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第17話 騎士団張り込みと馬の用意

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「せっかく料理を用意したのに無駄になったな」

 用意したのは清で、お前じゃない。
 カイルと清は騎士団の出入り口が見える場所で、クレアが出てくるのを見張っている。
 昼ご飯に用意した日本料理は、野盗狩りが終わった後の祝勝会に使えるはずた。
 死んでしまった場合は使えないが、張り込み中の刑事の餡パン代わりにはなる。

「もぐもぐ……美味いな、これ。なんて言う料理なんだ?」
「や、焼きそばなんだな。か、辛子マヨネーズたっぷりなんだな」
「ヤキソバねぇー。聞いた事がねえな」

 カイルは丸い紙皿に乗せられた焼きそばが気に入ったようだ。
 具材は豚肉、イカ、エビ、キャベツに、青ノリとカツオ節を振りかけている。
 トドメに辛子マヨネーズをたっぷりかければ、濃厚な味が口一杯に広がる。

「さてと、腹ごなしは十分だな。キヨシ、今のうちに馬を描いておけ。足で馬を追いかけるのは無理だからな」

 空になった紙皿と割り箸を清に渡すと、カイルは次に用意するものを言った。
 相変わらず清使いが荒いが、清にも用意できないものがある。

「で、出来ないんだな。い、生き物と大きなものは出せないんだな」
「生もの出せんだから、生き物も出せんだよ。スケッチブックが小さいなら、その辺の家の壁を使えばいいだろ。ちょっとは頭使えよ」
「わ、分かったんだな。や、やってみるんだな」

 殴ってもいい、酷い言われようだが、清は言われた通りにするようだ。
 色鉛筆では外壁に絵は描けないので、まずは描く物が必要だ。
 ペンキとクレヨンがあるが、ペンキならば広範囲を素早く描ける。
 クレヨンならば細かな部分まで描けそうだ。

 だが、実物大の馬がそう簡単に描けるわけがない。どう考えても時間がかかる。
 清は言われた通りに頭を使って考えた。「て、適当に描くだな」と決めた。
 用意するのは黒ペンキとデカイ刷毛はけだけで十分だ。

「い、意外と描けるんだな。で、でも、落書きは犯罪なんだな。み、見つかったら怒られるんだな」

 人目につかない場所を見つけると、知らない人の家に黒いペンキを塗りたくっていく。
 黒一色だが中国の水墨画のような荒々しい馬が見えてきた。
 適当に描いてもそれでも画家だ。慣れないペンキでもそれなりの馬を完成させた。

「で、出来たんだな。と、取り出してみるんだな」

 ペンキ塗り立て注意だが、清は構わずに外壁に描いた黒馬に触れてみた。
 清の両手が水の中に入るように、外壁の中に静かに入っていく。

「さ、触れるんだな。だ、だったら、は、入ってみるんだな」

 黒馬の感触があるが引き摺り出すのは無理だ。逆に引き摺り込まれそうだ。
 清は目を閉じて外壁に静かに入った。
「ブルルル!」と清が絵の世界に入ると、馬の鳴き声が聞こえた。
 真っ白な世界に黒馬は目立つ。すぐに見つける事が出来た。
 飼い主というか、創造主の清に黒馬がゆっくり近づいてくる。

「ま、マズイんだな。う、馬に乗れないんだな」

 問題ない。乗れなくても恥ずかしい事じゃない。
 日本人のほとんどが車とバイクに乗った事はあるが、馬に乗った事はない。
 バイクや自転車の二人乗りのように、カイルの後ろに二人乗りすればいいだけだ。
 馬を用意しろと言ったんだから、きっと乗れるはずだ。

「よ、よーし、いい子なんだな……ぐぅ、ぐぅ、の、乗れないんだな」

 黒馬の背を優しく撫でると、清は試しに馬の背に飛び乗ろうとした。
 跳び箱のように馬の背によじ登ろうとするが、どう見ても運動神経が悪い。
 あと60センチ高く跳ばないと、自力で馬に跨がるのは一生無理だ。

「く、くらを描き忘れんだな。だ、だから登れないんだな。う、うっかりなんだな」

 登れない理由はそれじゃない。
 清は記憶の中から馬の背中に乗せる座席——鞍を思い出した。
 スケッチブックにサラサラと描いていく。

 そんな物を描く暇があるのなら、脚立でも描いた方がいいが、乗れない理由は鞍だ。
 身長が低いのと、運動神経が悪いわけじゃない。そこは認める訳にはいかない。

「で、出来たんだな。つ、付け方は分からないから、お、お任せなんだな」

 完成した鞍はスケッチブックの中に保留だ。
 付け方ならカイルが知っているだろうから、清はお任せすると決めた。

「じ、時間があるから、か、影武者が描けるかやってみるんだな」

 注文の絵が出来たから休憩できるが、清はまだ絵を描くつもりのようだ。
 スケッチブックをめくると、黒鉛筆で人の輪郭を描き始めた。

 影武者という事は自画像を描いて、偽清にカイルの相手をさせている間に逃げるのだろう。
 いい作戦だが、影武者の顔と体型が別人に見えるのは気の所為だろうか。
 明らかに筋肉質なイケメンに見える。

 麦わら帽子に白いランニングシャツ、薄茶色の半ズボン、黒い鼻緒の下駄までは一緒だ。
 服以外は描き直した方がいいが、清には自分の姿がこう見えるのだろう。
 だったら仕方ない。最後に腰に剣を描いたら完成だ。

「お、描き終わっているな。おーい、キヨシ。どこにいる? 動きがあったぞ。早く来い」

 イケメン自画像を描いている途中だが、黒馬が描かれた外壁の前にカイルがやって来た。
 黒馬は見えるのに、どうやら外壁の中にいる清は見えないようだ。
 
「……み、見えないみたいなんだな。か、隠れていれば見つからないんだな」
「あの野朗逃げたんじゃないだろうな? 自画像なんて描いて遊びやがって!」

 ドカァ!とカイルが外壁に見える清の自画像を蹴りつけた。
 その瞬間、絵の中の清が「ふぐっ‼︎」と呻いてうずくまった。
 絵の中に入っていても見えるし、ダメージもあるようだ。
 早く出ないと連続蹴りを食らわされる危険がある。

「あの野朗、一人で美味いもんでも食ってんじゃねえのか? 紐でも首に付けておかないと油断できねえな。おーい、キヨシ。どこだ!」
「……い、痛いんだな。み、みぞおちなんだな」

 急所を蹴り込まれたから、「ここなんだな」と清は返事が出来なかった。
 カイルが外壁から去っていく。このまま隠れていたいが、次は魔法剣で斬られそうだ。
 痛みが和らいだので、清はスケッチブックをめくって、何も描いていない白紙を黒馬に向けた。

 別のスケッチブックに描いた物を、別のスケッチブックの中に移動させる事が出来る。
 外壁に描いた黒馬を、スケッチブックの中に移動させる事が出来るかもしれない。

「こ、こっちなんだな。は、入るんだな」

 スケッチブックが小さいから無理だろうとツッコミたいが、黒馬が「ブルルル」と鳴いて向かって来た。
 黒馬にかれる清しか想像できないが、黒馬は清が両手で構えるスケッチブックの中に吸い込まれた。
 スケッチブックの中の黒馬は縮小されている。大きさは自動調整されるようだ。

「は、早く外に出るんだな。け、蹴られると痛いんだな」

 スケッチブックを閉じると、清はリュックサックの中に急いで詰め込んだ。
 絵の中に忘れ物がないか確認して、外壁の中から急いで飛び出した。
 これで蹴られる心配はしなくていい。
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