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第19話 伝説の飛び込み営業

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「伝説を超えてやる」

 作戦は決まった。狭い路地裏の中を逃げ回り、ティラノサウルスから姿を隠した。
 当然、すぐに見つかるし、建物に体当たりされて狭い通路が瓦礫に埋もれたら終わりだ。
 もしかすると、既に崩れている行き止まりの道に入ってしまうかもしれない。
 狭い路地裏にいつまでもいると、逃げ道がなくなるという危険がある。
 それでも、作戦の為に必要な物を手に入れないといけない。

「外したら、私の足も魔石も粉々だな」

 地面に灰色魔石が嵌った三角リングを置くと、両足でリングを踏んで固定した。
 あとはトリケラトプスの角を思いっきり振り下ろして、リングの端を破壊するだけだ。
 それで灰色魔石を使う事が出来る。

「やああああ‼︎」

 ガキィン‼︎ 両手で持った角を雄叫び上げて振り下ろした。
 三角リングの端っこが音を立てて砕けた。
 地面にしゃがみ込み、両手でリングを持って、グググググッと左右に引っ張って広げていく。
 リングにピッタリと嵌め込まれた灰色魔石がコロコロと外れていった。

「よし、さっさと交換するぞ」

 地面に転がっている三個の灰色魔石の二個をズボンのポケットにしまった。
 必要なのは、一個だけだ。
 右腕に装着しているアビリティリングを操作して、嵌め込まれている黒魔石を取り外した。
 代わりに灰色魔石を嵌めれば、パワーアップ完了だ。

 唯一、気になるのは、アビリティリングの本体がミスリル製だという事だ。
 やっぱり本体もハイミスリル製にパワーアップしないと、性能が落ちそうで不安だ。
 だが、これが現時点での最高装備なのは間違いない。
 これが今の私のベストだと信じよう。

「とりあえず、オンしてみるか」

 アビリティリングのスイッチをオフからオンにした。
 これで変化なしなら、黒魔石に再交換しないといけない。
 ズボンのポケットに黒魔石をしまい、トリケラトプスの角を持った。
 まずは軽く走って、性能差があるか調べてみるか。
 
「な、な、何だこれは⁉︎」

 シュバババババババ~~~~。
 走れば分かる! これは凄いやつだ!
 気分は獣。黒魔石では感じる事が出来なかったアビリティリングとの一体感が存在する。
 赤のオープンカーを走らせれば、風を感じる事は出来た。
 清々しい気分で街中を走ったものだ。
 だが、こいつは別次元だ。今の私はオープンカーそのものだ。

「ギシヤヤヤヤヤアッ‼︎」
「ふん、追って来たか」

 建物を壊しながら、ティラノサウルスが現れた。
 奴のスピードは七十キロ前後あると思う。まあまあ速い。
 だが、今の私はそれを上回っている。
 こっちは七十五キロは出るはずだ。

「うおおおおおお!」
 
 ダァン! 地面を蹴って、瓦礫を飛び越え、ただただ真っ直ぐに突き進む。
 ティラノサウルスとの距離が徐々に開いていく。そろそろ決着をつけてやる。
 高過ぎず、低過ぎず、ちょうどいい高さのビルを探さないといけない。

 そう、あれは私が会社に入社した当時の話だ。
 その当時の営業部長が新入社員に喝を入れる為に、ある伝説の営業マンの話をしてくれた。
 貴重な魔石を使ったアビリティリングは、多くの会社で製造、開発、販売されている商品だ。
 その主な使用者は、今も昔も要人や富裕層が多く。防弾ベストの代わりに使われている。
 その為に色々な会社が金持ち達の目の前で、激しい実演販売を繰り広げたそうだ。

 ハンマーで殴られまくる。股間を蹴られる。猛スピードの車に撥ねられる。猛獣と戦う。
 数々の営業マン達が命懸けの実演販売をしたそうだ。
 その中に、入社三カ月の若さと情熱だけしか持っていない、一人の新米営業マンがいたそうだ……。

「わざわざ伝説通りにやらなくてもいいな」

 六十階以上はありそうな高層ビルを見つけた。
 屋上は地上三百六十メートル。あれは高過ぎる。こっちは四十階もあれば十分だ。
 それでも途中から飛び降りればいいはずだ。
 伝説の営業マンが飛び降りたビルは二十五階建てだ。
 床から天井までの階高が三メートルなのか、六メートルなのか分からない。
 場合によっては、あのビルの十二階と同じ高さかもしれない。
 不安は色々ある。それでもやるしかない。
 
「おりゃー!」

 六十階建て高層ビルに到着すると、ブチブチと外壁に繁殖している草の蔓を引き千切った。
 その長い蔓をグルグルと角に巻き付け、蔓の端と端を結んで、輪っかを作る。
 あとは肩に通して、背中に背負って、外壁を覆う草のはしごを登っていくのみだ。

「フゥー、フゥー」

 私が登るのが先か、追いついたティラノサウルスがビルを倒すのが先か。
 外壁の草を掴んで、両手両足で蜘蛛のように登っていく。
 疲れた時は外壁に足でも突き刺せばいい。
 現在地は地上二十二階。目標まで残り十八階だ。

「ギシヤヤヤヤヤアッ‼︎」
「くっ、急かしやがって!」

 奴の雄叫びが近づいて来ている。
 両腕に力を入れて、気持ちだけは早く登るようにする。
 途中で落ちたら威力は足りないし、落ちるのが早すぎると本当に意味がない。
 二十五階、三十階、三十五階……ドガァーン‼︎

「くぅぅぅ、あと少しだけ待ちやがれ!」

 ビルが大きく揺れた。
 真下を見れば、ティラノサウルスが体当たりした直後だった。
 外壁に巨体の左側が埋まっている。
 あの体当たりにタイミングを合わせれば、狙い通りの場所に角を突き刺せるかもしれない。

「次の体当たりに合わせるしかないな」

 時間はない。三十五階、地上二百メートルは超えている。
 ビルが何度も攻撃に耐え切れるはずがない。
 背中に背負っている角の鋭い先端を地上に向けると、胸に強く抱き締めた。
 あとは覚悟を決めるだけだ。死へのカウントダウン開始だ。
 もちろん、私のじゃないと願っている。

「三、ニ、一、ゴー!」

 地獄に落ちろ。その覚悟で私はビルから飛び降りた。
 角が動かないように、胸に抱き締め、股の間に強く挟んで、身体は縮こめる。
 ビルの外壁を頼りに、付かず離れず、決して敵との距離は間違わないように落下する。

「ぬおおおおおおおおお‼︎」

 落下の風圧で、ビシビシと顔面に黒ネクタイが当たってくる。
 こらこら、私の視界を遮るんじゃない。狙いがズレるだろうが!

「ギシヤヤヤヤヤアッ‼︎」

 真下に見えるティラノサウルスが、二度目の体当たりをビルに喰らわせた。
 身体の左半分が建物に埋まっている。身体は固定されたような状態。
 タイミングは狙い通りバッチリ。残る問題は威力だけ。

「ぬおおおおお‼︎ ぐほぉぉ⁉︎」
「ギシヤヤヤヤヤアッ‼︎」

 ズゥガァシャーン‼︎
 鋭い角の先端と私の臀部がティラノサウルスの脳天に直撃した。
 私の雄々しい一本角は折れず、砕けず、ティラノサウルスの頭部を貫通した。
 それどころか、勢いは止まらず、地面に頭部を突き刺しひれ伏せさせた。
 ティラノサウルスはピクリとも動かない。完全に沈黙した。

「あぐっ、うううううう、おおおおおお!」
 
 だが、勝利の代償は凄まじかった。
 私は股間を押さえて、地面の上を激痛に耐えながら転げ回った。
 私の一部は沈黙できなかった。私の一部がポキッと折れた気がする。
 命は助かったが大事なものを失った気がする。
 
 ♢
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