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第30話 ボス対ボス対真ボス

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「待たせたな。こちらがボスのケイト。そして、私の娘だ。傷モノにしたら、お前の命で責任を取ってもら——」
「邪魔よ、ジジイ」
「おふっ!」

 バイアスに向かって、ボスの紹介をしていたら、ドガッと後ろから腰を足蹴りされた。
 せっかく、相手をビビらせている最中なのに台無しになった。
 痛がっている私を無視して、ケイトはズカズカとバイアスに向かっていく。
 そんなケイトに向かって、バイアスが声をかけてきた。

「随分と可愛らしいボスだな。父親とお友達とピクニックにでも行くつもりか?」
「そっちこそ、こんな大人数引き連れないと、怖くてジジイ一人も襲えないの? とんだ腰抜け集団ね」
「偶然、廃都に行く途中で見かけたから声をかけただけだ。それに仲間が轢き逃げに遭ったんだ。止めない訳には行かない」
「言っておくけど、轢き逃げしたのはジジイよ。私じゃないから」
「だったらジジイは後で轢き殺すとしよう」

 流石は私の娘だ。ヤバそうな相手にも全然ビビってない。
 お陰で一部を除いて、皆んなの注目が、私からケイトに向いている。
 あとは白黒決着をつけるのみだ。まあ、ケイトが負けるのは決まっている。
 私がやる事は、ケイトがやられる前に黒ネクタイを放り投げて、決闘を強制ストップさせる事だ。
「やめてくれ! もういいだろう!」と泣き叫びながら飛び出せば、やめてくれるだろう。
 そのぐらいの人間らしい優しさは持っているはずだ。

「私に勝ったらジジイは好きにしていいわよ。でも、仲間には手を出さないと約束しなさい。それが戦ってあげる条件よ」
「いいだろう。仲間には手を出さないと約束しよう」
「じゃあ、私も約束するわ。あんたをブッ倒しても、あんたの仲間には手を出さないであげる」
「好きにすればいい。約束はしたぞ。さっさと来い」
「じゃあ、遠慮なく。殺してあげる!」

 ボス同士の話は終わりのようだ。ケイトは鞘から剣を引き抜くと、鞘を投げ捨てた。
 ほぉっ……戦うようだ。このまま二人か、皆んなで私を暴行して一件落着かと思った。

「フッ! ハッ! ヤァッ!」

 ケイトは容赦なく両刃直剣の銀色の刃を振り回している。
 左肩を狙った右上から左下への斜め振り下ろし、喉を狙った高速の突き、胴体を狙った右から左への薙ぎ払い。
 その素早い連続攻撃をバイアスは、刃の先端から身体まで十センチ程の距離で避け続けている。
 当たりそうで当たらない。届きそうで届かない。そんな状況が続いている。

「むむむ! あの白黒、只者じゃないよ。相当、喧嘩慣れしているよ!」
「へぇー、そうなんだ」
 
 隣がうるさいので見てみると、興奮した猫娘が立っていた。
 そんな事は見れば分かる。ケイトは完全に遊ばれている。
 馬鹿正直な真っ直ぐな攻撃は、ほとんど条件反射で避けられている。
 身体能力、技術、対人戦闘経験、全てにおいて負けている。
 どう見ても勝つのは無理だ。

「このままだと、ケイトが負けちゃうね。ギルはどうしたらいいと思う?」

 猫に続いて、鳥も現れた。
 ケイトは剣を握る右腕を掴まれ、顔を殴られ、蹴り飛ばされている。
 おお、まだ立ち上がるか。しぶとい女だ。

「とりあえず、何もせずに、信じて見ていればいいと思うぞ」

 ソッとパトリが構えるライフルの銃身に手を置いて、下にゆっくりと下げた。
 ボスの頭をブチ抜けば、問題解決じゃない。むしろ、悪化して場外乱闘が始まってしまう。
 二人の気持ちは分かる。ケイトがやられる姿を見たくないのは分かる。

 でも、世の中、わざと負けないといけない時もあるんだ。
 お前達は知らないだろうが、ゴルフのド下手な社長に勝たせるのは至難の技なんだからな。
 わざとミスしているのがバレたら怒られるし、勝っても怒られる。
 それに引き換え、ケイトはどんなに頑張っても負けられるんだ。
 もの凄く幸せなんだからな。ほら、幸せがやって来たぞ。

 ドフッ‼︎  振り上げた剣を振り下ろす前に、バイアスの右拳がケイトの腹に叩き込まれた。
 軽く咳き込みつつ、ケイトは後退りしていく。

「うぅぅぅ、こほぉ、こほぉ」

 そろそろ決着がつきそうだ。
 私は黒ネクタイを外して、決闘を止める準備を始めた。
 涙の準備はまだ出来てないが、何とかなるだろう。

「根性は評価してやる。女としては頑張った方だ」
「まだ終わってない‼︎」

 近づいて来るバイアスの胸に向かって、ケイトは右手一本で剣を激しく突き出した。
 バイアスは左手で右手を振り払うと、そのままケイトの右手を左手で掴んだ。
 そのまま、グイッと左手を引っ張って、ケイトの態勢を前に崩して、右足で左足を払って身体を宙に浮かせた。
 完全に頭がガラ空きだ。

「ハァッ‼︎」

 ゴツ‼︎ バイアスの右手の甲がケイトの右耳に向かって、激しく叩きつけられた。
 
「あぐっ‼︎」

 ケイトの頭が激しく揺さぶられ、ガクッと両膝と一緒に頭が地面に向かって崩れた。
 それでも倒れなかった。倒れる事は許されなかった。
 右手をバイアスに持ち上げられ、倒れないように無理矢理に立たされている。

「う、ううっ、はぁ、はぁ……」

 ここからでも分かる。ケイトはほとんど意識がない。
 朦朧とした意識の中で、何とか立つ事だけに意識を集中している。
 もう戦う力は残っていない。

「もう終わりか?」
「うぐぐぐっ!」

 バイアスはケイトの髪を持ち上げて聞いている。
 苦しそうな呻き声が聞こえてきた。
 青く腫れ上がった顔、口端には血が滲んでいる。
 ブチ‼︎
 気づいたら、ネクタイを締め直して、二人に向かって歩いていた。

「おい。ちょっとやり過ぎなんじゃないのか?」
「それを決めるのは、あんたじゃない。邪魔するな」

 バイアスは近づいて来る私を軽く見ただけで、また視線をケイトに戻した。
 両手はケイトの腕と髪を掴んで持ち上げたまま、懐はガラ空き状態だ。
 まるで殴ってくれと言っているようだった。
 落ち着くように、ゆっくりと呼吸した後、全身全霊を込めた右拳を振り抜いた。

「ふぅ……それは無理だ‼︎」
「ぐっ!」

 ゴツ‼︎ 右拳がバイアスの右脇腹に直撃した。
 アビリティリングによって発生している見えない障壁が右拳を押し止める。
 それでも、直撃は直撃だ。そのまま続けて、左拳を背中に向かって振り抜いた。
 バイアスは素早くケイトから手を離すと、左拳が当たる前に回避した。

「何のつもりだ? 一対一の戦いを邪魔するなら、こっちも約束を破棄するぞ。仲間がどうなってもいいのか?」
「仲間は関係ない。勝負はあんたの勝ちだ。そして、ボスも言ってたはずだ。勝ったらジジイは好きにしていいと……パトリ! ミア! ケイトを車に運べ!」

 二人を呼ぶと倒れているケイトから剣を奪い取った。
 殴られる役はジジイ一人いれば十分だ。

「ほら、一対一でも、一対百でもいいから掛かって来い! 好きなだけ、暴行しろ! だが、これ以上、女に手を出すんじゃねぇぞ! ジジイが全員相手してやる! それでいいな‼︎」

 剣を振り上げ、全員に向かって宣戦布告した。
 そして、「うおおおおおおお!」と雄叫びを上げながら、バイアスに向かって突撃を開始した。
 ケイトが負けた瞬間に私のリンチは確定した。
 だが、無抵抗でリンチを受けるつもりはない。
 何人か道連れにしてやる。楽にリンチが出来ると思うなよ!

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