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第二十一話★ 第一登山者との遭遇
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「誰も来ない……」
季節は夏、八月の中旬。洞窟の北側の道は整備が進んでいる。けれども、洞窟の所まで人はやって来ない。灼熱の太陽に照らされて、大汗かいて山登りをする人間はそうはいない。確かにそうかもしれない。
エレベストに三度挑戦した登山家ジョージ・マロリーは、『そこにエレベストがあるから』と言って、山に登ったらしい。日本では、『そこに山があるから』と一般的には広まっているようだ。
日本人には困難な先にある、未知なる世界を見るという根性が足りないようだ。
「……町が見える。往復六時間か」
洞窟の北側の町は工業地帯、南側は漁港がある漁業の町だ。町としては北側の方が集合住宅があり、人通りもあり活気がある。南は少し田舎の雰囲気があり、人通りも少なく住んでいる人達の年齢も高い気がする。
往復六時ならば、朝八時に山を降りて、昼前に北側の町に到着できる。そこから必要な物を購入して山を登れば、夕方前に洞窟に帰る事ができる。
アフリカの子供が水汲みに一往復で2時間かかるそうだ。それと同じで数日分の必要な物が六時間で手に入るならば、楽な買い物でもあると言える。問題はお金だ。現金260万円もあれば当分は困らない。
「冬を越すには食糧が全然足りない。やはり自給自足するには畑を拡張して、大量の保存食を確保しないと駄目だったな」
畑は縦10メートル、横6メートルの広さしかない。目立たないようにしたかったのもあるが、これで足りると思ったのが大間違いだった。
最近は毎日のように大根とキュウリを食べている。野鳥も一日三羽が限界だ。どんぐりの実が落ちていれば、集めて食べる事も出来るかもしれない。鹿や猿といった大物を捕獲できれば、腹も膨れる可能性はあるが、未だに鹿も猿も目撃した事がない。鳥と蛇、山で食べたのはこの二つだけだった。
希望的観測は今すぐにやめなければならない。誰かがこの洞窟にやって来て、私を勇敢な独立国家の王様だと称える日はやって来ない夢物語だ。
「……私は楽な方向に逃げたいだけなのか」
南側の町に降りたのは一ヶ月も前になる。ショコラケーキの味はもう思い出せない。私は犯罪者ではない。洞窟に暮らしていた痕跡を消して、生き返って一からやり直す事も出来る。幸せな家庭を築く事も出来るだろう。若いのだから人生はいくらでもやり直せる……そう信じてもいいはずだ。
けれども、そんな甘い考えは許されないようだ。望遠鏡のように長い一眼レフカメラを首からぶら下げた男が、私を目指して山を登って来る。野鳥を撮影しに来たのだろう。趣味か仕事かは分からない。排除するにしても、慎重に動かないといけない。
「こんにちは、こんな所で何をやっているんですか?」
「こんにちは。木を切っているんですよ」
「ああ、なるほど。お仕事ですか?」
にこやかに話しかけて来た40代前半の男に、私は右手に持っているノコギリを見せて答えた。会話はある程度でいい。必要以上に喋らなくても、相手が勝手に想像力を働かせてくれるからだ。
「そんなところです。道に倒れている倒木の枝を切って、通り易いようにしているんですよ。そちらもお仕事ですか? プロの写真家さんのようですけど……」
「ああっ⁉︎ あっははは……これは趣味です。休日になると野鳥を撮影しにあっちこっちを回っているんですよ。それにしても、大変ですね。暑い中大変でしょう?」
「いえいえ、もう慣れましたよ。それに人が滅多に来ない場所なので、髭も伸ばし放題、服も汚し放題で慣れると快適です。これで給料がもうちょっと増えれば文句はないんですけど……」
「あっははは。それはご苦労様です」
この辺の住民ではないようだ。それに野鳥を趣味で撮影する男が山で消えたのなら、周辺の山を探すのは当たり前だ。このまま怪しまれないようならば、殺す必要はない。
季節は夏、八月の中旬。洞窟の北側の道は整備が進んでいる。けれども、洞窟の所まで人はやって来ない。灼熱の太陽に照らされて、大汗かいて山登りをする人間はそうはいない。確かにそうかもしれない。
エレベストに三度挑戦した登山家ジョージ・マロリーは、『そこにエレベストがあるから』と言って、山に登ったらしい。日本では、『そこに山があるから』と一般的には広まっているようだ。
日本人には困難な先にある、未知なる世界を見るという根性が足りないようだ。
「……町が見える。往復六時間か」
洞窟の北側の町は工業地帯、南側は漁港がある漁業の町だ。町としては北側の方が集合住宅があり、人通りもあり活気がある。南は少し田舎の雰囲気があり、人通りも少なく住んでいる人達の年齢も高い気がする。
往復六時ならば、朝八時に山を降りて、昼前に北側の町に到着できる。そこから必要な物を購入して山を登れば、夕方前に洞窟に帰る事ができる。
アフリカの子供が水汲みに一往復で2時間かかるそうだ。それと同じで数日分の必要な物が六時間で手に入るならば、楽な買い物でもあると言える。問題はお金だ。現金260万円もあれば当分は困らない。
「冬を越すには食糧が全然足りない。やはり自給自足するには畑を拡張して、大量の保存食を確保しないと駄目だったな」
畑は縦10メートル、横6メートルの広さしかない。目立たないようにしたかったのもあるが、これで足りると思ったのが大間違いだった。
最近は毎日のように大根とキュウリを食べている。野鳥も一日三羽が限界だ。どんぐりの実が落ちていれば、集めて食べる事も出来るかもしれない。鹿や猿といった大物を捕獲できれば、腹も膨れる可能性はあるが、未だに鹿も猿も目撃した事がない。鳥と蛇、山で食べたのはこの二つだけだった。
希望的観測は今すぐにやめなければならない。誰かがこの洞窟にやって来て、私を勇敢な独立国家の王様だと称える日はやって来ない夢物語だ。
「……私は楽な方向に逃げたいだけなのか」
南側の町に降りたのは一ヶ月も前になる。ショコラケーキの味はもう思い出せない。私は犯罪者ではない。洞窟に暮らしていた痕跡を消して、生き返って一からやり直す事も出来る。幸せな家庭を築く事も出来るだろう。若いのだから人生はいくらでもやり直せる……そう信じてもいいはずだ。
けれども、そんな甘い考えは許されないようだ。望遠鏡のように長い一眼レフカメラを首からぶら下げた男が、私を目指して山を登って来る。野鳥を撮影しに来たのだろう。趣味か仕事かは分からない。排除するにしても、慎重に動かないといけない。
「こんにちは、こんな所で何をやっているんですか?」
「こんにちは。木を切っているんですよ」
「ああ、なるほど。お仕事ですか?」
にこやかに話しかけて来た40代前半の男に、私は右手に持っているノコギリを見せて答えた。会話はある程度でいい。必要以上に喋らなくても、相手が勝手に想像力を働かせてくれるからだ。
「そんなところです。道に倒れている倒木の枝を切って、通り易いようにしているんですよ。そちらもお仕事ですか? プロの写真家さんのようですけど……」
「ああっ⁉︎ あっははは……これは趣味です。休日になると野鳥を撮影しにあっちこっちを回っているんですよ。それにしても、大変ですね。暑い中大変でしょう?」
「いえいえ、もう慣れましたよ。それに人が滅多に来ない場所なので、髭も伸ばし放題、服も汚し放題で慣れると快適です。これで給料がもうちょっと増えれば文句はないんですけど……」
「あっははは。それはご苦労様です」
この辺の住民ではないようだ。それに野鳥を趣味で撮影する男が山で消えたのなら、周辺の山を探すのは当たり前だ。このまま怪しまれないようならば、殺す必要はない。
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