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第2話 優しい横領の理由
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「ほら、ガラクタだ。もう二度と会社に近づくんじゃないぞ」
「ちっ……」
屈強な警備員に私物が詰め込まれた段ボール箱を一つ渡されて、私は会社から追い出された。
私のお陰で初めて警備員の仕事が出来たんだから感謝しろよ。
「何、あの人? ズボン履いてないんだけど」
「どうせ酔っ払いだろう。よくある事じゃないか」
通勤中の事情を知らない人々の好奇の眼差しが私に向かってくる。
持っていた金目の物は全て部長に奪われた。
高級車、高級時計、高級スーツ、高級ブーツ、高級財布の中の現金さえも奪われた。
今の私は段ボールに入った私物とワイシャツとトランクスと靴下だけの惨めな姿だ。
こんな新手の変態みたいな格好で、人通りの多い場所にはいられない。
「と、とりあえず、静かな所に移動するか……」
警察に通報される前に、私は人通りの少ない路地裏に逃げ込んだ。
そして、携帯電話を取り出すと、ある番号に電話をかけた。
私が会社からお金を横領したのは自分の為ではなく、人助けだった。
けれども、携帯電話から聞こえてきた声は機械の声だった。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめのうえ——』
「こ、これは一体どういう事なんだ……?」
♢
そう、あれは三ヶ月前の事だった。私が取引先を回っていた時の事だ。
「うわぁー、最悪だな。とりあえず、あそこの店に避難するか」
あの日は、ザァーザァーと激しい雨が突然降って来て、私はその雨を避ける為に小さな喫茶店に入った。
そこで彼女、シンシアと出会ってしまった。
二十六歳の彼女は対面に座る、三十八歳の中年の男と激しく口論していた。
「んっ?」
「私には、あなたしか頼る人はいないの。必ず返すからお願い助けて!」
「いい加減にしてくれ! 会えばいつも金、金、金じゃないか! 俺は金じゃないぞ!」
私はコーヒーを一杯だけ注文すると、雨の音を掻き消すような二人の会話に耳を傾けた続けた。
取引先との話のネタに使えると思ったからだ。
「あなたには、いつも迷惑をかけているのは分かっている。でも、母さんの手術費用に今すぐにお金が必要なの。一生かけてお金は返すから、お願い助けて!」
「もう疲れたんだ! お前とは二度と会いたくない。助けて欲しいなら、警察にでも頼んでろ。じゃあな!」
「あっ、待っ……」
会話の内容から二人の関係はある程度分かった。
まず結婚を前提に付き合っている恋人同士で、彼女には病気の母親がいる。
その手術費用を男に借りようとしている。
そして、既に何度も男にお金を借りているようだ。
その所為か、男は何度頼まれても絶対にお金を貸そうとしなかった。
それどころか彼女を置いて、一人で店を出て行った。
貸したくない気持ちは分からない訳ではないが、酷い男だ。
彼女はテーブルに顔を突っ伏して泣き始めた。
「あっ、ああ、母さん、私……あっ、ああ」
「……すみません。よろしかったら、使ってください」
「えっ……あなたは」
私には多額の手術費用を貸すお金はないが、小さな優しさを貸すぐらいは出来た。
胸ポケットからハンカチをそっと取り出すと、彼女に手渡した。
そう、それが彼女、シンシアとの出会いだった……。
♢
「ちっ……」
屈強な警備員に私物が詰め込まれた段ボール箱を一つ渡されて、私は会社から追い出された。
私のお陰で初めて警備員の仕事が出来たんだから感謝しろよ。
「何、あの人? ズボン履いてないんだけど」
「どうせ酔っ払いだろう。よくある事じゃないか」
通勤中の事情を知らない人々の好奇の眼差しが私に向かってくる。
持っていた金目の物は全て部長に奪われた。
高級車、高級時計、高級スーツ、高級ブーツ、高級財布の中の現金さえも奪われた。
今の私は段ボールに入った私物とワイシャツとトランクスと靴下だけの惨めな姿だ。
こんな新手の変態みたいな格好で、人通りの多い場所にはいられない。
「と、とりあえず、静かな所に移動するか……」
警察に通報される前に、私は人通りの少ない路地裏に逃げ込んだ。
そして、携帯電話を取り出すと、ある番号に電話をかけた。
私が会社からお金を横領したのは自分の為ではなく、人助けだった。
けれども、携帯電話から聞こえてきた声は機械の声だった。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめのうえ——』
「こ、これは一体どういう事なんだ……?」
♢
そう、あれは三ヶ月前の事だった。私が取引先を回っていた時の事だ。
「うわぁー、最悪だな。とりあえず、あそこの店に避難するか」
あの日は、ザァーザァーと激しい雨が突然降って来て、私はその雨を避ける為に小さな喫茶店に入った。
そこで彼女、シンシアと出会ってしまった。
二十六歳の彼女は対面に座る、三十八歳の中年の男と激しく口論していた。
「んっ?」
「私には、あなたしか頼る人はいないの。必ず返すからお願い助けて!」
「いい加減にしてくれ! 会えばいつも金、金、金じゃないか! 俺は金じゃないぞ!」
私はコーヒーを一杯だけ注文すると、雨の音を掻き消すような二人の会話に耳を傾けた続けた。
取引先との話のネタに使えると思ったからだ。
「あなたには、いつも迷惑をかけているのは分かっている。でも、母さんの手術費用に今すぐにお金が必要なの。一生かけてお金は返すから、お願い助けて!」
「もう疲れたんだ! お前とは二度と会いたくない。助けて欲しいなら、警察にでも頼んでろ。じゃあな!」
「あっ、待っ……」
会話の内容から二人の関係はある程度分かった。
まず結婚を前提に付き合っている恋人同士で、彼女には病気の母親がいる。
その手術費用を男に借りようとしている。
そして、既に何度も男にお金を借りているようだ。
その所為か、男は何度頼まれても絶対にお金を貸そうとしなかった。
それどころか彼女を置いて、一人で店を出て行った。
貸したくない気持ちは分からない訳ではないが、酷い男だ。
彼女はテーブルに顔を突っ伏して泣き始めた。
「あっ、ああ、母さん、私……あっ、ああ」
「……すみません。よろしかったら、使ってください」
「えっ……あなたは」
私には多額の手術費用を貸すお金はないが、小さな優しさを貸すぐらいは出来た。
胸ポケットからハンカチをそっと取り出すと、彼女に手渡した。
そう、それが彼女、シンシアとの出会いだった……。
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