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第一章 平凡高校生vs不良集団

第1話 謎の賽銭箱

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「はぁ、はぁ……」

 桜が舞い散る春。出会いと別れの季節だけど、もう出会いは始まっている。
 学校の帰りの道を少し遠回りして、駆け足で走る俺の名前は神村かみむらはるか

 苗字は神村だけど、家が神社をやっているわけでも、辺境の村育ちでもない。
 髪を染めた事もない、ごく平凡な16歳の高校二年生だ。

 父親は会社員、母親は数字が付くコンビニのパート、妹は別の高校の一年生をやっている。
 庭付きの一戸建てに住んでいるけど、犬も猫も飼っていない。
 どちらか片方飼えば、絵に描いたような理想の家庭になれるけど、その予定はない。

 そんな平凡な一般家庭の長男に生まれた俺が、毎日欠かさずにやっている事がある。
 それは小さな神社の賽銭箱に五円入れる事だ。

「どうか神様、俺の願いを叶えてください」

 いつものように両手を二回叩いてお願いした。
 具体的なお願いよりも、小さなお願いでも叶えて貰った方が嬉しい。
 月読神社というボロい神社だけど、もう三年以上も続けている日課だ。

 そのお陰が分からないけど、希望の高校にも合格できた。再来年には大学受験だ。
 今度も藤原ふじわらさんと同じ学校に合格して、藤原さんを遠くから見守りたい。
 いつか別れが訪れるとしても、大学卒業までは延長したい。

 藤原さんは中学二年生から片思いしている女の子だ。
 リスのような素敵な笑顔で、長く綺麗な茶髪を後頭部でポニーテールにしている。
 手足はバレリーナのように細く綺麗で、帰り道で偶然会った俺にも挨拶してくれる。
 俺にとっては女神や天使のような存在だ。

 裏道にあるこの神社にも、藤原さんの帰り道じゃなかったら来ない。

 だけど、馬鹿みたいなお願いをするつもりはない。
 万が一にも願いが叶って、藤原さんの恋人になってしまったら終わりだ。
 藤原さんの輝かしい人生の最大の汚点になってしまう。
 藤原さんの幸せを願うなら、お金持ちの美青年と結婚してもらう事を祈るしかない。

「そろそろかな?」

 神社の転落防止用の岩柵から下の道を覗いてみた。
 午後4:37分、スマホの時刻を確認して、カメラの動画をタッチした。
 ピコーンとスマホが鳴るけど、周囲には誰もいないから大丈夫だ。
 胸の鼓動が馬鹿みたいに激しくなる。これが恋というものだ。

「嗚呼、今日も綺麗だぁ」

 神社の物陰に隠れて、今日も帰宅中の制服の天使をスマホの画面と一緒に見守り続ける。
 この辺は人通りが少ないから、変質者に藤原さんが襲われたら大変だ。
 万が一の時はこの命を懸けてでも、藤原さんを助けなくてはいけない。

「ふぅー、問題なしと」

 撮影を邪魔する者も心配している事も今日も起こらなかった。
 あとは家に帰って、動画を堪能しながら試験勉強するだけだ。

「ただいま」

 無事に帰宅すると、いつものように時間は過ぎていった。
 試験勉強の息抜きに軽くゲームしたり、春アニメを見たりする。
 あっという間に時間が過ぎて、寝る時間になる。
 別に嫌ではない。寝て起きれば、学校で藤原さんと会える。

「そろそろ寝ないとな。お休み、藤原さん」
 
 ベッドに入ると、スマホの画面の藤原さんにお休みのキスをして目を閉じた。
 俺の青春は順風満帆だ。これ以上の幸せはあり得ない。

 チクタク、チクタク……

『千のお願いを以って、お前のお願いを叶えてやろう』
「んんっ……」

 時計の針が進む音に混じって、爺さんのか細い声が聞こえた気がした。
 爺さんには興味がないから、藤原さんの声で起こして欲しい。

『ピッピッピッ♫』
「チュン、チチュン」
「んっ? 何だ、これ?」

 スマホのアラームと小鳥達の合唱で目を覚ますと、枕の横に小さな賽銭箱が置かれていた。
 濃茶色の長方形で横長十センチ程で、縦に七本の棒が並んでいる。
 行きつけの神社のボロ賽銭箱にソックリだ。
 隙間に腕を通せば、小銭が盗めるぐらいに防犯意識がないあの賽銭箱だ。

かおるのイタズラか? まさかなぁ」

 妹のイタズラかと思ったけど、俺の為に賽銭箱を買うはずがない。
 こんな物を買うぐらいなら自分の服を買っている。
 
 不気味な賽銭箱だけど、朝は時間がないから、ちょうどいいかもしれない。
 藤原さんの朝の見守りに行けない代わりに、何かお願いでもしてみよう。
 ベッドから起き上がると、大量の五円玉を入れたガラス瓶から一枚取り出した。

「今日も藤原さんが幸せでありますように……」

 家の中だから、手は叩かずに静かに二回合わせてお願いした。

『その願いを叶える事は出来ない』
「んっ? へぇー、喋る賽銭箱なんだ。おっと早く支度しないと」

 願いを言うと、賽銭箱からご利益がありそうな爺さんの神声が聞こえてきた。
 面白い賽銭箱みたいだけど、今は学校に遅刻しないように急ぐのが先だ。
 賽銭箱を本棚の空きスペースに置いて、制服に着替えた。
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