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第4話 娘のキャンピングカーと獣人娘
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パトカーに乗せられると、同年代と二十代の男の警察官に事情を話した。
その結果、ズボンと食事、僅かなお金を手に入れた。
そして現在……私は娘のいる町に到着する事が出来た。
「あそこに見えるのが探している車だ。上手くいくといいな」
「はい、ありがとうございます。お陰で助かりました」
時刻は午前九時、四十代の渋い警察官が、公園に駐まっている白い大きな車を指差している。
数日かけて、町まで送り届けてくれて、しかも地元の警察に連絡して、車の居場所まで調べてくれた。
まあ、税金を払っているんだから、これぐらいは当然だ。
軽くお礼を言うと、私は白いキャンピングカーを目指した。
「ふぅ……」
この車の中に娘がいると思うと少し緊張してしまう。
言うなれば一度契約した取引先と関係が悪化して、契約を破棄されたような最悪の状態だ。
その最悪な状態から再契約をするのは至難の業である。
通常はお詫びの気持ちとして、手土産の一つぐらいは用意する場面である。
まあ、そんな金があればここまで来ない。
娘の手紙と写真を左手に持つと、右手でキャンピングカーの右側中央にある扉をコンコンと叩いた。
「すみません。おはようございます。ちょっとよろしいでしょうか?」
いきなり、「ケイト! いるんだろう! 出て来い!」なんて強い口調で呼びかけたりしない。
まずは慎重に様子を見なければならない。
それに見栄を張って、まったく関係ない赤の他人の車の写真を送って来た可能性もある。
「はぁ~い、何ですか?」
しばらく待っていると扉がスッと開いて、中から眠そうな感じの金色の瞳の猫娘が現れた。
娘の写真に映っていた一人で間違いない。年齢は娘と同じ十八歳前後だろう。
左右の髪と耳の色は頭のちょうど真ん中で分かれていて、左側が薄い茶色、右側が艶のある黒色。
毛先が肩から鎖骨に届くか届かない微妙な長さなので、ボブヘアではなく、ロブヘアのようだ。
身長百六十センチ程で、スラッとした小柄な体型で、どこにでもいる普通に可愛い少女だ。
白シャツと黒のハーフパンツを隠すように、迷彩柄の大きなフード付きジャンパーを着込んでいる。
「すみません、朝早くから……こちらにケイトさんはいらっしゃいますか?」
「えっーと、その前に小父さん誰ですか?」
突然の訪問者、それに見窄らしい中年の男だ。かなり警戒されている。
私は安心させる為に写真を見せて、ケイトの父親だと話した。
「私はケイトの父親でギルバートと言います。こちらに娘がいると手紙を受け取ってやって来ました」
「えっ、嘘……ぷっふふふ。まさかのご本人さん、登場。ちょ、ちょっと待ってて——ねぇねぇ、ケイト、パトリ! 横領して浮気したギルっちが来たよぉ~!」
猫娘が楽しそうにキャンピングカーの後方に移動すると、仲間を呼んでいる。
どうやら私が会社を横領解雇された事は、この辺境の地まで伝わっているようだ。
おそらく妻か息子が連絡したのだろう。
そのお陰で最悪の第一印象からスタートしなければならない。
「ほらほら、ケイトもパトリも起きなよ。あんたの嫌いなお父さんがやって来たよ」
「あぁー、もぉー、いないって言ってよ。朝からムカつく顔なんて見たくないんだから」
ケイトの声が聞こえて来たが、私に会いたいという気持ちはなさそうだ。
三年も放置していたんだ。当然の反応だな。
それにしても車内は汚いな。汚部屋と呼んでもいいような惨状だ。
服も下着も脱ぎっ放し、食事に使った皿は汚れたまま、ゴミまで放置している。
女が三人もいれば、誰か一人ぐらいは掃除してもいいだろうに、酸っぱい感じの異臭までする。
喫煙者と同じで臭いになれてしまって、何も感じないようだ。
とりあえず、今は車の外で待つしかない。
ケイトが車の中にいるからといって、ズカズカと上がり込む事は出来ない。
この車は年頃の若い女がルームシェアしている男子禁制の花園だ。
勝手に入れば、ブタ箱に送られてしまう。
「ほらほら、私達に遠慮せずに親子で話しなよぉ~。ほら、ギルっちも中に入って、適当に座っていいよぉ~」
「お邪魔します」
「あぁー、もぉー、分かったから……」
猫娘が強引にケイトを引っ張って来た。
適当に座っていいと言われたので、中に入って座れる場所を探してみた。
車内の内装は白と黒の二色でハッキリと分かれている。
前方の真ん中に白いテーブルが一つあり、テーブルを囲むように、L字と単体の白いソファー、回転する運転席と助手席が配置されていて、後方にキッチン、トイレ、風呂、二段ベッドがあった。
その中で私は単体のソファーに座った。
「それで何? 何で来たの?」
L字のソファーに猫娘と一緒に座ったケイトは、不機嫌そうに青色の瞳で私を睨んでいる。
私と同じ金色の髪は鎖骨まで伸ばして、部分的に赤色に染めて、頭の後ろで結んで、馬の尻尾を作っている。
中世的な顔立ちに、ふわっとした長袖の白のブラウスに濃い緑色の長ズボン。
しばらく見ないうちにますます男っぽくなっただけでなく、態度も胸もデカくなったようだ。
「母さんから連絡があったんだろう? 会社をクビになって、住む場所も働く場所も失ったんだ。出来るだけ迷惑をかけないから、しばらく、ここで雇ってくれないか? お金が貯まったらすぐに出て行くから」
「そんなの嫌に決まっているし。何であんたみたいな最低な屑野朗の面倒見ないといけないの。はい、話は終わり。さっさと出て行って」
単刀直入に頭を下げてお願いしてみたが、やっぱり断られてしまった。
「まあまあまぁ~。そんなに焦らなくてもいいじゃん。それじゃあ、私が面接を始めさせてもらいまぁ~す! ギルっちは横領と浮気以外で出来る事はないの?」
「……」
ケイトは一切私を受け入れるつもりはないようだが、猫娘の方は面白そうだと楽しんでいる。
かなり失礼な質問で、他人の不幸を楽しむタイプの獣人のようだ。
人間と獣人の外見的な大きな違いはないので、猫娘も耳と尻尾を隠せば、人間の女にしか見えない。
それでも身体的な大きな違いはある。
人間の寿命が百年なのに対して、獣人の寿命は五十年だ。
そして、寿命が短いからこそ成長が早く、約八年で成人と変わらない容姿になり、十歳で成人扱いされる。
見た目の年齢が若いからといって、精神年齢まで若いとは限らない。
かなり失礼な質問だが、年上の面接官と思って、キチンと受け答えするしかない。
「車の運転と多少の整備が出来ます。あとは部屋の掃除と料理も出来ます」
「ほぅほぅ、なるほど。確かにこの車には家政婦は必要だと思うけど、小父さんメイドはちょっとなぁ~」
猫娘はぐるりと汚い車内を見回した後に言った。
小母さんメイドならば、採用する意思はあるそうだが、流石に性転換手術を受けるつもりはない。
「ミア、もういいでしょう? こんなジジイを雇っても何の役にも立たないだから。ほら、不採用だから早く出て行ってよ。それに加齢臭くさいのよ。気分が悪くなる」
ケイトが鼻をつまんで嫌な顔をしている。
その臭いは私の加齢臭ではなく、車内から発生する生活臭だと強く訴えたい。
「えっー、仮採用でいいんじゃん! タダで色々とこき使えるんだからお得だよ。にぃひひひひ、それにこの程度で帰すなんて勿体ないよぉ~。自分の父親をボロ雑巾のように、こき使えるチャンスなんて、二度とないんだからね」
猫娘の名前はミアと言うらしい。まあ、そこは重要ではない。
重要なのはミアが私を仮採用として雇って、滅茶苦茶にイジメようとケイトに提案している事だ。
何の恨みもないはずの猫娘に、ボロ雑巾される理由はないはずだ。
「へぇー、それは確かに面白そうね」
「そうそう。ケイトが社長だよ。何でも命令できるんだよ」
ヒィー!
二人はニヤニヤと笑って私の方を見ている。
二人の頭の中では凄惨なオヤジ狩り、オヤジ苛めが行なわれているはずだ。
ゴクリと喉を鳴らして、私は自分の未来の酷い姿を想像してしまった。
逃げ出すなら今かもしれないが、逃げたところで待っているのは家無し金無し地獄だ。
流石に一日三食は無理かもしれないが、一日一食は食べさせてくれると信じたい。
「まずは、そのムカつく髭を脱毛するのは確定として、ついでに全身脱毛、あとは——」
「それじゃあ、ケイトは賛成でいいとして。ねぇねぇ、パトリもオヤジ狩りするでしょう? きっと楽しいよ」
楽しいのはイジメる方だけだ。
ミアは車内の後方を見ると、ベッドにまだ寝ている最後の一人を呼んだ。
もう二人、仮採用に賛成しているので、多数決なら聞く必要はないはずだ。
だとしたら、全員賛成で仮採用されるシステムかもしれない。
まだまだ油断は出来ない状況らしい。
「ふわぁ~~……なに?」
ベッドの方を見ると、ベッドの二段目で何かが動いたような気がした。
目は悪くはないが、ベッドの二段目で白い塊が動いて大欠伸している。
「ねぇ、パトリ。小父さん雇って、オヤジ狩りするけどいいよね?」
ミアがベッドの上の白い塊に、気軽に恐喝と暴行をするか聞いている。
ケイトが送って来た写真に真っ白な長い髪の女が写っていた。
なので、白いシーツが動いて喋っている訳ではないと思う。
「んんっ? いいけど、オヤジ狩りはお金になるの?」
「えっ……あっ、ごめん。このオヤジ狩っても何も手に入らないかも。全然お金持ってなさそうだし」
パトリと呼ばれる女は透き通るような声で聞いてきた。
ミアは私を下から上に向かって見ると、ガッカリしたように答えた。
確かにお金は小銭しか持っていない。まだホームレスの方が持っているぐらいだ。
「だったらやらない方が良いよ。お年寄りの治療費とか意外とかかるんだよ」
「あぁー、なるほど。だったら精神的にイジメないとダメなのか……ちょっと面倒かも」
「そういう事じゃないだけど……とりあえず、イジメるよりは沢山働かせた方がマシだよ」
パトリはベッドから降りながら、ミアとくだらない会話を続けている。
そんなにオヤジ狩りしたいなら、一部の変態達を雇えばいい。
若い女三人にオヤジ狩りされて、給料が貰えるなら、雇われたいと思うはずだ。
給料を貰って、その給料をオヤジ狩りで取られて、その取られた給料を給料で貰って……。
無限オヤジ狩りループから、誰も抜け出せなくなる。
でも、今はそんな変態達の事はどうでもいい。
ベッドから現れたパトリの姿が衝撃的だった。
「天使……?」
思わずそう呟いてしまった。
金色の瞳に、腰まで届く真っ白な長い髪に隠れるように、背中に真っ白な翼が見えた。
これで頭上に光る輪っかが見えたら天使だと思っただろう。
服装は真っ白なパーカーと黒のスカートに黒のニーソックスを着ている。
神秘的な雰囲気は、ガサツなケイトやノリで生きてるようなミアとは対照的だ。
真面目な人間が悪い友達に、悪い道に誘われてしまったように見える。
「よく間違われるけど、天使じゃないよ。私は鳥だから」
「そうそう、パトリは鳥だよ。それじゃあ、パトリも仮採用に賛成という事で……まずは何をさせようかぁ?」
パトリがL字ソファーの端っこに座ると、ミアが私の仕事内容を話し始めた。
掃除、料理、買い物、洗濯——何でもいいから、さっさと決めてほしい。
♢
その結果、ズボンと食事、僅かなお金を手に入れた。
そして現在……私は娘のいる町に到着する事が出来た。
「あそこに見えるのが探している車だ。上手くいくといいな」
「はい、ありがとうございます。お陰で助かりました」
時刻は午前九時、四十代の渋い警察官が、公園に駐まっている白い大きな車を指差している。
数日かけて、町まで送り届けてくれて、しかも地元の警察に連絡して、車の居場所まで調べてくれた。
まあ、税金を払っているんだから、これぐらいは当然だ。
軽くお礼を言うと、私は白いキャンピングカーを目指した。
「ふぅ……」
この車の中に娘がいると思うと少し緊張してしまう。
言うなれば一度契約した取引先と関係が悪化して、契約を破棄されたような最悪の状態だ。
その最悪な状態から再契約をするのは至難の業である。
通常はお詫びの気持ちとして、手土産の一つぐらいは用意する場面である。
まあ、そんな金があればここまで来ない。
娘の手紙と写真を左手に持つと、右手でキャンピングカーの右側中央にある扉をコンコンと叩いた。
「すみません。おはようございます。ちょっとよろしいでしょうか?」
いきなり、「ケイト! いるんだろう! 出て来い!」なんて強い口調で呼びかけたりしない。
まずは慎重に様子を見なければならない。
それに見栄を張って、まったく関係ない赤の他人の車の写真を送って来た可能性もある。
「はぁ~い、何ですか?」
しばらく待っていると扉がスッと開いて、中から眠そうな感じの金色の瞳の猫娘が現れた。
娘の写真に映っていた一人で間違いない。年齢は娘と同じ十八歳前後だろう。
左右の髪と耳の色は頭のちょうど真ん中で分かれていて、左側が薄い茶色、右側が艶のある黒色。
毛先が肩から鎖骨に届くか届かない微妙な長さなので、ボブヘアではなく、ロブヘアのようだ。
身長百六十センチ程で、スラッとした小柄な体型で、どこにでもいる普通に可愛い少女だ。
白シャツと黒のハーフパンツを隠すように、迷彩柄の大きなフード付きジャンパーを着込んでいる。
「すみません、朝早くから……こちらにケイトさんはいらっしゃいますか?」
「えっーと、その前に小父さん誰ですか?」
突然の訪問者、それに見窄らしい中年の男だ。かなり警戒されている。
私は安心させる為に写真を見せて、ケイトの父親だと話した。
「私はケイトの父親でギルバートと言います。こちらに娘がいると手紙を受け取ってやって来ました」
「えっ、嘘……ぷっふふふ。まさかのご本人さん、登場。ちょ、ちょっと待ってて——ねぇねぇ、ケイト、パトリ! 横領して浮気したギルっちが来たよぉ~!」
猫娘が楽しそうにキャンピングカーの後方に移動すると、仲間を呼んでいる。
どうやら私が会社を横領解雇された事は、この辺境の地まで伝わっているようだ。
おそらく妻か息子が連絡したのだろう。
そのお陰で最悪の第一印象からスタートしなければならない。
「ほらほら、ケイトもパトリも起きなよ。あんたの嫌いなお父さんがやって来たよ」
「あぁー、もぉー、いないって言ってよ。朝からムカつく顔なんて見たくないんだから」
ケイトの声が聞こえて来たが、私に会いたいという気持ちはなさそうだ。
三年も放置していたんだ。当然の反応だな。
それにしても車内は汚いな。汚部屋と呼んでもいいような惨状だ。
服も下着も脱ぎっ放し、食事に使った皿は汚れたまま、ゴミまで放置している。
女が三人もいれば、誰か一人ぐらいは掃除してもいいだろうに、酸っぱい感じの異臭までする。
喫煙者と同じで臭いになれてしまって、何も感じないようだ。
とりあえず、今は車の外で待つしかない。
ケイトが車の中にいるからといって、ズカズカと上がり込む事は出来ない。
この車は年頃の若い女がルームシェアしている男子禁制の花園だ。
勝手に入れば、ブタ箱に送られてしまう。
「ほらほら、私達に遠慮せずに親子で話しなよぉ~。ほら、ギルっちも中に入って、適当に座っていいよぉ~」
「お邪魔します」
「あぁー、もぉー、分かったから……」
猫娘が強引にケイトを引っ張って来た。
適当に座っていいと言われたので、中に入って座れる場所を探してみた。
車内の内装は白と黒の二色でハッキリと分かれている。
前方の真ん中に白いテーブルが一つあり、テーブルを囲むように、L字と単体の白いソファー、回転する運転席と助手席が配置されていて、後方にキッチン、トイレ、風呂、二段ベッドがあった。
その中で私は単体のソファーに座った。
「それで何? 何で来たの?」
L字のソファーに猫娘と一緒に座ったケイトは、不機嫌そうに青色の瞳で私を睨んでいる。
私と同じ金色の髪は鎖骨まで伸ばして、部分的に赤色に染めて、頭の後ろで結んで、馬の尻尾を作っている。
中世的な顔立ちに、ふわっとした長袖の白のブラウスに濃い緑色の長ズボン。
しばらく見ないうちにますます男っぽくなっただけでなく、態度も胸もデカくなったようだ。
「母さんから連絡があったんだろう? 会社をクビになって、住む場所も働く場所も失ったんだ。出来るだけ迷惑をかけないから、しばらく、ここで雇ってくれないか? お金が貯まったらすぐに出て行くから」
「そんなの嫌に決まっているし。何であんたみたいな最低な屑野朗の面倒見ないといけないの。はい、話は終わり。さっさと出て行って」
単刀直入に頭を下げてお願いしてみたが、やっぱり断られてしまった。
「まあまあまぁ~。そんなに焦らなくてもいいじゃん。それじゃあ、私が面接を始めさせてもらいまぁ~す! ギルっちは横領と浮気以外で出来る事はないの?」
「……」
ケイトは一切私を受け入れるつもりはないようだが、猫娘の方は面白そうだと楽しんでいる。
かなり失礼な質問で、他人の不幸を楽しむタイプの獣人のようだ。
人間と獣人の外見的な大きな違いはないので、猫娘も耳と尻尾を隠せば、人間の女にしか見えない。
それでも身体的な大きな違いはある。
人間の寿命が百年なのに対して、獣人の寿命は五十年だ。
そして、寿命が短いからこそ成長が早く、約八年で成人と変わらない容姿になり、十歳で成人扱いされる。
見た目の年齢が若いからといって、精神年齢まで若いとは限らない。
かなり失礼な質問だが、年上の面接官と思って、キチンと受け答えするしかない。
「車の運転と多少の整備が出来ます。あとは部屋の掃除と料理も出来ます」
「ほぅほぅ、なるほど。確かにこの車には家政婦は必要だと思うけど、小父さんメイドはちょっとなぁ~」
猫娘はぐるりと汚い車内を見回した後に言った。
小母さんメイドならば、採用する意思はあるそうだが、流石に性転換手術を受けるつもりはない。
「ミア、もういいでしょう? こんなジジイを雇っても何の役にも立たないだから。ほら、不採用だから早く出て行ってよ。それに加齢臭くさいのよ。気分が悪くなる」
ケイトが鼻をつまんで嫌な顔をしている。
その臭いは私の加齢臭ではなく、車内から発生する生活臭だと強く訴えたい。
「えっー、仮採用でいいんじゃん! タダで色々とこき使えるんだからお得だよ。にぃひひひひ、それにこの程度で帰すなんて勿体ないよぉ~。自分の父親をボロ雑巾のように、こき使えるチャンスなんて、二度とないんだからね」
猫娘の名前はミアと言うらしい。まあ、そこは重要ではない。
重要なのはミアが私を仮採用として雇って、滅茶苦茶にイジメようとケイトに提案している事だ。
何の恨みもないはずの猫娘に、ボロ雑巾される理由はないはずだ。
「へぇー、それは確かに面白そうね」
「そうそう。ケイトが社長だよ。何でも命令できるんだよ」
ヒィー!
二人はニヤニヤと笑って私の方を見ている。
二人の頭の中では凄惨なオヤジ狩り、オヤジ苛めが行なわれているはずだ。
ゴクリと喉を鳴らして、私は自分の未来の酷い姿を想像してしまった。
逃げ出すなら今かもしれないが、逃げたところで待っているのは家無し金無し地獄だ。
流石に一日三食は無理かもしれないが、一日一食は食べさせてくれると信じたい。
「まずは、そのムカつく髭を脱毛するのは確定として、ついでに全身脱毛、あとは——」
「それじゃあ、ケイトは賛成でいいとして。ねぇねぇ、パトリもオヤジ狩りするでしょう? きっと楽しいよ」
楽しいのはイジメる方だけだ。
ミアは車内の後方を見ると、ベッドにまだ寝ている最後の一人を呼んだ。
もう二人、仮採用に賛成しているので、多数決なら聞く必要はないはずだ。
だとしたら、全員賛成で仮採用されるシステムかもしれない。
まだまだ油断は出来ない状況らしい。
「ふわぁ~~……なに?」
ベッドの方を見ると、ベッドの二段目で何かが動いたような気がした。
目は悪くはないが、ベッドの二段目で白い塊が動いて大欠伸している。
「ねぇ、パトリ。小父さん雇って、オヤジ狩りするけどいいよね?」
ミアがベッドの上の白い塊に、気軽に恐喝と暴行をするか聞いている。
ケイトが送って来た写真に真っ白な長い髪の女が写っていた。
なので、白いシーツが動いて喋っている訳ではないと思う。
「んんっ? いいけど、オヤジ狩りはお金になるの?」
「えっ……あっ、ごめん。このオヤジ狩っても何も手に入らないかも。全然お金持ってなさそうだし」
パトリと呼ばれる女は透き通るような声で聞いてきた。
ミアは私を下から上に向かって見ると、ガッカリしたように答えた。
確かにお金は小銭しか持っていない。まだホームレスの方が持っているぐらいだ。
「だったらやらない方が良いよ。お年寄りの治療費とか意外とかかるんだよ」
「あぁー、なるほど。だったら精神的にイジメないとダメなのか……ちょっと面倒かも」
「そういう事じゃないだけど……とりあえず、イジメるよりは沢山働かせた方がマシだよ」
パトリはベッドから降りながら、ミアとくだらない会話を続けている。
そんなにオヤジ狩りしたいなら、一部の変態達を雇えばいい。
若い女三人にオヤジ狩りされて、給料が貰えるなら、雇われたいと思うはずだ。
給料を貰って、その給料をオヤジ狩りで取られて、その取られた給料を給料で貰って……。
無限オヤジ狩りループから、誰も抜け出せなくなる。
でも、今はそんな変態達の事はどうでもいい。
ベッドから現れたパトリの姿が衝撃的だった。
「天使……?」
思わずそう呟いてしまった。
金色の瞳に、腰まで届く真っ白な長い髪に隠れるように、背中に真っ白な翼が見えた。
これで頭上に光る輪っかが見えたら天使だと思っただろう。
服装は真っ白なパーカーと黒のスカートに黒のニーソックスを着ている。
神秘的な雰囲気は、ガサツなケイトやノリで生きてるようなミアとは対照的だ。
真面目な人間が悪い友達に、悪い道に誘われてしまったように見える。
「よく間違われるけど、天使じゃないよ。私は鳥だから」
「そうそう、パトリは鳥だよ。それじゃあ、パトリも仮採用に賛成という事で……まずは何をさせようかぁ?」
パトリがL字ソファーの端っこに座ると、ミアが私の仕事内容を話し始めた。
掃除、料理、買い物、洗濯——何でもいいから、さっさと決めてほしい。
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