言いたくない表情をしている。

「あらあら、もしかして言ってないのかしら? 酷い女ね。あっ~あ、そういう事か! この男を利用するだけ利用して、お爺様の遺産を全部独り占めしたいのね。あなたも飲み物には気をつけるのよ。お爺様みたいに病死したくないでしょう」

 この女の言葉に惑わされたら駄目だ。何を信じるかではない。誰を信じるかだ。

「エミリアさん、隠している事があったら言ってください」

 ジッとエミリアの目を見つめて、話して欲しいと訴える。彼女の表情が少しずつ変わっていく。ようやく、決心が付いたようだ。

「分かりました。この七つの遺品を相続するには相続税が必要になります。相続税は七つ全部で金貨四十万枚です。相続税を支払う事が出来ない場合は、自動的に相続権は放棄されてしまいます」
「金貨四十万枚ですか」

 そんな額、払える訳がない。つまりは最初からこの七つの遺品は貰う事が出来なかったのだ。では、何故、エミリアは親切、丁寧に遺品の説明をしてくれたのだろうか。もしかすると、七つの中から好きな一つを選べば、彼女がその遺品の相続税を代わりに払うつもりだったのかもしれない。

「そういうことよ。素直に相続権を放棄すれば、親切な私が、金貨三万枚を可哀想なあなたに差し上げたの。でも、断ったりするから、金貨も遺品も一つも手に入らない。でも、もう一回だけチャンスを上げる。金貨百枚よ。さっさと放棄しなさい」
「くっ!」

 アシュリーの右手の紙に署名すれば、金貨百枚は手に入る。何もしなければ、何も手には入らない。手には入らないが、小さなプライドを失わずには済む。金の為にプライドを捨てるか、金の為にプライドを守るか。結局は金で物事を決めようとしている自分がいることに苛々してしまう。

「どうするの? 早く決めてちょうだい。百枚が、十枚になるわよ」
「私の答えは変わらないと言ったはずです。さあ、エミリアさん。説明の途中で邪魔が入ってしまいましたが、この二つの剣はどのような物なのですか?」
「えっ、と、それは」

 多分、エミリアにも相続税は払えないのだ。だからこそ、自分に遺品を一つ一つ試させていたのだろう。そうする事で少しの時間だけでも、手に入れた実感を持たせてあげられると考えたのかもしれない。

「巫山戯んじゃないわよ、ゴミの分際で! 私が放棄しろと言ったら、言われた通りにすればいいの! それがゴミに与えられた役割よ‼︎」

 けれども、そんな優しいエミリアと違って、アシュリーは今度こそ本当に怒っているようだ。彼女を本気で怒らせることに成功したのなら、それは自分にとっては金貨十万枚の価値はある。この町に来た意味は十分にあった。

「ウィル様、一つだけ相続税を支払わずに遺品を一年間だけ相続する方法があるのですが、聞きたいですか?」
「本当ですか⁉︎」
「エミリア! 分かっていると思うけど、余計なことは喋らない方がいいわよ。これ以上、誰にも迷惑をかけたくないでしょう?」

 アシュリーの反応を見れば分かる。それは本当にそんな方法があるということだ。彼女にはお金を出してまで、自分に相続権を放棄させたい理由があったということになる。

「エミリアさんは気にせずに話してください。話を聞いてから、実際に決めるのは自分です」
「分かりました。侯爵様の遺言書に、【相続者が相続税を支払うことが出来ない場合、一年間の期限付きで、サークス村の発展の為に七つの遺品の使用許可を与える】と書かれていました。そして、【また、その際に出た利益は相続者のものとする】とも書かれていました」

 なるほど、確かに一年間あれば金貨四十万枚を集められる可能性はゼロではない。それにサークス村の発展にということは、侯爵様は自分にやるか、やらないか、決めて欲しいということだ。

「エミリア、私に逆らうなんて覚悟は出来ているの? もう助けてくれるお爺様はいないのよ」
「はい、お嬢様のお陰でようやく覚悟は決まりました。私はこの屋敷を出ます。元々はウィル様が来るまでと決めていましたから」
「そう、好きにすればいいわ。あなたはどうするの? 今なら金貨十万枚でもう一度、取り引きしてもいいわよ」

 本当にエミリアのことはどうでもいいようだ。彼女が何処に行こうと関心は無いようだ。今、アシュリーが一番関心があるのは、この七つの遺品なのだろう。欲しい物にトコトン執着するタイプなら、これから面倒になるかもしれない。

「結構です。エミリアさん、この遺品は持ち帰っていいんですよね?」
「ええっ、収納袋に入れればお一人でも運べるはずですよ。よろしかったら、サークス村までお送りしましょうか?」
「よろしくお願いします」

 エミリアに返事をすると、さっさとこの部屋からも、屋敷からも出たかった。無限収納袋に残りの六つの遺品を入れていく。部屋の扉の方でアシュリーがエミリアに何か言っているようだが、ロクデモない話しなのは間違いない。

「エミリア、地獄に落ちるわよ。お爺様と一緒にね」
「侯爵様が地獄に行くのなら、私もお供するつもりです。では、長い間お世話になりました。アシュリーお嬢様もお元気で」
「ええ、さようなら。せいぜい頑張るのよ」

 素早く遺品を収納袋に詰めると、別れの挨拶を済ませたエミリアを部屋から連れて行く。ガドガン侯爵が居なくなったこの屋敷には、もう彼女の居場所は無かったのだろう。それでも、半年間も自分の為に残ってくれたのは、亡くなった侯爵様への、彼女なりの最後の忠義だったのかもしれない。

 
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