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第1話 ミルクと妖精

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「さあ、夢の世界に出発するわよ!」
「僕に出来るかな?」
「大丈夫、平気よ! 私に任せなさい!」
「う、うん……」

 お昼過ぎの町中。僕と同い歳ぐらいの男の子が不安そうな顔で、元気な妖精の女の子と歩いている。
 美しい妖精の女の子は、金色の長い髪に白い布を身体に纏って、緑色に輝く蝶の羽で飛んでいる。
 妖精は子供の肩に乗るぐらいの大きさなので、子供が小さな小鳥を追い掛けているように見える。

「いいなぁー、よし! 僕も頑張らないと他の人に妖精を取られちゃうぞ!」

 買って来たばかりのミルクの入った瓶をしっかりと持ってやる気を出すと、赤煉瓦の石畳を家に向かって走っていく。他にも町中には妖精を連れている子供が結構いる。
 僕も早く妖精と契約しないと、町にやって来た妖精が全員契約されてしまう。

 この国では、10歳になった子供は家の窓にミルクを置く習慣がある。
 そうする事で夜に妖精がミルクを飲みにやって来る。
 そして、妖精と契約する事で『夢界むかい』と呼ばれる妖精の世界に行く事が出来る。
 でも、契約は期間限定で、早い人は13歳には大人になって夢界に行けなくなるらしい。

「ただいまぁー。お母さん、ミルクを買って来たよ」

 白い家の黄色に塗られた木扉をガチャと開けて家の中に入ると、お母さんに呼びかけた。
 すぐに家の奥から、白いセーターと薄黄色のスカートを着た、長い水色髪のお母さんがやって来た。

「おかえりなさい、カイル。リクソンさんの所のミルクを買えたの?」
「もちろんだよ! 美味しいミルクの方が妖精が来るからね!」

 お母さんに聞かれたので、一人分の小さな瓶に入っているミルクを見せてあげた。
 リクソンさんの所のミルクは町で一番美味しいと評判だ。
 このミルクを使えば、必ず妖精と契約できると言われている。
 
「そう、それは良かったわね。でも、今日の主役はあなたなのよ。お誕生日おめでとう、カイル。もう少しでケーキが出来るから待っててね」
「うん、分かった。ありがとう、お母さん。僕、部屋で夜の準備してるね」
「ふっふふ。そんなに簡単に妖精とは契約できないのよ。まだまだ大人になるまで時間があるんだから、ゆっくり頑張りなさい」
「もぉー、そのぐらい分かっているよぉー。でも、誕生日が一番妖精が来るらしいから頑張らないと」
「はいはい、程々にね」

 お母さんは無理だと笑っているけど、妖精の寿命はとても長い。
 お爺ちゃんが子供だった時に契約していた妖精とお母さんも契約している。
 だから、代々妖精は家族の誰かと契約した事のある妖精と契約する事が多い。
 だから、僕もお母さんと同じ妖精と契約できると期待している。
 
 でも、逆に契約した妖精と相性が悪かったりすると、二度と家族の誰とも契約してくれなくなる。
 僕の家の妖精はコロコロ変わったり、たまに数世代前の妖精がやって来る事が多いらしい。
 そして、優秀な妖精は優秀な家系に受け継がれる事が多い。

「窓の所に置いておけばいいんだよね?」

 自分の部屋に行くと、コトンと家の中の窓枠にミルクの瓶を置いた。
 家の外の窓枠に置いておくと、妖精が契約もせずに勝手に飲んでいくそうだ。
 家の中に置いておけば、夜にやって来た妖精が窓ガラスを叩いて教えてくれる。
 でも、ミルクを飲んで美味しくなければ契約してくれない。ミルク選びはとても重要だ。

「さてと、ケーキを食べに行かないと」

 空のリュックに飲み水が入った瓶やクッキーなどを入れ終わった。
 旅の準備が終わったので、ケーキを食べに台所に向かった。
 誕生日の料理を食べたら、あとはベッドの中で夜まで妖精を待つ事にしよう。

 ♢

 その日の夜。興奮して眠れずにいると、コンコンと窓を叩く小さな音が聞こえてきた。

「んっ……?」

 ……やったぁー! 妖精さんが来たぞ!
 ベッドから飛び起きたい気持ちを抑えて、妖精を驚かさないようにゆっくりと寝返りを打った。
 カーテンの開いている窓を見ると、妖精の姿は暗くて見えないけど、コンコンと窓を叩く音が確かに聞こえる。
 これで町の誰かのイタズラだったら、凄く怒ると思う。

「誰? 妖精さんなの?」
「そうだよ。妖精さんだよ」

 起き上がって、ベッドから窓に呼びかける。
 可愛らしい声が返ってきたので、ベッドから立ち上がって、窓の方に歩いていく。
 でも、窓の外には妖精はいなかった。いたのは大人の人間だった。

「……お兄さん、誰?」

 まずは怒らずに、見た事のない知らないお兄さんを警戒しながら冷静に聞いた。
 お兄さんは年齢18歳ぐらいで、白い肌に黒髪のサラサラショートヘアに真っ赤な瞳。
 長袖白シャツ、茶色い皮ベストに金の刺繍、黒革ズボンに茶色ブーツを履いている。
 背中に羽が生えてないから、どう見ても妖精じゃない。

「妖精だよ。契約してあげるから窓を開けてよ」
「お兄さん、子供だと思って甘く見てるでしょう? 僕のお父さん、凄く強いんだから早く逃げた方がいいよ」
「あっははは! 妖精に嘘は通用しないよ。家にはお母さんと君しかいないのは知っているんだから」
「にゃ⁉︎」

 ……ど、どうしよう⁉︎ この泥棒、キチンと下調べしている!
 僕の嘘にお兄さんはニヤリと笑って言った。
 お父さんは僕が小さい頃にいなくなって、今はお母さんと二人暮らしだ。
 窓を開けて家の中に入られたら、何をされるか分からない。

「信じてくれよ。本物の妖精だよ。証拠を見せてやるよ。ほら、飛んでるよ、飛んでるよ」

 お兄さんが証拠を見せているけど、僕にはその場でジャンプしているようにしか見えない。
 それで騙される子供は町にはいない。

「お兄さん、悪い事は言わないから泥棒はやめた方がいいよ。若いんだから真面目に働いた方がいいよ」
「本当だよ。嘘だと思うなら、美人のお母さんを呼んでみなよ。本当だと分かるから」
「うっ……お母さん! お母さん! ちょっと来て!」

 泥棒の言う事は信用できないけど、このままだと窓を壊されてしまうかもしれない。
 お母さんを大声で呼んだ。お母さんにどうしたらいいか決めてもらう。
 大声で呼んで、しばらく窓を睨んで待っていると足音が聞こえてきた。

「カイル、どうしたの? 妖精が来たの?」
「違うよ。ほら、窓の外に泥棒のお兄さんがいるんだよ。どうすればいいの?」

 扉を開けて部屋に入ってきたお母さんに、窓を指差して急いで教えた。

「泥棒? どこに?」
「ほら、窓の外に黒髪のお兄さんがいるでしょう!」
「……誰もいないわよ。きっと怖い夢でも見たのね。大丈夫よ、泥棒なんていないから。お母さんが今日は隣で寝てあげるから安心して寝なさい」
「えっ! そんな……」

 でも、お母さんには窓ガラスの向こう側で笑っている泥棒が見えていないみたいだ。
 それどころか、僕が怖い夢を見たと思って優しく抱き締めてくる。

「だから言っただろう。妖精だって。やっぱり美人のお母さんだな。お母さんのオッパイミルクを飲ませてくれたら契約してもいいぜ」
「……うん、怖い夢を見たみたい。今日はお母さんと寝ようかな?」

 エッチな事を言ってきたけど、お母さんには変態妖精の声は聞こえないみたいだ。
 泥棒じゃないみたいだけど、まともな妖精でもないみたいだ。こんな妖精とは契約したくない。

「そうしなさい。カイルのベッドだと小さいからお母さんの部屋に行きましょうね」
「うん、そうする。ちょっと待っててね……」

 お母さんの部屋に行く前に、カーテンをキチンと閉めてミルクの瓶を床に置いた。

「おい、何してるんだ? 窓を開けないと契約しないぞ。俺は凄い妖精なんだぞ」
「今日は風が強いみたいだね。やっぱりそう簡単に妖精は来ないみたい」

 窓をガンガン叩く音と怒鳴り声が聞こえるけど、無視して誤魔化した。

「だから言ったでしょう。ゆっくり妖精が来るまで待たないと」
「おい。オッパイミルクが駄目なら、酒でもいいぞ。後悔しても知らないからな」
 
 お母さんの言う通り、ゆっくり良い妖精を探した方がいいみたいだ。
 あんなハズレ妖精とは誰も契約したくない。
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