上 下
10 / 62

第九話☆ ダブルパーカー

しおりを挟む
「田代さん、ちょっといいですか?」
「……んっ? どうした?」

 □□警察署の自分のデスクで昼飯のカップラーメンを食べていると、藤岡が数枚の写真を持ってやって来た。おそらく事件の相談だろう。とりあえずラーメンを食べながら、指導役としての相談ぐらいには乗ってやるつもりだ。

「あのダブルパーカーの事なんですけど……」

 藤岡が俺のデスクの上に三枚の写真を並べていく。黒いパーカーを着ている人物、スーツ姿の男、どこかの高校の集合写真だ。

「ずるっ、ずるっ……お前はまだあの事件を追っていたのか⁉︎ 捜査三課は一課と違って、一つの事件を調べるほど暇じゃないんだぞ!」
「すみません、つい気になってしまって……」

 ダブルパーカーとは、一週間前に起きた結婚式空き巣事件の容疑者の事だ。現場周辺を走行していた車載カメラに、顔を隠すように、黒い大きなパーカーを二着重ね着している男らしき人物が映っていた。三課はその男を通称『ダブルパーカー』と呼んで、周辺をパトロールしている警察車両に警戒してもらっている。

 殺人事件を担当する捜査一課と違って、うちの三課は空き巣から自転車泥棒までと、窃盗事件全般を担当する部署だ。
 毎日、数十件以上も起きる窃盗事件を捜査する為に、猫の手も借りたい程に忙しい部署である。盗まれた物がない空き巣事件を捜査する暇な捜査官はいない。

「いいか、藤代……お前の気持ちも分かる。誰だって、犯人検挙率100パーセントがいいに決まっている。でも、実際はそのやり方では駄目なんだよ。毎日、毎日、毎日、事件は何処かで必ず起きるんだ」

 俺もこんな事は言いたくはない。認めたくもない。犯人に負けを認めているようなものだ。だが、言わなければならない。警察は死んだ人間を捕まえる事は出来ない。

「——一日十個の事件が起きて、一日十個の事件を解決する事は出来ないんだ。そんな事はベテラン刑事でも無理なんだ。早期解決できるものと、そうでないものがある。その事件は容疑者が死亡しているかもしれないんだ。もう調べなくてもいい事件だ。さっさと別の事件に集中しろ」

 相模陽平さがみようへい、23歳。被害者宅の藤代明音、23歳とは小、中、高と同じ学校に通っていた男だ。
 藤代明音に確認したところ、ただの同級生の一人という返答が返ってきた。高校まで一緒に通っていた同級生という事で結婚式の招待状を送ったそうだ。

 そのただの同級生のご祝儀が20万円という高額なものだった。余程の金持ちか、特別な感情がなければ、そんな金額をただの同級生の女に渡すはずはない。

 俺は相模陽平を第一容疑者として、藤岡と共にその男が住んでいるマンションへと訪れた。チャイムを鳴らしても応答はなく、隣人の話では、ここ数日、人の気配はなかったという……マンションの管理会社に連絡を取り、部屋の鍵を開けてもらうと、テーブルの上に遺書を発見したという訳だ。

「相模の自家用車が海岸近くの駐車場に何日間も放置されていた。車内の中から現金2万円近く入った財布と車の鍵も見つかった。銀行に預けていた300万近くの預金も、恵まれないなんたらに分けて寄付したそうだ。これ以上、何が気になるんだ」

 自殺者は年間一万人だ。そのうち20~39歳が多くを占めている。そこに失踪者を含めれば、更に増える。悪いが俺達に出来るのは、死体が浮かんで来るのを待つか、漁船が死体を引き揚げのを期待するしかない。

「……でも、自殺する日に好きな女の子の結婚式に出席して、その子の家に空き巣に入りますか? それに自殺する人間がパーカーでわざわざ顔を隠すなんておかしいでしょう。なんか違和感を感じてしまうんですよね」
「顔を隠すのは当然だ。犯行がバレて、自殺する前に警察に捕まれば、自殺できなくなるからな。納得できない気持ちを無理やり納得するのも刑事の仕事だ。ほら、さっさと昼飯食って、次の事件を解決して来い!」
「ウッス……」

 ちっ、まったくスープが冷めちまったじゃないか。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

師走男と正月女 ~ 地方に伝わる奇妙な風習 ~

出口もぐら
ホラー
師走男と正月女 ―― それは地方に今も伝わる風習。  心待にしていた冬休み、高校生の「彼女」  母方の実家は地方で小規模な宿泊施設を営んでおり、毎年その手伝いのため年末年始は帰省することになっている。「彼女」は手伝いをこなしつつではあるものの、少しだけ羽を伸ばしていた。  そんな折、若い男女が宿泊していることを知る。こんな田舎の宿に、それもわざわざ年末年始に宿泊するなんて、とどこか不思議に思いながらも正月を迎える。 ―― すると、曾祖母が亡くなったとの一報を受け、賑やかな正月の雰囲気は一変。そこで目にする、不思議な風習。その時に起こる奇妙な出来事。  「彼女」は一体、何を視たのか ――。 連載中「禁色たちの怪異奇譚」スピンオフ

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...