上 下
34 / 62

第三十三話★ ルームシェアの女

しおりを挟む
 声を掛けた女性二人組と一緒に、時間通りにやって来た市内の中心地に向かうバスに乗った。警戒はしているけど、1泊10万円には興味はある、そんな顔をしている。
 女性二人の目の前で若い男が10万円を見せて、『家に一日泊めてくれ』とお願いする。女性二人はそれをチャンスと見るか、危険しかないと見るか……。

 若い女性二人組だ。海水浴場でナンパされる事は少しは想定していただろう。食事に誘われるかもしれない可能性を少しは考えたはずだ。町中で買い物をしているところに声を掛けた訳ではない。起こり得る可能性が0%の現象はどんなに頑張っても、0%のままだ。けれども、起こり得る可能性があると、5%、10%でも考えたものは、人は受け入れようとする。

 だってそれは自分が予想した事だからだ。自分が綺麗だから、自分が可愛いから声を掛けられるのは当然。食事を奢られるならば、金を出して肉体的な関係を持ちたいと頼む人間もいる。誰だって、自分の予想が当たり、賢さと美しさが証明されれば嬉しいし、楽しい。そして、予想が当たり自信を持った人間はもっとも油断している状態だ。

神林慎吾かんばやししんご、23歳です。今は無職ですが、株をやっていました」

 当然、偽名だ。神林は時代劇に出てくる侍の名前で、慎吾はアイドルの名前から使わせてもらった。年齢は26歳と下手に偽るよりは、実年齢を言った方がマシだと判断した。二人よりも年上の方が安心感があると思ったが、馬鹿な年下の男だと思わせた方が、二人が操っている気分になれるはずだ。

「わぁ~、それであんなにお金を持っていたんですね。もしかして、お金持ちなんですか? 1億円ぐらい持っていますか?」
「あっはは、そこまでは持っていませんよ。三千万程度です。ずっと部屋で株価を見ているのに嫌気が差して、こうやって持てるだけのお金を持って、当てのない旅行をしている最中です。今日はありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様です! 麻未まみもそう思うでしょう?」

 一つ年上の彼女の名前は山下美聡やましたみさと、24歳。両親の期待通りに美しく聡明な娘に育ったようだ。金を見せる前は中型犬のような態度だった彼女が、今は小型犬のように可愛らしい声と笑顔で尻尾を振っている。
 逆に美聡を衝立にして窓際に座って、一切会話をしようと思っていない、あっちの麻未という女は、露骨に私に対しての警戒心を剥き出しにしている。

「本当に泊めるだけで10万円ですか? ホテルに泊まった方が1万円以下で安いですよ」
「したいのは、そういう旅行じゃないんだよ。安全なホテルに泊まって、美味しい料理を出す旅館に泊まって、旅の最後に家に帰って、ああっ~、楽しかったな、ぐらいしか言えないなんて、何もしていないのと一緒でしょう?」
「……よく分かりません。やった事もないし、そんな事を考えた事もありませんから」
「……あっはは、そうだよね。普通は思わないよね。自分でも変わっているとは思っているけど、やりたい事をやらないで後悔したくはないからね」
「やりたい事ですか……私は自分の事を変わっていると言う男を家に泊めて後悔したくはないですけどね」

 美聡が一人暮らしていて彼女の部屋に泊まるだけならば、麻未もここまで警戒心を剥き出しにはしなかっただろう。美聡と麻未は家賃8万円のマンションに一緒に住んでいる。いわゆる、ルームシェアというやつだ。
 赤の他人同士で落ち着いて生活できるかは分からないが、たまに友人が家に泊まっていくようなものだと思う。それが週一回ではなく、毎日という形になっただけだ。そして、美聡は私を家に連れて行くと決めている。相部屋の美聡が男を連れて来たと思って、麻未には我慢してもらうしかない。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

幸せの島

土偶の友
ホラー
夏休み、母に連れられて訪れたのは母の故郷であるとある島。 初めて会ったといってもいい祖父母や現代とは思えないような遊びをする子供たち。 そんな中に今年10歳になる大地は入っていく。 彼はそこでどんな結末を迎えるのか。 完結しましたが、不明な点があれば感想などで聞いてください。 エブリスタ様、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも投稿しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...