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第1章 解雇されたF級冒険者

第6話 ウィルと遅刻

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 クレアのウチの宿屋には何度か泊まった事があった。一階が酒場で、二階が簡易宿泊所になっている代表的な宿屋のタイプだ。とりあえず、シチューとパンを食べてから、HP回復ドリンクを飲んで寝る事にした。

 用意された個室に入ると、早速ベッドに仰向けに寝そべり、これからの事を考える。冒険者を続けるか、宿屋の従業員になるか、干し椎茸職人になるか、農家に戻るか、選択肢は意外と多い。けれども、結論は一つしか出せない。そして、どれも正解とは思えなかった。

 不意に誰かの言葉が頭の中に浮かんできた。「悩みは決断すれば消える」、誰の言葉だったか思い出せないが、確かにやる事を一つに決めれば余計な事を考えずに済む。だとしたら、最初の予定通りに村に帰りたい。両親の顔も久し振りに見てみたいし、村の様子に変わった事がないか少しは気になる。

「明日は早い、もう寝よう」

 目蓋を閉じると直ぐに眠気が襲って来た。馬車に長時間揺られて疲れていたのだろう。熟睡し過ぎて、馬車の出発に寝過ごさないように注意しないといけない。

 ♢

 ♢

 ♢

 目を覚まし、ベッドの中でゆっくりと動く。絹のような心地よい肌触りのシーツが、頬と腕を撫でた。部屋一杯に充満する太陽の匂いでハッキリと目を覚ますと、ベッドを飛び起きた。

「ヤバい! 寝過ごした!」

 服を全部着る時間が勿体ないと、ブーツを急いで履いて、バックと剣を持って、一階に急いで下りていく。御者の話では出発予定は六時頃のはずだった。急いで町の北出入り口に向かえば、まだ間に合うかもしれない。

 チラッと一階の酒場の中を見てみるが、クレアの姿はなかった。キチンと挨拶をしたい所だが、まだ寝ているのかもしれない。宿屋の主人であり、クレアの父親でもあるアレクに挨拶をすると、扉を開けて馬車を追いかけた。

 時間通りに馬車が出発しないのは経験から分かっていた。この町の人が次のサークス村まで届けて欲しい荷物があったら、御者個人に頼んで運んでくれるように依頼する事があるからだ。

 ほとんどが手紙や小物が多く、配達料も銀貨一枚と微々たるものだが、ちりも積めれば山となると言うように、御者達にとってはいい小遣い稼ぎにはなっていた。銀貨も百枚貯まれば、金貨一枚にはなるのだ。

「居た!」

 町の出入り口に停まっている馬車が見えた。多分、昨日乗っていた馬車の方だ。乗客が降りて、荷物も減ったのだ。その空いたスペースの分だけ、御者なら新たな乗客か、荷物を積みたいと思うはずだ。

 馬車までまだ遠いものの、御者二人が町の北出入り口に積まれた荷物を、次々と荷台に押し込んでいる姿が見えた。走れば間に合う。

「乗ります! 待ってください! 乗ります!」

 御者の帽子を被った方がこっちを見た。隣の男と何か話し合っているようだ。だが、もう金は払ったのだ! 今更、荷物が一杯で乗せられないとは言わせないし、金を返すと言われても受け取らない。もう乗る事は決定事項なのだ。



 
 
 

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