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後編・後

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「ハァハァ、ハァハァ……!」

「イツキ、大丈夫ですかぁ? 顔色が悪いですよぉ?」

「よ、よくも俺を誘拐監禁してくれたな!」

 忌々しい過去の悪夢から現在に戻ると、目の前の悪魔を睨みつけた。
 あの後、街の中を連れ回されて、疲れ果てた俺は寝てしまった。起きた時には知らない家の中に寝ていた。そして、一日中馬鹿笑いするデカイ男と女に三日間も監禁される事になった。

「それは誤解でぇす。イツキのパパさんとママさんが迎えに来るまで預かっていただけでぇす」

「何が預かっただ! 噓だってバレバレなんだよ! 父さんから金を貰っているのを見たんだからな! 俺を誘拐して身代金を要求したんだろう!」

「イツキは何を言ってるんですかぁ? 誘拐は犯罪ですよぉ。そんなことしたら私のパパとママが捕まってしまいまぁす」

「くぅぅぅ、お前の正体を母さんにバラしてやる!」

「ちょっと、イツキ! 待つでぇす!」

 嘘吐きのコイツと話しても無駄だ。急いで部屋から出るとリビングに向かった。母さんなら真実を知っている。扉を開けて、急いでリビングの母親に報告した。

「母さん、聞いてくれよ! この女、フランス旅行で俺を誘拐した女だ!」

「……あんた、そんなにお小遣い無しがいいの?」

 可哀想な子を見る目で母さんが俺を見るけど、犯罪者がこの家にいるのに黙っていられない。

「違う! 大変なんだよ! あの女が、ルイーズが、俺をフランスで誘拐監禁した女なんだよ! さっき自白したから間違いない! 警察に通報しよう!」

「えぇ、そうよ。迷子のあんたをルーちゃんの家で預かってもらったわよ。お陰で助かったわよ。あんた、着いてすぐに迷子になるんだから」

「へっ?」と呆然としている俺に対して、ペラペラと母さんは喋り続ける。

「あんたも胡桃と一緒に、おばあちゃんの家に預かってもらえば良かったわ。まぁ、ルーちゃんのお父さんが良い人で、あんたを預かってくれるって言うから、お父さんと二人っきりでデート出来て楽しかったわぁー!」

「ふ、巫山戯んな! 赤の他人に、しかも外人に子供を預けて心配じゃないのかよ!」

 俺の前で楽しそうに海外旅行の話をする母親に怒鳴った。そんな話、今まで一度も聞いた事がないし、俺にとっては呪われた海外旅行だ。

「そりゃー最初は心配だったけど、ルーちゃんのお父さんが警察官だって聞いたら安心するわよ」

「警察官って……そんなの嘘に決まってるだろう! 騙されたんだよ!」

 警察官なんて明らかに誘拐犯が言いそうな職業ナンバーワンだ。オレオレ詐欺と一緒だ。警察、弁護士、息子、痴漢が出たら、まず詐欺だと疑うのは常識だろう。

「もぉー、うるさいわね。何回も説明したけど、あんたが全然信じないだけでしょう。テレビの邪魔だから、さっさと寝なさい。次に一言でも喋ったら本当に無しにするわよ」

「くっ……」

 ……駄目だ。ダメ親だ。騙された事にも気付いていない。俺がしっかりしないと。
 母親に頼るのを諦めるとリビングから出た。廊下に出るとルイーズがいた。また立ち聞きしていたようだ。
 
「……イツキ、ごめんなさいでぇす。私、楽しく過ごして貰おうと頑張ったのに駄目でしたぁ。言葉全然分からなくて、イツキに怖い思いさせてしまったの、すごくすごく後悔してまぁす」

 ルイーズは今にも泣き出しそうな顔で謝ってきた。こんなの演技だから、騙されたら駄目だと分かっている。なのに、胸が罪悪感のような感情にギュッと締め付けられる。

「ひぐっ、ひぐっ、日本語、頑張って勉強して謝りに来たのに、やっぱり駄目でしたぁ。私、全然ダメでぇす。ごめんなさいでぇす」

「なっ! お、おい……」

 ……やめろよ。これだと俺が悪いみたいじゃないか。
 ポロポロと床にルイーズは涙を零していく。こんなところを母さんに見られたら、確実に小遣いも携帯も取り上げられてしまう。

「もう留学やめまぁす。日本語覚えたら、今度は楽しく過ごせると思ったのに、また迷惑かけて、私はダメダメでぇす。本当にごめんなさいでぇす。お世話になりましたぁ!」

「ちょ、ちょっと待てよ! 勝手な事ばかり言ってんじゃねぇよ!」

「あぅっ……」

 部屋に走って逃げようとしたルイーズの手をパシィと掴んで引き止めた。
 ……くそぉ、わざわざ日本語まで覚えて、俺をもう一度騙しに来る馬鹿がいるわけねぇだろ!

「お前のごめんなさいはもう聞き飽きたんだよ。もう謝るな……」

「イツキ……?」

 被害妄想をやめた途端、コイツの事をめちゃくちゃ意識してしまって、恥ずかしくて目も合わせられない。
 ……俺に謝る為だけに日本語を勉強して、ここまで来るなんて可愛すぎるだろ。

「三日もお前の家で世話になったんだ。一日で帰られたら、日本が最悪だと思われるだろ。最低でも一年ぐらいはいろよ」

「本当にいいですかぁ?」

「あぁ、お前に帰られると困るんだよ。俺の小遣いが無しになるだろ。俺をこれ以上困らせるんじゃねぇよ」

 あれこれ理由を付けて、素直に「俺がお前にいて欲しい」と言えない。こんなんだから、馬鹿な被害妄想をやめられなかったんだ。

「本当ですかぁ? 噓吐いたら、ハリセンボン食べさせますよぉ?」

「嘘じゃねぇよ。いいから、ここにいろ」

「ワオッ! ありがとうでぇす! やっと仲直り出来ましたぁ! これで親友になれまぁす!」

 ……許婚から親友かよ。まぁ、いいか。
 ちょっとガッカリだけど、コイツが喜んでいるならそれでいい。ルイーズは俺の両手を握ると、嬉しそうに手をブンブン振っている。やっぱり笑った顔の方が可愛い。

 ♢

「イツキ、起きてくださぁい! 私、方向音痴だから、イツキが連れて行ってくれないと学校に遅刻してしまいまぁす!」

 まだ七時なのに、制服を着たルイーズが俺の部屋に入ってきた。学校まで歩いて二十分ぐらいだから、まだまだ寝かせて欲しいのに、ユサユサと身体を揺らして起こそうとする。

「んんっ、同じ制服を着ている奴に付いて行けばいいだろう?」

「ノーでぇす。そんなんじゃ許婚ポイントあげられないでぇす」

「何だよ、それ?」

 うるさいのでベッドから起きると、床に座っているルイーズが自信満々でノートを見せてきた。
 ノートには『レベル1 キス 10ポイント』と書かれている。レベル5まであるけど、『レベル2 ? 20ポイント』とレベル1しか内容が分からない。

「イツキが私に優してくれたら、ポイントあげまぁす。昨日、仲直りしたから特別に5ポイントでぇす! あと5ポイント獲得でキス出来まぁす!」

「なっ⁉︎ お、お前、そういう冗談は……!」

 俺の目の前で目を閉じると、ルイーズは一瞬キス顔をしてから、素早く目を開けて微笑んだ。ほんのりと頬が赤くなっている。冗談だとしても心臓に悪い。男が本気なったらポイントなんて関係ない。

「フフッ。冗談なのかはポイント貯めれば分かりまぁす。学校に送ってくれたら、1ポイントでぇす! あっははは。頑張ってくださぁい!」

「あっ、待てよ!」

 ドキドキしながら、キチンと叱ろうとしたら、ルイーズは素早く立ち上がって部屋から逃げていった。

「はぁぁ、これだから外人は……往復で2ポイントだよな? まったく、何回キスするつもりなんだよ」

 迷惑なアイツにため息を吐き出すとベッドから降りた。早く支度しないと方向音痴が一人で学校に行きそうだ。母さんにも仲良くしろと言われてるし、仕方ないから一年間だけ付き合ってやるか。

【終わり】
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