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第21話 ドッグフィンとの戦い①

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 切れたロープを回収すると、何事もなかったようにキメラの捜索活動を再開した。森の中にある植物のツタを集めて、太いロープを作るという手も残っているが、そんな物を作るよりは剣で翼を叩き折る方法を考えた方が早いだろう。

「なかなか見つからないわね。出来れば夜になる前には倒したいんだけど……」

「そうですね」

 こんな事なら、アリサから暗視マスクを借りてくればよかった。レベッカも夜まで捜索を続けるつもりはないだろうから、捜索のタイムリミットは夕方までになる。理由はキメラがライオンの頭を持っているからだ。

 実際にライオンを単体で見た事はないけど、夜行性の肉食動物だという事は知っている。視界の悪い闇夜は、圧倒的に僕達人間に不利な状況だ。安全性を考えると、夕方までには転移ゲートを通って、街に帰りたい。

「これだけ探しても、何も見つからないっておかしいわね。普通はモンスターの一匹ぐらいは遭遇しているのに、何処かに隠れているとしか思えないわ」

「そうですね。何処かに隠れているのか、皆んな食べられたのか……まあ、手掛かりがないので分かりませんけど」

 森の中には手掛かりはなかった。食べ残し、足跡、排泄物は見つかっていない。だとしたら、別の場所にいると考えるべきだけど、それだと他のモンスターが見つからない状況と辻褄が合わない。

「この辺にキメラの寝床になるような場所やモンスターの寝ぐらがあれば、そこに住んでいる可能性があるじゃないですか? 常に動き回って餌を探さなくても、十分な量の餌を確保しているのなら、森の中を探しても見つからないですよね?」

「まあ、食糧倉庫兼住居があれば移動しないとは思うけど……そんなに大量のモンスターを私達が来るまでの数日間で、離れた場所にある寝床に何度も往復して運べないでしょう。あるなら、この近くで間違いないと思うわよ」

「短距離で安全な住居ですか……」

 この近くで大型モンスターの寝床になるような洞穴や洞窟はない。そもそも周囲に山がなく、あるのは広大な密林というジャングルだ。エイプソルジャーは木の上で寝ているし、リザードマンは地面に寝っ転がるらしい。つまり、周辺のモンスター達の寝床は森の中という事になる。

(でも、キメラの寝床が森の中にあるとは考えにくい)

 キメラは冒険者からも森の亜人モンスター達からも命を狙われている存在だ。敵陣のド真ん中で堂々と寝るような馬鹿な真似はしない。接近して来る敵対者がよく見える高い場所で警戒しながら暮らしているはずだ。多分、あそこに見える高さ150メートル程の建造物が怪しい。

 チラッと北北東に見える石の建造物を見てしまった。あそこにはストーンゴーレムがいる。今日の狙いはキメラなので行くつもりはなかった。けれども、目的のキメラがあそこに住み着いている可能性が見えてしまった。さて、どうする。

「ねぇ、古代遺跡に行きましょうよ。キメラがいるかもしれないでしょう。それにいなかったとしても、ストーンゴーレムがいるか調べられるじゃない。このまま帰ったら無駄足になるんだからそれでいいでしょう?」

 うん、とっても賢い判断だと思う。ここに来た時に古代遺跡には行かないと僕が反対していなかったら、すぐに賛成していただろう。

「確認するだけならいいですけど、危なそうだったら見つかる前に俺は帰りますよ。それでいいなら行ってもいいですよ」

 でも、素直にそれを認める訳にはいかない。あくまでも仕方なく。あくまでも反対の賛成という立場で行かなくてはいけないのだ。

「はいはい、だったら行くわよ。だから、最初から遺跡に行こうって言ったのよ。素直に私の言う事を聞いておけば、無駄な時間と労力を使わずに済んだのに。まったく、もうぉ~」

「ぐぐっっ‼︎」

 我慢しろ。我慢するんだ……女に手を出したら負けだ。どんなに生意気な女でも、勝ち誇った顔をされても、ぶん殴ったら終わりだ。文明人なら腕力ではなく、知力でギャフンと言わせないと駄目なんだぞ! 今だけは我慢するんだ。

 プルプルと怒りに震える右の拳を何とか宥めながら、レベッカの後に続いて古代遺跡に向かって進んで行く。目指す古代遺跡は四角錐の形をした石の建造物で、建物の内部構造がアリの巣に似ているので、『アントネストアリの巣』と呼ばれている。

 高さは150メートル、底辺は230メートル。建物に使われている一つ一つの石の大きさは、縦150センチ、横300センチ、幅75センチといった感じで……時の権力者が、自身が持つ強大な権力を確認する為とか、国民総出の暇潰しとか、作られた理由は様々である。

 見た目は子供が砂を集めて作った砂山が岩になったようなものだが、建物の内部は意外と複雑な構造をしている。人一人が通れる狭く枝分かれした通路を進んで行くと、何百と言われる広い部屋に出る事が出来る。それが地下に向かって、いつまでも続いているのだ。

「んっ?」

 風に乗って腐敗臭がしてきた。これだけハッキリと臭いが分かるのは、大量の死骸があるか、デカイのが一匹死んでいるかのどっちかしかない。ここまで来て、キメラがストーンゴーレムに殴り殺されていたら拍子抜けもいいところだ。

 まあ、僕としてはキメラが死んでいてくれた方が好都合ではある。キメラの身体の一部を剥ぎ取って、クエスト報酬を楽して貰える事が出来るからだ。

「アベル……居たわよ。やっぱり、ここで間違いなかったわね」

「……」

 それはわざわざ言わなくてもいい。ここに居るのは僕が周辺を隈無く調査して分かっていた事だ。

 余計な一言が多いレベッカの右手人差し指を頼りに、アントネストを下から上に見上げて行くと、確かに人工岩山の頂上に巨大な黒い何かがいた。おそらく、あれがキメラだ。いや、正確にはキメラっぽい何かだ。

「んんっー……キメラですよね?」

 モンスター図鑑でキメラを見た事はある。でも、実物を見たのは今日が初めてだ。図鑑では小さかったモンスターが実際に見たら、物凄く大きかったとか、顔が怖かったとか、そういう違いはある。でも、あれは明らかにキメラとは違う別のモンスターだ。

 背中に大きな黒い羽が生えているのはキメラと同じだけど、蝙蝠の羽には見えない。どちらかと言うと鳥の翼に見える。全身を覆う黒い体毛、垂れ下がった耳、細く短い尻尾、筋肉質のスマートな身体は、ドーベルマンという犬の特徴にそっくりで、巨大猫というよりも巨大犬にしか見えない。

「そうね。残念だけど、あれはキメラじゃないわ。発見者の馬鹿が間違えたみたいね。あれはキメラじゃなくて、『グリフィンの亜種』で『ドッグフィン』よ」

「ドッグフィン……」

 聞いた事がないモンスターの名前だ。おそらく初級冒険者が入っていい場所以外から、やって来たモンスターなのだろう。だとしたら、中級冒険者や上級冒険者が担当するべきモンスターだ。

「さて、あんたはどうしたらいいと思う? このまま街に応援を呼びに帰るか、他の人に被害が出る前に私達二人で倒すか。ドッグフィンは攻撃的で、警戒心が強くて、縄張り意識がかなり高いモンスターだと聞いた事があるわ。早く倒さないと周辺の雑魚モンスターは、あんな風にアントネストの一部にされるでしょうね」

「……」

 岩山の頂上を見ると、エイプやリザードマンの死体が五十体近く積み上げられている。エイプも倒した獲物を木の上の高い場所に持って行く習性があるので、このドッグフィンにも似たような習性があるのだろう。明らかに消費するよりも、供給される量が上回っているようだけど……。

「倒せるなら倒した方がいいですけど、問題はアイツのランクです。ハッキリ言って、中級以上のモンスターの事なんか知りませんよ」

「ああっ、私もそこまで知らないわよ。私が知っているのは、グリフィンが中級冒険者が入っていい場所に生息している事ぐらいよ。他は全然知らないわ」

「つまり情報はほとんどなし。分かっているのは危険なモンスターが見える場所にいるという事だけ……戦って勇敢な冒険者になるか、ギルドに報告して優秀な冒険者になるか。俺達二人が戦って死んでしまったら、誰にも危険を知らせる事が出来ませんよね? だったら、街に戻って報告するのがベストな選択だと思いますよ」

 狩猟する対象がキメラでないのなら、僕達が危険を冒す必要はどこにもない。こっちはキメラを倒すつもりで来ているので、キメラの正体がドッグフィンの時点で、登録したクエストを失敗した時の違約金を支払わずに破棄する事が出来る。

「ベストねぇー……私はそうは思わないわね。キメラだろうと、ドッグフィンだろうと倒しに来たのは事実でしょう。実物を見たら、やっぱり怖くて戦えませんでしたって、腰抜け冒険者が言っているようにしか聞こえないわ。相手が違っただけで、やる事はいつもと同じじゃない。私達がキメラに倒されたら、他の冒険者が代わりに来る。ただ、それだけよ」

 言っている事は間違ってはいない。それにこんな所でクズクズ悩んでいたら、ドッグフィンに気づかれる。そうなれば戦うという選択肢しかない。戦うか、逃げるか。勝つか、負けるか。生きるか、死ぬか。起こる結果はこの六つの組み合わせの僅かな数しかない。

「はぁー、戦うしか選択肢はなさそうですね」

「当然でしょう。最低でも翼の片方をへし折らないと街には帰れないわよ」

 今から応援を呼びに行っても、到着は早くて明日の昼頃になる。それまでドッグフィンが動かずにジッとしている可能性は低い。それに警戒心が強いのなら大勢で取り囲んで戦おうとしたら逃げられる可能性がある。

 そして、翼を持つモンスターに広範囲に移動されるのは非常に厄介だ。下手をすれば転移ゲートを通られて、街の中に侵入される危険もある。だからこそ、キメラのように翼を持つ大型モンスターは、いち早く討伐されるようにクエストの優先度が高い。僕達がギルドに倒したと報告しなければ、明後日には別の冒険者が追加でやって来るぐらいだ。

「さて、この場合は俺が囮役になって隙を作るしかないですよね。アントネストの階段状の足場を上手く使えば、ドッグフィンの素早い動きを少しは抑える事が出来るでしょう」

 実際にはドッグフィンの走るスピードが速いのか分からない。でも、見れば分かる。あれは速い奴の体型だ。おそらく疾風を使っても、平地だと、確実にドッグフィンのスピードには負けてしまう。そして、噛み殺される。

 この障害物の多い密林の中に誘い込んで、それを利用するという手もあるけど……それは密林を自分の庭のように把握していなければやめた方がいい。地形を把握して始めて、地の利というものは獲得できる。すぐに誰でも使える技ではない。僕がやっても木の根で転ぶだけだ。そして、噛み殺される。

「何言ってんのよ。一緒に行くに決まっているでしょう。離れた場所で隙を作られても、私の攻撃が届かなければ意味ないんだから」

 高さ150センチの階段を目の前に、どうやって登ろうかと考えていたら、レベッカまで茂みから出て来てしまった。

「危険です! 早く茂みに戻ってください! アイツのスピードは予想よりかなり速いと思います。俺が足を負傷させるまで待つか、どれぐらいの速さなのか確認してからの方がいいですって」

「大丈夫よ。私の方が走るのは速いんだから。あんた一人にやらせる方がかえって危ないわ。それにいざという時は遺跡の中に逃げ込めば追っ手は来れないでしょう?」

「まあ、そうですけど……」

 遺跡の入り口は全部で四カ所ある。石の大階段を三十段も登れば、ここから見える入り口にも入れる。人一人が通れる入り口に逃げ込めば、ドッグフィンの巨体では追っ手は来れない。確かに安全策だとは思うけど、ドッグフィンに入り口を塞がれたら終わりだ。

「どうなっても知りませんよ」

「心配しなくても分かっているわよ。死んだら自己責任。それでいいでしょう」

「はぁー……」

 僕が何を言っても、レベッカが引き下がらないのは分かっている。不安要素は多数残っているものの、戦う事に変わりはない。まずは三十段。ドッグフィンに気づかれないように階段をよじ登るしかない。

 ♢♦︎♢♦︎♢




 



 

 

 

 
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