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例え世界中を敵に回しても守りたいものがある

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「あぁー、仕事行きたくねぇ~」

 たっぷり出して、たっぷり寝たはずなのに気分が重い。
 連日のやりすぎで身体が疲れているのも原因だろうけど、一番の原因は優香だ。
 職場に行けば、絶対に同僚達に聞かれるに決まっている。
 最後に優香と一緒にいたのは俺だ。何かなかったか聞かれるに決まっている。

 だけど、休むことは出来ない。休んだらそれこそ疑われる。
 何事もない顔でいつも通りに働くのが正解だ。
 数日は警察が職場に事情聴取とかに来るだろうけど、優香はフィギュアになっている。
 FBIのモルダーなら見つけられるが、日本の警察は見つけられない。

「おはようございますぅ~」

 更衣室と休憩室になっている事務所の扉を開けると、いつも通りに挨拶した。

「ああ、田中君。平山さん、知らない? 昨日の夜から帰ってないらしいんだよ」

 55歳の男上司・松本がさっそく聞いてきた。
 聞かれるのは分かっている。緊張せずに用意した答えを言った。

「いえ、知らないです。仕事終わりにここで会いましたけど、お疲れ様って挨拶してから先に帰りました。その後のことはちょっと分かんないです」
「やっぱり知らないか。ロッカーに服と荷物が置いてあって、駐車場にも車があるんだよ。何かあったのかな?」
「じゃあ、病院にいるんじゃないですか?」
「そりゃないだろう。一体何の用でいるんだ?」
「俺に聞かれても分かんないですよ。もう着替えるんでいいですか?」
「ああ、悪かったね。一応家族にはそう連絡しておくよ」

 予定通り知らんふりで押し通した。
 行方不明になってから、まだ10時間程度だ。大事になるには早すぎる。
 2日ぐらいは様子見してくれると信じている。

「田中総一郎さんですか?」
「……はい、そうですけど」

 仕事中、松本に院長室に行くように言われてやってきた。
 院長室に入るのは初めてだ。部屋の中で待っていたのは院長じゃなかった。
 警察手帳を持った男2人だ。

「すみません、仕事中に呼び出してしまって。私、大裏署の高倉と言います。こっちは望月です。ちょっと確認したいことがあるんですがいいですか?」

 スーツを着た40歳ぐらいの短髪刑事・高倉が丁寧に聞いてきた。
 警察が来るのは予定通りだ。平常心で行けばいい。

「あっ、はい、大丈夫です……」

 めちゃくちゃ緊張するに決まってるだろう!
 警察だぞ、マッポだぞ。俺、逮捕されるかもしれないんだぞ。

「平山優香さんが行方不明になっているのは聞いてますね?」
「はい、聞きました」
「その件で聞きたいことがあります。昨日の夜に事務所で平山優香さんに会ったのは間違いないですか? 人違いの可能性はありませんか?」
「いえ、平山さんでした。間違いないです」
「本当ですか?」
「本当です。一緒に仕事して1年です。見間違うはずありません」

 昨日、家にお持ち帰りしたのが優香じゃなかったら誰だってんだよ。
 刑事がしつこく確認してくるが、全然知らない女を抱いていたとしたら、それこそ大事件だ。

「でしょうね。私もそう思います。それで事務所で会った時に何かトラブルとかありませんでしたか?」
「ありません。ただ挨拶して先に帰っただけです。その後に何かあったとしても分かりません。もういいですか?」

『疑ってますよ』という刑事の意思が質問から伝わってくる。
 こっちも疑われていると分かっているから、会話を続ける意思はない。
 犯人しか知り得ない情報をポロッと言って、犯人率を上げるつもりはない。

「挨拶して帰ったですか……私もそれが一番気になっているんですよ」
「はぁー、何か疑われているみたいですが、ハッキリ言ってくれませんか。俺、何かおかしなことしましたか?」

 ため息をつくと、迷惑だと顔に隠さずに言ってやった。

「いえね、さっき廊下の防犯カメラを確認したんですよ。田中さんが午後9時37分に誰もいない事務所に入った後、午後9時41分に平山さんが入室しました。それで午後9時44分に田中さんが退出した後、午前4時まで誰も出入りしてないんですよ」
「じゃあ、窓から出たんじゃないですか? 事務所の上は屋上だから、頑張ればそこから外に出れますよ」

 付き合ってられないと、右頬を指で掻きながら教えてやった。
 入り口は一つじゃない。前に屋上から着替えを盗撮できないか調べたから間違いない。
 もちろん成功したかは教えるつもりはない。

「ええ、だから何もトラブルがなかったのか聞いたんです。田中さんに嫌がらせをする為に姿を消した可能性も考えましたが、その可能性は低いと見ていいでしょう。もっと別に見るべき場所がありました。田中さん、事務所を田中さんが退出する時には平山さんはいたんですよね?」

 またかよ。

「ええ、いましたよ。警察って本当に同じこと何度も聞くんですね」
「ハハッ。それが仕事ですから。では、田中さん。何故、平山さんがいるのに部屋の電気を消したんですか?」
「……え?」

 えええ、え、ええ。

「いやぁ~、扉の一部が擦りガラスだったので助かりました。普通は人がいると分かっているのに電気は消しませんよね。消すのは最後に部屋を出る時だけだ」
「え、いや、間違って消しただけで……」

 ちょっと待って。どういうことだ。電気消しただけで逮捕されるのか。

「その場合はすぐに平山さんがつけに行くでしょう。ですが、午前4時まで部屋は暗いままでした。田中さん、少しお宅を拝見させてもらってもいいですか?」

 えええ、ええ、え。だ、駄目でしょ。
 髪の毛とか制服とか下着とか指紋とか、優香の痕跡が山ほどあるでしょ。

「田中さん、いいですか?」
「……」

 駄目だ、俺の人生詰んだ。
 拒否すれば犯人確定。連れていっても犯人確定だ。
 逃げるしかない。逃げられるなら逃げるしかない。
 まずは屈強な刑事2人。その次は国家権力から逃げないといけない。
 それが出来るなら……

 いや、待てよ。出来るんじゃねえ?
 特に刑事2人からは高い確率で逃げられると思う。
『人間フィギュア化』が男にも通じるなら一撃必殺で倒せる。
 連れていけば人質にも出来る。ついでに可愛い看護婦も人質に連れていく。
 人質は多い方が良い。看護婦以外も見舞い客も患者も連れていく。
 やっぱり可愛い人質は多い方が良い。

「分かりました。こうなったら仕方ないですね」
「ありがとうございます。何事もなければ、午後からの仕事には戻れますよ」

 刑事2人には悪いが、例え世界中を敵に回しても守りたいものがある。
『俺の人生だ』。お前達にはここでフィギュアになってもらう。
 両手を光らせると2人の身体に急接近して触れた。
 数秒後、床に2体の刑事フィギュアが完成した。
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