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第1章 解雇されたF級冒険者

第12話 ウィルと酔っ払い

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 結局、朝まで獅子の盾のメンバー三人と冒険の話をする事になった。彼らの二十年を超える冒険をたった一日で聞く事は無理だったが、それでも多くの知識を得る事が出来たと思う。

「ゔあっっ! 頭が痛ぇー!」
「さっさと馬車に乗れ、酔っ払い」

 途中で酔っ払って寝てしまったジョナサンが馬車の出発前に起きた。このまま寝ていた場合は力自慢のダンによって持ち上げられて、荷台の奥に無理やり押し込まれていただろう。

「大丈夫ですか?」

 バッグの中から水が入った水筒を取り出して、ジョナサンに渡した。

「悪いな、ウィル」

 ジョナサンは頭を押さえながら、ゴクゴクと水筒の水を全て飲み干した。この近くにはハンバー川が流れているので、飲み水の調達には困る事はない。サークス村もハンバー川の豊富な水を使って農業をしている。

「うっっ、ちょっと飲み過ぎた」

 獅子の盾は二日後には目的地のミドルズブラに到着する。ゼノスが到着の翌日には仕事を始めると言っていたので、泥酔するまで酒が飲めるのは、昨日と今日ぐらいしかなかったのかもしれない。

「おい、ジョン! お前は酒臭いから一人で後ろの馬車に乗れ! ウィルも寝るならこっちの馬車に乗った方がいいぞ」
「いえ、こっちの馬車でいいです」

 先頭馬車の荷台に寝ていたジョナサンは、ベルガーによって叩き起こされると、積み荷が多い後ろの馬車に乗るように指示された。おそらく、ジョナサンは形だけのリーダーで、本当のリーダーはゼノスか、ベルガーのどっちかなのだろう。

 御者と乗客の準備が整うと、馬車はサークス村目指して北上を開始する。この辺には魔物はほとんど居ないので、見張りは若い御者だけでも十分問題ないはずだ。

 馬車は予定よりも順調に進んでいるので、夕方前には村に到着するはずだ。両親も夕飯時に、いきなり一年前に家を飛び出した息子が帰って来たら、いい迷惑だろう。リーズの町でお土産でも買っていれば多少は歓迎してくれたかもしれないが、無い物を言っても仕方ない。

「ウィル、考え事か? どうせ、実家の農家を継ぐから冒険者を辞めようとか考えているんだろう?」

 少しは酔いが覚めたのか、ジョナサンが話しかけてきた。確かに冒険者を辞めるか、続けるか、それでも悩んでいた。村でも他の仕事をやりながら農業をやる兼業農家は結構いるので、冒険者と農業の二つをやってもいいとは思っていた。

「それもありますけど、両親へのお土産が何も無いんですよ」
「はっは、お前の元気な姿を見せてやるのが、一番のお土産だろうよ。親ってのは子供が元気でいればそれでいいんだよ」
「そんなものでしょうか?」
「ああ、二人の子供の親の俺が言うんだ、間違いねぇよ」
「そうだといいんですけどね」

 酔っ払いのいい加減な戯言かもしれない。一年間、両親には手紙一つ書いて送らなかった。自分が何処で何をしていたかも知らないし、もしかしたら、もう死んでいると思われているかもしれない。そんな親不孝な息子でも、家に帰れって来れば歓迎してくれるだろうか?

 ジョナサンは親の気持ちは分かると言うが、子供は親の気持ちは分からない。そして、僕の場合は自分の気持ちも分からない。自分が何をやりたいか分かった時、その時が初めて子供から大人に成長した時かもしれない。

「いつまでも、その程度の事で悩むんじゃねぇよ。適当でいいんだよ、適当で。農家なんてクワ振って、たまに腰振ってれば、家業繁栄するんだから、それでいいんだよ」
「農家はそんなに簡単じゃないですし、クワも腰も馬鹿みたいに振ったりしませんよ!」

 彼が元気付けようとしているのは分かっているが、さすがに農家はそんなに楽ではない。少しだけ感情的になってしまった。

「えっ? 田舎の村なら、腰振るしか娯楽はないんだろう?」
「誰から聞いたんですか? そんな訳ないでしょう」

 ジョナサンは信じられないという顔をしているが、そんなに腰を振っていたら、村にはもっと子供が沢山いてもいいはずだ。実際、僕には兄弟は一人もいない。サークス村で一番多い家でも三人兄弟程度である。田舎の村を馬鹿にした町の人間のブラックジョークである。

「はっは、まあどっちでもいいや。そろそろ、寝たらどうだ? 起きる頃には村に到着しているはずだぜ」
「ええっ、何だか疲れたのでそうします」

 彼が言う通り、寝ないで起きている時間がそろそろ二十四時間になりそうだった。この疲れた頭で何かを考えるのはやめた方がよさそうだ。素直に揺れる荷台に寝転んだ。

「ああ、おやすみ。ゆっくり寝るんだぞ」

 返事は返さずに、目蓋を閉じる。鼻から呼吸をしていると酒の匂いがしてきた。少し気になったものの、寝るには支障はなさそうだ。ゆっくりとゆっくりと頭の中に黒いモヤが充満していくと、深い眠りに落ちていった。

 

 

 



 
 

 
 




 
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