上 下
15 / 175
第1章 解雇されたF級冒険者

第15話 ウィルとシェル・グロット洞窟

しおりを挟む
 事情を話すと御者のネロは金貨1枚で喜んで引き受けてくれた。母さんに渡した金貨10枚を何とか説得して取り返すと、乗り合い馬車は港町ミドルズブラに向けて出発した。

「悪いがウィルにも、シェル・グロット洞窟では馬車から下りて、魔物と戦ってもらう事になる。あそこの洞窟狼に馬が襲われたら面倒だからな」
「ええっ、問題ありません」

 しっかりとジョナサンに返事をするが、正直不安な気持ちもある。シェル・グロット洞窟の魔物は自分とほとんど同じぐらいの強さらしい。一対一なら負ける事はないかもしれないが、魔物はほとんどが集団で獲物を襲う場合が多い。油断は出来そうにない。

 サークス村から北東に進んで湿地帯を抜けると、ちょっとしたゴツゴツした黒色の岩山に打つかった。この岩山にポッカリと空いた洞窟がシェル・グロット洞窟である。貝の洞窟と呼ばれる洞窟の中には洞窟狼や巨大な巻き貝が多数生息していて、洞窟を通る人や馬車に襲い掛かって来る。少なくとも一人で入るのはやめた方がいい。

「ここからは俺達は馬車から降りて、魔物の襲撃に備える。俺とゼノス、ダンは先頭に移動する。ベルガーとウィルは馬車のケツで後ろから来る奴がいたら倒すか、時間を稼いでくれ」

 ジョナサンの指示で五人は素早く二台の馬車の最前列と最後尾に二手に分かれて移動した。欲を言えば、前に四人、後ろに一人に分かれて、前衛に火力を集めて一気に洞窟を突破した方がいいと思った。けれども、洞窟の壁や天井には割れ目や穴が空いていて、床にも海水の水溜りが多数出来ていた。こういう場所から魔物が突然飛び出して来るそうだ。

「よっと、仕方ないから俺も働かせてもらおうかな」
「ちょっと、ネロさん⁉︎ 何処行くんですか!」

 御者席から帽子の御者ネロが飛び降りて来た。何をするつもりか分からないが、魔物との戦闘は素人には危険でしかない。

「大丈夫ですから、ネロさんは席に戻ってください。魔物が見えたら教えてくれれば直ぐ駆け付けますから」
「はっ、誰に言ってんだよ、ヒヨッコ冒険者が。こっちはレベル38のE級冒険者だ。俺の心配よりも自分の心配をするんだな」
「えっ? ネロさんはただの御者でしょう?」

 自信満々に隣を歩く御者はどう見ても武器は持っていないように見える。素手で戦うというのだろうか?

「レベル1の御者四人で魔物が出る道を通る訳ないだろう。一人ぐらいは護衛も出来る御者を用意するのが常識だ。それよりも前が騒がしくなってきたぞ! 後ろばかり警戒せずに、前もしっかりと見ておけ」

 ネロの言う通り、前方ではジョナサン、ゼノス、ダンの三人が現れた魔物と戦っているようだ。レベル60以上のD級冒険者三人がレベル14~16の魔物相手に負けるとは思わないが、倒し損ねる場合もある。前にも注意しないといけない。

【名前・洞窟狼 種族・魔狼 魔物ランク・F級 体格・中量級 レベル16 HP990 MP89 攻撃力124 物理耐性111 魔力88 魔法耐性90 敏捷114】

【名前・キラークラブ 種族・魔カニ 魔物ランク・F級 体格・中量級 レベル14 HP630 MP73 攻撃力96 物理耐性148 魔力83 魔法耐性97 敏捷78】

【名前・アンモナイト 種族・巻き貝イカ 魔物ランク・F級 体格・中量級 レベル14 HP700 MP75 攻撃力79 物理耐性91 魔力51 魔法耐性63 敏捷46】

 前方に出現した魔物はどうやら三体だけのようだ。素早い動きと高い攻撃力の洞窟狼はこのシェル・グロットで一番の強敵である。次に厄介なのがキラークラブで、大きな爪と硬い甲羅で身を守り、生半可な攻撃ではダメージを与える事も出来ない。
 
「俺が狼を引き付けるから、ゼノスとダンの二人でアンモナイトとキラークラブを速攻で倒せ! おい、ダン! アンモナイトの殻は売れるから壊すんじゃねぇぞ!」
「ああ、善処はするが約束は出来ないぞ。こっちも命懸けだからな」

 そう言いながらも、ダンはペロペロキャンディーのようなアンモナイトの殻に、斧を激しく打つけて粉砕してしまった。今は金儲けよりも速攻で魔物を倒して、馬車の安全を確保するのが優先だと判断したのだろう。

「おい、ダン! 壊すなって言っただろう!」
「ガルグウゥ‼︎」
「危ねぇな、おい!」

 怒ったジョナサンが余所見した瞬間、洞窟狼は右足首に噛み付いて来た。けれども、それを軽やかに後ろに飛んで躱すと、逆に素早く接近して、右手に握った剣で洞窟狼の首を深く薙ぎ払った。

「凄い」

 遠くから見ても三人の強さは分かる。次々と魔物が簡単に倒されていく。あのブレイブソードのグラハムさんがレベル42のE級冒険者だったが、それと比べても明らかに桁違いに強い。

「そこまで凄い事はやってねぇよ。あれは魔力で身体能力を強化しているだけだ。魔法使いじゃなくても、そのぐらいは誰でも出来るようになる。まあ、魔力とMPを消費するから、ウィルのような低レベル冒険者には難しいんだがな」

 右隣にいたベルガーさんが教えてくれたが、冒険者になったばかりの頃は、「武器に魔力を流して剣技を使えるようになれ」と先輩冒険者に言われていた。おそらく段階があるという事だ。

「やっぱりレベルが低いと駄目なんですね」

 普通、一年以上まともに冒険者として活動すれば、レベル20ぐらいにはなれるものだ。だが、僕の場合は違った。冒険者ギルドに所属する医者や鑑定師にも診てもらったが原因は不明のままだった。

 おそらく、これから先も原因不明のままが続くはずだ。もしかすると、冒険者を続けていれば何か原因が分かるかもしれない。そんな希望を持って一年間は続けていた。でも、やはり無いものは無いのだ。どんなに頑張っても目の前で戦う人達には追いつけない。それが現実なのだ。







 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

欠片

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

母娘丼W

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:367

男装の公爵令嬢ドレスを着る

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,333

ひまわり組の日常

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

虫 ~派遣先に入って来た後輩が怖い~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:49

婚約破棄された伯爵令嬢は、前世で最強の竜だったようです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:50

毎週金曜日、午後9時にホテルで

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:229

処理中です...