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第1話 初めての婚活パーティー

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「はぁ~、ついに来てしまった……」

 日曜日の朝、憂鬱な気分で銀貨8枚を左手に持って、冒険者仲間に誘われた婚活パーティーに参加することにした。場所は街の広場に作られた一日限りの特設会場だ。一応、会場に入る前に身嗜みを最終チェックしておこう。

 防具は蜥蜴系のモンスターの革で作られた黒革の鎧を纏い、胸や手足を守る金属製の胸当て、籠手、脛当ては落ち着いた感じに見えるように、銀色から銅色に染めている。腰には一週間前に金貨9枚で購入したばかりの、身幅の広い片刃曲刀の『ファルシオン』を装備している。

 少し伸びていた黒髪は、街の美容室で、「若い女性に人気がありますよ」という女性店員の言葉を信じて、マッシュとかいうマッシュルームヘアーに変えてしまった。心の準備はまだ出来ていないけど、外見だけは準備万端だ。

(所詮は人型メスモンスターだ。何を恐れる必要がある。来るなら来い!)

 むしろ、人型メスモンスターが一人も来ない方が男として問題だ。緊張しつつも一ヶ所しかない出入り口の受付に向かうと、冒険者ギルドから派遣された若い女性職人が受付に座っていた。

 肩にかかるぐらいの茶色のミディアムヘアに年齢は23歳ぐらい。左手の薬指に純銀の指輪を嵌めているので既婚者だろう。一部の男性冒険者は指輪を見た瞬間にガッカリしただろう。さて、他人の事よりも自分の事を考えないといけない。戦いはもう始まっているようなものだ。

「こんにちは。こちらは冒険者ギルド主催の婚活パーティー会場です。参加希望の冒険者の方ですか?」

 魅力的な優しい笑顔で受付女性が話しかけてきた。冒険者ギルドの白黒デザインの制服を着て、左胸には『ブレア』と書かれたネームプレートがあった。念の為に名前を覚えておこう。また来るかもしれない。

「はい、そうです。参加希望者です」

「ようこそ、いらっしゃいました。婚活パーティーに参加するには男性の場合は銀貨8枚必要になります。ご用意は出来ていますか?」

「はい、ここにあります」

 受付のテーブルに左手に握り締めていた銀貨8枚を置いた。もう、「違います。間違えました」とは言えない。婚活パーティーに参加したのはモテないからではない、出会いが少ないから仕方なくやって来たのだ。決してモテないからではない。

「では、冒険者カードを提出して、こちらの用紙に名前、年齢、性別、職業、レベル、参加理由を記入してください」

「はい、分かりました」

 手製の財布から手の平サイズの冒険者カードを取り出して、ブレアさんに手渡す。そして、冒険者カードの代わりに白い用紙と黒ペンを受け取った。受付の右側には一人用の机と木椅子が三人分用意されている。どうやら、ここで記入するみたいだ。

 受付に近い左端の木椅子に座ると黒ペンを装備した。今日はいつもの剣ではなく、黒ペンに意識を集中させていく。出来るだけ綺麗な字で白い紙の空欄部分を埋めていかなければならない。

 剣の達人は字も綺麗だというのが一般的だ。ここで手を抜くことは絶対に出来ない。第一印象で勝負は決まる。といっても、この用紙を見るのはブレアさんだけだ。既婚者に好感を持たれても当然意味はない。余計な事を考えていないで、さっさと書こう。

 名前はアベル=ルッカニア、年齢は23歳、性別は男、職業は剣士、レベルは31、ランクはG……参加理由は友人に誘われて仕方なくだ。よし、あとはブレアさんのチェックを済ませるだけだな。

「書き終わりました。よろしくお願いします」

「少々お待ちください……」

 ブレアさんに記入した用紙を手渡すと、提出した冒険者カードの情報と見比べて、間違いがないかチェックされる。まあ、冒険者カードは簡単には偽造されないように出来ているので、15秒もかからずに、冒険者カードと『46』と書かれたストラップを渡された。

「アベル様、今回が初めての参加ですね。良き出会いがありますように」

「ありがとうございます」

 ブレアさんにお礼を言うと紐の付いたストラップを首に通した。これで会場内に入ることが出来るけど、男性参加者がもう45人も中にいる。早く行かないと女性冒険者がいなくなった会場で、寂しく男達とただの食事パーティーをする事になってしまう。それはそれで楽しそうだが、高い参加費を払ったのだ。ちょっとは同業の女性とお近づきになりたいものだ。

 ♢♦︎♢♦︎♢

(ここから先は戦場だ。覚悟しないと……)

 婚活パーティー会場の周囲は白い布で囲われているので、外からは見えないようになっている。通行人の視線を気にする必要はない。受付の左側にある出入り口を通れば、もうタダでは引き返す事は出来ない。今なら銀貨8枚は無事に左手に戻ってくるかもしれない。しかし、行くしかないのだ。

 勇気を出して、一ヶ所しかない出入り口のカーテンを潜ると、会場の中に入った。白っぽい灰色石畳の上に、白いシーツが掛けられた丸い食卓が所々に設置されていた。食卓の上にはピンク、黄、紫色といった色鮮やかな花々が飾られ、そこに酒や料理も並んでいる。椅子は一つも見当たらないので、立って飲み食いする立食形式のようだ。

「すぅっーー、はぁっ~~」

 とりあえず気持ちを落ち着かせる為に、左腰に装備している頼れる曲刀の柄頭を撫でながら、数回大きい深呼吸した。そして、深呼吸して一つ分かった事がある。会場内は美味しそうな料理の匂いで溢れていた。

「ハッハッハ! 結局は量より質ですよ。雑魚モンスターをたくさん倒しても、大したお金にはなりません」

「カッカ! 何を言う。実力が高ければどんなモンスターも雑魚だ。儂の剛力の前ではストーンゴーレムさえも石屑同然に粉々じゃ!」

「まあぁ~! 二人とも強いんですね! 私、強い人大好きなんですよ!」

 もう既に食卓の周囲では苛烈かれつな戦いが始まっていた。一人の女性を巡って二人の男がお互いの武勇伝で戦っている。ストーンゴーレムはランクGの冒険者には強敵だ。この食卓の戦いに弱い冒険者は参戦するだけ無駄だ。別の食卓を探すしかない。

 とりあえず、食卓の上に用意されている小皿に唐揚げを五個ぐらい乗っけて、食べ歩きながら集まった女性冒険者や男性冒険者を見て回る事にしよう。もちろん女性冒険者を中心に見るつもりだ。

「うっ⁉︎ これは!」

 一口食べれば分かる。これは美味しい唐揚げだ。それでも、二十個ぐらいは食べないと銀貨1枚にもならない。女性は無理でも料理ぐらいはお持ち帰りしたい。けれども、それも無理そうだ。冒険者ギルドの職員達が揉め事が起きないか目を光らせている。料理泥棒は発見され次第、問答無用で会場の外に追い出されるだろう。頑張ってたくさん食べるしかない。

 さて、基本的に冒険者は二つのタイプしかない。体力自慢の戦士系と魔力自慢の魔法使いだ。

 けれども、パッと見ただけでは、相手がどんなタイプの冒険者かは判断できない。魔法使いが着るようなローブを羽織っているからといって、魔法使いとは限らない。ローブの下には鍛え上げられた鋼の肉体が隠されているかもしれないのだ。

「とりあえず、レベルが高いおっさん冒険者と結婚して、離婚すればいいのよ。良い装備貰って、レベル上げ手伝ってもらえば、あとはポイっよ!」

「そうかしら? 若くてカッコイイ冒険者を捕まえて、一緒にクエストをこなして、強くなっていく方が色々と楽しそうよ」

「私は結婚したら、冒険者なんて直ぐに辞めるわ。血みどろ、汗だくの仕事なんて、女の仕事じゃないわ」

 レベル一桁ぐらいにしか見えない若い女性冒険者同士の会話が聞こえてきた。女性達が婚活パーティーに参加する目的は様々あるようだ。僕にも僕なりの参加する目的がある。そして、冒険者ギルドが婚活パーティーを主催する目的も、もちろんある。

 モンスターが彷徨く危険なフィールドやダンジョンを仕事場にする冒険者は、いつ死ぬか分からない命懸けの仕事である。だからこそ、優秀な冒険者は早く結婚して子供を作るべきであり、実力に合わない難しいクエストに挑戦して、命を粗末にしないように、大切な人を早く見つけるべきである! ……と冒険者協会は冒険者同士の婚活パーティーを開催するようになった次第だ。

「おーい! アベル、こっちだぁ!」

 大声で誰かが僕を呼んでいる。おそらく知っている男の声だ。声がする方向を見ると、普段からパーティーを組んで一緒に冒険している、『マリク=エバーソン』が手を振っていた。僕を無理やり婚活パーティーに誘った張本人だ。

 短い茶色い髪をツンツンと突き立て、半袖白シャツの上に、胸の開いた半袖水色シャツを羽織って、穴の開いたブルージーンズを履いている。首元にはキラキラ光る金色のチェーンネックレスもチラッと見えた。完全にチャラ男モードだ。

 正直、知り合いではないと完全無視したいところだけど、残念な事にマリクの近くに立っている、二人の若い女性冒険者も僕の方を見ている。剣と杖……装備から判断すると、戦士と魔法使いのコンビのようだ。多分、僕達のように普段から冒険者パーティーを組んで、冒険している女性二人組だろう。ここはもう覚悟を決めて行くしかない。

 ♢♦︎♢♦︎♢

「遅かったな。お前が来なかったら、どうしようかとヒヤヒヤしてたんだぜ」

「んんっ?」

 言っている意味が分からなかった。けれども、マリクは額から汗を流して、何処か挙動不審だ。きっと、女性二人に囲まれて緊張しているのだろう。早めに会場にやって来て、僕達の年齢とレベルが同じぐらいの女性冒険者を頑張って探して、僕が来るまでキープしていたみたいだ。首にぶら下がっているストラップの番号は『16』だった。

(何だろう? 怖い顔で睨んでくるけど……)

 睨むような怖い顔で赤髪の女戦士が僕を見ている。ボーイッシュなショートの赤髪女性は、年齢は24歳ぐらい。武器は腰に差している片刃直刀のサーベル。服装は、上は布製の厚手の長袖白シャツに黒の革ベストを重ね、下は布製の黒の長ズボン。靴は脛まで隠せる茶色のロングブーツを履いている。見た感じ、神経質で愛想がなさそうだ。

 もう一人のやる気のなさそうな黒髪サラサラロングヘアの女魔法使いは、年齢23ぐらい。先端が丸い木の杖を持っていて、中に青色の石が嵌め込まれている。服装は、上は白のワンピースに妖艶な紫色のロングコートを羽織り、下は黒色の膝上まであるニーハイソックス。靴はくるぶしを隠せる程度の紺色ブーツを履いている。見た感じ、儚げで騙されやすそうな感じだ。

 おそらく、マリクの好みは黒髪魔法使いの方だろう。服の上から分かるぐらいに胸も大きいし、性格も大人しそうだ。強引に誘えば断られないと思ったんだろう。

「まったく、お前は遅過ぎるんだよ! 何やってたんだ? こんな美人二人を何十分も待たせやがってよぉー!」

「その方がよかったんじゃないのか? こんな綺麗な女性二人と一緒にいられるなんて、二度と起きない奇跡なんだから」

「ハッハ! 奇跡じゃねぇよ。さて、まずは自己紹介からだ。こっちがレベッカさんで、こっちがモニカさんだ」

「初めてまして、アベルです。レベル31の剣士です」

 えっーと、明らかにガッカリしている赤髪戦士がレベッカさんで、ひと目見ただけでもう余所見をしている黒髪魔法使いがモニカさんね……どういう事ですか? 

「へぇーー、これがギガントサイクロプスねぇ」

「キチンと二つ目が付いていますし、背も高くないですね。私達、このチャラ男に騙されてしまったようですよ」

「はぁ~、たったのレベル31……どんな屈強な男がやって来るのか期待していたけど、全然大した事ないじゃない。見た目もショボいし、装備も街の市販品。あんた何歳なの? ここは盛りの付いたガキ共が来るところじゃないんだよ! さっさと消えなさい!」

「えっ⁉︎」

 名前とレベルしか言っていない初対面で、この反応はかなりキツい。確かに僕の見た目は黒髪で地味だ。体付きは鍛えているとはいえ細い方だ。おそらく、レベッカさんと腕相撲したら負けるかもしれない。レベッカさんが年上の屈強な頼れる男性をご所望ならば、その望みは僕には叶えられそうにない。

 でも、その前に……おい! 誰がギガントサイクロプスだ! 僕をモンスターに例えるなら、せいぜい、身長176センチ程度のスケルトンナイトがいいところだ。

 この苦笑いを浮かべているチャラ男が二人にどういう説明をしたか知らないけど、身長15メートルの一つ目青色巨人が、こんな婚活パーティーに来るわけない。僕に八つ当たりする前に、少し考えれば嘘だと分かるだろう!

「ちょっ、ちょっと待って! 見た目じゃないから! 人間中身が大事でしょう! そうでしょう?」

「ハァッ? あんたは見た目も中身も終わってんのよ。邪魔、退け、カス、消えて」

「お願いします! お願いします! クエスト、ワンチャンでいいから、お願いします!」

 マリクがモニカを連れて行こうとするレベッカを必死に引き止めようとしている。きっと、僕の事を凄い冒険者だとか嘘を吐いて、二人を今まで引き止めていたのだろう。お陰で僕まで被害を受ける事になってしまった。

 いい加減、もう諦めろ。お前じゃ無理なんだ。怖い戦士に守られた魔法使いを攻略するのは難しい。無理して高嶺の花を狙わずに、レベル一桁の新人冒険者を見つけた方が無難なはずだ。さっさと諦めて、次を探そうじゃないか?

 ♢♦︎♢♦︎♢

 


 
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