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第45話 強制リンチ命令

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「ぐがああっっ!」
『ふっふっふっ。口程にもないなぁ~』

 バイアスの機体がミアの機体に掴まれて、地面に叩きつけられた。
 機体の頭部は地面に転がり、背中の羽根は曲げられ、左手の砲口は叩き潰されている。
 損傷した機体では、最早勝ち負けを決める要因は戦闘技術ではなかった。
 目の前の戦いが、ヌイグルミ対着ぐるみにしか見えない。

『にゃはははははは!』
「ほぼサンドバッグだな」
『何、ボサッと見ているのよ。仕事しなさいよ』

 勝ち負けの決まっている戦いを観戦していると、不機嫌そうなケイトがやって来た。
 右手にメタルスライムの球体、左手に白魔石を三個握っている。
 頭の上には草の茂みを探した勲章の草達が乗っている。

「ケイト……」

 娘の無事を素直に喜びたい。喜びたいけど、やっていい事と悪い事がある。
 戦闘機の装甲を開いて降りると、ズカズカとケイトに近づいて行く。
 そして、ケイトの左頬をパァンと右手でビンタした。

「くうっ! いきなり何すんのよ!」
「嘘でもやっていい事と悪い事がある。親の前で死んだ振りなんて二度とするな‼︎ 分かったな‼︎」

 頬を打たれて怒ったケイトが睨みつけてくる。
 負けじと私は声を荒げて言ってやった。
 悪い事をしたら、キチンと叱る。それが親の仕事だ。

「はぁ~っ? 巫山戯んな、この豚野郎‼︎」

 でも、親の愛情が子供に伝わるかは別問題だった。
 打たれた左頬を痙攣らせながら、ケイトが渾身の右ストレートを腹のド真ん中に叩き込んできた。

「ぐぼおおおおおお‼︎ おおっ、おおっ、おごっうっっ……!」

 臓器の位置は小腸か大腸か知らないが、背中から飛び出して行ったかもしれない。
 私は地面に跪いて倒れると、お口からボタボタと涎を垂れ流していく。
 その私の頭をケイトが片手で掴むと、力尽くで地面の涎に顔を擦り付けていく。
 子供が親に手を上げるなんて、許されると思うなよ。

「がぐっ! あぐぅぅぅ、うぅぅゔうぅっっ」
「私がいつ死んだ振りしたのよ? あんたが娘の腕と男の腕を見間違えただけでしょうが! この豚が!」
「ほがぁあ!」

 頭を掴んでいた手を離したと思ったら、腹を蹴り上げられた。
 横倒しになって苦しむ私に、ケイトは更に蹴りを繰り出していく。

「あぐっつ! す、すみません、仰る通りです」
「あんたの所為で車は壊れるし、戦闘機の魔石は壊れていたし、最悪よ!」
「おぐっつ! 本当に申し訳ありません‼︎」

 怒りを打つけるように、また腹を蹴られた。
 どちらも私の責任じゃないと言いたい。
 でも、アムロの戦闘機を至近距離で破壊したのは事実だ。
 それだけで、全ての損失と失敗を私の所為にするには、ケイトには十分な理由だ。

「まあいいわ。残りは分割払いにするから」
「ごほぉ、ごほぉ、有り難き幸せです」
「ミア、時間が勿体ないから白黒の装甲を剥ぎ取って、中身を引き摺り出して」
『はぁ~い』

 私を叱るのは終わったらしい。キチンと叱られずに助かった。
 今はケイトの怒りの矛先は、私からバイアスに向かっている。
 ケイトの指示を聞いて、ミアが戦闘機の左右の肩を掴んで、胴体を縦に引き裂いていく。

「やめろ! 俺に触れるな!」
『もぉー、面倒くさいなぁー』

 機体の裂け目から現れたバイアスが、ミアの機体に引き摺り出されていく。
 失った右手首以外に目立った外傷はないようだ。元気に暴れている。

「ほら、ジジイ。まずはあの白黒の機体に嵌まっている魔石を回収しなさい。炎の魔石が壊れていたら、あんたも殺すわよ」
「ごほぉ、ごほぉ、はい、すぐに……」

 殺す、殺すって、仲間だよな? 
 主人の気分次第で殴る蹴るの奴隷扱いだ。
 いや、むしろ私と奴隷がいたら、奴隷の方が普通に扱われそうだ。
 それでも、取りに行かないと何をされるか容易に分かる。
 素直に返事をして、バイアスが引き摺り出させた機体の背中を探してみた。
 炎の魔石が二個、白魔石が一個嵌め込まれていた。

 三十万ドルの炎の魔石が二つとは、かなりの高額報酬だ。

「さて、リターンマッチ(復讐戦)よ。私に勝てば逃してあげる。負ければ、その先は考えなくていいわよ」
「ハァ、ハァ……俺に手を出せば、二百人以上いるWBのメンバーが、お前達を殺しに行くぞ」
「わぁ~、凄い凄い! で? 言いたい事はそれで全部なの?」

 機体から三つの魔石を手早く回収すると、ケイトとバイアスの一騎討ちを見た。
 どちらも武器を持たずに素手で決着をつけるようだ。
 右腕を負傷しているバイアスが不利な状態だけど、戦闘技術はバイアスが上だろう。
 きっと良い勝負をするはずだ。

 バイアスがアビリティリングを取り上げられていなかったら……。

「ハッ、ハッ、ヤァッ!」
「うぐっ、がはっ、ごふっつ!」

 白魔石を付けたケイトが多少の手加減を加えて、バイアスを殴っていく。
 顔面を右パンチ、左パンチ。
 右肩を左手で掴んで、腹にめり込ませるような強烈な右パンチ。
 バイアスの身体が殴られた衝撃で跳ね上がる。

「死ぬのは、まだ早いわよ。私が味わった痛みを全然伝えきれてないんだから」

 バイアスはケイトに左腕を掴まれて、両手で捻じ曲げられていく。
 痛みに我慢して抵抗しているものの、意思とは違い、骨は折れる。

「ぐぅがが、ががが、あぐっあああ~~~‼︎」

 ボキィ‼︎ 骨の折れる鈍い音が聞こえると、同時に苦痛の叫び声が上がった。

「ほら、ジジイ。何、黙って見ているのよ。二対一よ。あんたもやられたんだから、殴りなさい」
「えっ……」

 ケイトが人差し指を来い来いと曲げて、私を呼んでいる。
 このイジメなのか、リンチなのか分からない悪辣卑劣な行為に加われと言っている。
 まともな精神と心を持っている人間が参加する訳ないだろう。

「ほら、早くしないとコイツの増援が来るでしょう。さっさと五発殴りなさい」
「いや、でも……」
「ああ、そういう事。そういう事なんだ。じゃあ、腕のリングを外して戦いなさいよ」
「えっ?」

 私は一歩も動かず顔をしかめて、やりたくない雰囲気を頑張って出していた。
 でも、バイアスを殴りまくって、上機嫌だったケイトが明らかに不機嫌になった。

「コイツの事を可哀想だとか思ったんでしょう? だったら、二人で殺し合いをさせてあげる。勝った方が生き残れる。それなら文句ないでしょう」
「いや、ちょっと、待って……」

 ケイトが不機嫌な顔のまま近づいて来て、私のアビリティリングを外そうとしている。
 ヤバイ。この娘は本気でやらせる。そして、バイアスが勝っても絶対に助けない。
 そういう人間なのは分かっている。
 私はイジメを黙って見ている側から、やる側になるしかなかった。

「やるから! やるから待て!」
「だったら、さっさとやりなさいよ」

 アビリティリングを取り上げられる前に、バイアスに向かっていった。
 対戦相手は両腕が使えずに、殴られまくって立っているのも辛そうだ。
 アビリティリング有りなら、絶対に負けるような相手じゃない。

「いい、苦しめて苦しめて倒すのよ! 一撃で倒すとか巫山戯た真似したら、ミアと戦ってもらうから!」

 外野が超うるさい。キレやすいにも限度がある。
 こっちは人を殺すの大好き人間達と違って、一般人だ。
 私の仕事はお客様を笑顔にする仕事だったんだ。
 苦しんでいる人の顔をおかずに、食欲が進むような変態と一緒にするな。
 
「ごぼぉ、お前と違って、お前の娘はイカれてる。俺を殺して満足か? 俺を殺せば、全員地獄行きだ。覚悟しろ。お前の家族や親戚は全員皆殺し。女は犯され、子供も赤ん坊も関係——」
「フンッ‼︎」
「ぐぅばあ!」

 聞くに耐えない汚い言葉を吐くしか出来ない口に鉄拳を喰らわせた。

「黙れ」
「ふっ、ふふ、娘の方がパンチ力は上だな。もしかして、ジジイじゃなくて、ババアだったのか?」

 私は何か勘違いしていたようだ。
 相手は両腕が使えなくても、言葉の暴力を振い続けている。
 相手に戦う意思が残っているのならば、その意思を拳でへし折る。
 それが礼儀だ。

「へぶぶっ!」

 パパァン! 顔面に向かっての左右の軽いパンチ。

「がばばばばばばばはつ!」

 ドフフフフフフフフフッ‼︎ 鍛え上げられた腹筋目掛けて、二十発近くの拳の連打。

「ごべええっ‼︎ ぐがあああ!」

 グシャ‼︎ 灰色の髪を右手で鷲掴みして、顔面に左膝蹴り——
 からの地面に叩きつけて顔面強打。バキィ‼︎

「この馬鹿!」
「ごぶっ!」
 
 からの、突然の背後からのケイトの飛び蹴りによる頭部への奇襲攻撃。
 バイアスの髪から右手が離れて、地面にうつ伏せに倒された。

「だ・れ・が、殺せって言った! このクソジジイが! 死ね死ね死ね!」
「ごふっ、ごぶっ、ごふぅっ! も、も、申し訳ありません!」

 無理矢理に仰向けにされて馬乗りになられると、顔面を両拳で強打されていく。
 殴られながらも謝り続ける。かなりやり過ぎてしまった。
 地面には首が背中に曲がっているバイアスが横たわっていた。

『ケイト、そろそろやめないと死んじゃうよ。荷物持ちが減ると稼ぎが減っちゃうよ』
「はぁ、はぁ、そうね。確かにメタルスライムの金属が大量にあるから困るわね」
「うぐっ、ごほ、ごほ……」

 パトリの警告に馬乗りになっていたケイトが立ち上がって、身体から退いていく。
 私は咳き込みながらも座り込んで、気持ちを落ち着かせていく。
 あまりにも私の利用価値が低過ぎる。

『ギル、トレーラー運転出来るよね? メタルスライムの金属をそれに全部積むから、ここまで運転して来て』

 出来るとは、まだ言ってない。
 営業マンが大型トレーラーを運転できる訳ない。
 でも、やらなきゃいけない時がある。
 さっき、それを学んだばかりだ。
 答えは当然、出来ますしか言えなかった。
 
 ♢
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