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第三十話☆ 理解不能

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「まったく、もう少し賢いやり方があっただろう。気づかれないように尾行するとか……」

 弁当を頼んだだけなのに、藤岡の奴が市民からのクレームを持って帰って来た。ロクにお使いも出来ないなんて子供以下だ。しかも弁当を買い忘れたとかあり得ないミスだ。そして、田代は空腹を我慢して、藤岡を叱らないといけないという訳だ。

「いや、あの男が素直にフードを取らないのがいけないんですよ。日焼けしたくないとか適当な嘘をつくのがいけないんですよ!」
「ああ、分かった、分かった。それで顔はどうだったんだ? ニキビが気になるとか、夏場にプチ整形とか、殴られた跡があるとかあったんだろう?」

 藤岡がフードを取るのを強要したのはスーパーの近所に住む20歳の大学生だった。藤岡の言い訳には興味がないが、今後の捜査の参考になるかもしれないので、夏場にフードを被る理由は是非とも聞いておきたい。

「……いえ、何もなかったんですよ」
「だったら取れよ!」

 思わずデスクをバァンと強く叩いて叫んでしまった。取り調べ中の生意気な犯人にムカつくとやってしまう、俺の悪い癖だ。

「ですよねぇ~! 俺もそう思います。何もないなら取ればいいんですよ! 知り合いに会って、話すのが面倒だから顔を隠していたとか訳分かんないですよ。あいつ、絶対に馬鹿ですよ!」

 何か深い訳があると思ったが、予想以上のくだらない理由だった。むしろ、取らない理由が分からない。クソガキが警察に喧嘩を売りたいなら買うしかないが、無実の市民に何かをする訳にはいかない。せいぜい出来るのは、大学生が再び黒パーカーを被って外出した時に、職務質問をする嫌がらせをするぐらいだ。
 とりあえず立場的に叱らないといけないのに、藤岡に同調する訳にはいかない。叱っている体を周囲の同僚に見せないと俺の立場がない。

「ああ、そうだ。大馬鹿野朗だ。お前が大馬鹿野朗だ!」
「えっ⁉︎ でも——」
「でももヘチマもない! 言い訳するな! お前が悪い。お前のミスだ。だいたい、まだ相模を追っていたのか? 捜査するなら、何か事件が起こった後にやるもんだ。お前は万引き犯を探すように頼まれてたんだぞ。中学校に連絡したのか? 万引き犯は相模だったのか? 弁当は何で買い忘れた? 一つ一つの仕事にもっと集中しろ! 分かったな!」
「……はい、すみませんでした」
「ほら! 始末書だ! さっさと書いて、万引き犯を探して来い!」

 矢継ぎ早に怒鳴りつけると、始末書をデスクに怒り任せに叩きつけて藤岡に渡した。よし、この辺でいいだろう。周囲の同僚が藤岡に同情するぐらいが丁度いい。やり過ぎるとパワハラで訴えられるからな。

「それにしても、相模か……全然現れないな」

 野良猫が殺される事件はあの後、二度と起きていない。周辺の本屋にも来ていない。まあ、それもそうだ。本の続きが気になるなら、家にいながらでも通販で購入する事も出来る。最近ならば電子書籍という手もある。
 けれども、鳥の餌がどうしても気になる。必要ない物を購入するはずはないんだ。鳥の餌に金属の棒。あれを一体何に使っているんだ。あいつの考えがさっぱり読めない。

「そもそも何で自殺するフリをしようと考えたんだ?」

 相模陽平の家は裕福ではないが、そこそこに恵まれた家庭だ。大学を出て、正社員として働いていた。特に仕事上で目立ったミスもなければ、周辺でトラブルがあったという話も聞いていない。順風満帆とは言わないが、平均的な人生よりは、少し上の人生と送っていたと言ってもいい。不満も悩みも無い人間が自殺はしない。
 けれども、自殺するフリをする必要はあった。自殺したフリをしなくても、空き巣も野良猫殺しも出来るはずだ。奴のやりたい事は必ず自殺しなければならないような事だ。

「死を偽装しなければならない事か……」

 生命保険も違った。闇金に手を出した訳でもない。会社の金を横領した訳でもない。だとしたら、何だ……。

「まさか⁉︎」

 空き巣が最初の犯行じゃないのか? 別の事件を起こして、それを隠す為に死を偽装した。空き巣事件の前に周辺で起きた大きな事件は何かなかったか? 相模陽平、お前は何をしたんだ?
 
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