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前半

第46話

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 謁見の間に呼び出されたララノアの前には、国王と王妃、尻を負傷したブレイズがいました。どうやら、よく見ると尻以外にも負傷している所が多数あります。王子に逃げられた罰として、国王に暴行されたのでしょう。

「ララノアよ。夜分遅くに呼び出して、すまない。呼び出された理由は分かるか?」
「誘拐されたジェラルド様の事でしょうか?」

 ララノアの即答に国王は笑みを浮かべました。けれども、事実は誘拐ではありません。

「くっくっく。そうだ。いや、実際には誘拐とは少し違うかもしれないな。王子はアリエルという娘と駆け落ちしようと計画していた。それが良い方向に失敗したというところだ。まあ、王子にとってだがな」
「そんなぁ…ジェラルド様は私との結婚をどうするつもりなんですの……」

 周囲の沈んだ気持ちとは対照的に、国王の表情は実に愉快だと物語っています。力も意思も人望も弱く低いと思っていた息子が、運を味方につけて牢獄から女を連れて逃げ出したのです。どこまで逃げ切れるのか楽しみなのです。

「ララノアよ。ジェラルドと結婚したければ捜索隊に加わる事だ。森や山に逃げられれば結婚の儀までは簡単に逃げ切れるだろう。おそらくはジェラルドの狙いはそこだ。私ならそうする」
「どういう事なんですか、国王様?」
「なに、可能性の一つだ。結婚の儀の参列者は各国から既に集まっている。今更、延期や中止にする訳にはいかない。そんな事をすれば、国の恥だ。延期できるとしても、2日が限度だ。『城に戻って、ララノアと結婚する』という条件で、いくつか無理な要求をする事も出来るだろう。ジェラルドがそう考えてもおかしくないという事だ」

 国王は自分が王子ならば、どう動くか考えたようです。アリエルの身の安全の保証に加えて、あわよくば側室の座も狙っているかもしれません。隣国の国賓の前で大恥をかきたくないのならば、息子の我儘を聞けと脅迫しているのです。

「でも、私にはジェラルド様がそのような事をするとは思えません。もっと正々堂々と戦う方です」
「そうかもしれないな。あくまでも私が王子ならば、そうすると思っただけだ。金も少なくない額、持ち出してもいる。もしかすると田舎まで逃げて、二人で暮らすのかもしれないな…」

 残念ながら、国王の本命の予想はハズレです。こっちが正解です。王子は城に戻るつもりはありません。戻れば叱られ殴られるだけです。アリエルと田舎で三人の子供達に囲まれて幸せに暮らす予定です。でも、そんな身勝手な事を王妃が許すはずがありません。我慢できずに口を出してきました。

「あなた! ジェラルドが戻って来るのなら平民の側室ぐらい、いいじゃないですか! 王国全ての町や村に、今すぐに許すという御触れを書いて送ってください!」
「王妃よ。それは駄目だと言ったはずだ。あれは人間ではない。平民の女なら許す。だが、得体の知れない者と王家の血を混ぜる事は許さん。お前は国を滅ぼす化け物の孫をその手に抱きたいと思うのか?」

 国王の隣に立つ金髪の女が喚き散らします。ジェラルドの母親です。自分の息子が負傷して行方不明になっているのです。
 今頃は痛みで苦しんでいるかもしれない。お腹を減らして城に帰りたいと泣いているかもしれない。最悪の場合、責任を感じて自ら命を断とうとしているかもしれないのです。
 そんな息子の命の危機にのんびり話していられません。国王の前に父親らしい姿を見せて欲しいのです。

「それは産まれてきた子供を見てから決めればいい事です! それに側室の子ならば、死産として処理すればいいではないですか!」
「お前は自分の立場を守りたいだけだろう! 王妃だというのならば、国の将来を考えて発言せよ! この馬鹿者…くっ!」

 自分の子供ならば大切にして、他の子供ならば殺せばいいなんて王妃が言っていい言葉ではありません。
 思わず国王は玉座から立ち上がり、王妃の顔を引っ叩こうと右手を上げてしまいました。けれども、各国の国賓が来るのに王妃の顔に傷がついていては良からぬ噂が立ちます。我慢して右手を下ろしました。
 国王は女子供だからといって一切容赦はしません。己の妻にも平気で手を上げます。でも、しっかりと立場を考えて我慢も出来るのです。

「何よ! 殴りたいなら殴りなさいよ! そうやって、いつも暴力で解決しようとして、あの子の話をちっとも聞かないから逃げ出したのよ! あんたの所為なんだから、こんな所に座ってないで、さっさと外に探しに行きなさい!」
「ふん!」
「かっふぅ!」

 流石に我慢の限界だったようです。国王は強烈な右ボディーを炸裂させて、王妃を力尽くで黙らさせました。これ以上の王妃の発言は捜索の邪魔にしかなりません。使用人達を呼んで自室に退場してもらいました。

「ふぅ、ふぅ、王妃の話をまともに聞く必要はない。あやつはジェラルドが居なくなって、正常な判断が出来ずに錯乱していた。さて、私は王子の要求を飲むつもりはない。あの女を捨てれば城に戻る事は許すつもりだ。だが、あの女は必ず処刑する。殺さなければ、ジェラルドが同じ事を繰り返すだけだ」

 興奮して女性に手を上げる国王も正常とは言えませんが、余計な事を言って、力尽くで黙らされるのは嫌です。ララノアはそこは見て見ぬ振りをしました。

「何も殺さなくても、国外に追放するだけでもいいのではないですか? 何なら辺境の村で暮らさせてもいいはずです。殺すなんて、そんな事しなくても……」

 アリエルが何の罪も犯していないとはもう言えませんが、処刑する程の罪は犯していません。無理は承知で何とか刑を軽くしてくれるように、ララノアは国王にお願いしました。

「本当にそう思うか? 国外に生きていると分かっているのなら、人を使って探そうとするだろう。王子の座を捨ててまで、助けに行った女だ。それぐらいはする。ジェラルドにはもうチャンスはやった。あの女への愛を捨てれば、牢獄での幽閉で済ませてやると忠告しておいた。それがこの答えだ。王子の心はもう、あの女のものだ」
「では、私はどうすればいいのですか? 捜索隊に加わって何をすればいいのですか? 教えてください」

 ララノアには自分を愛していない王子を捕まえて、何をすればいいのか分かりません。
 目の前でアリエルを殺せばいいのでしょうか。そんな事をすれば、愛されるどころか一生恨まれます。永遠の愛が得られないのならば、永遠の憎悪を手に入れればいいのでしょうか。一生、王子の憎しみを王太子妃として、王妃として受け続け、いつかは憎しみが愛に変わる時を待てと言うのでしょうか。

「複雑に考える必要はない。簡単な話だ。王子と結婚したければ、ここに連れて来ればいい。王子とあの女の幸せを願うのならば手伝えばいい。だが、時間はない。結婚の儀までは残り36時間。それまでにジェラルドが城に戻らない場合は、第二王子のルチアーノとブルボン公爵家のティエラとの結婚の儀を始める」

 今回の結婚の儀は、第一王子の結婚だと大々的に各国に知らせています。事実上の次期国王と王妃のお披露目会のような意味があります。つまり、それが第二王子になるという事は第二王子を次期国王にすると宣言しているようなものです。

「それは私達の結婚を延期するという意味でしょうか?」
「それは違う。延期でも中止でもない。白紙にするという事だ。全てを最初から無かった事にする。王子は追われる人生を、お前は他の者と幸せな家庭を作ればいい。このまま、王子との人生に囚われ続けるか。それとも、王子に囚われた人生から自由になるか。ララノアよ。好きな方を選びなさい」

 国王のこの残酷な選択は選択肢のない選択です。王子が見つからない前提で全てを決めています。残り36時間以内に何処にいるかも分からない王子を見つけるなんて、不可能です。

 
 
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