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第四章:商人編

第137話 鬼教官

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 地下33階に到着した。宝箱は六個あるらしい。
 数十匹の巨大ゴキブリが一度に襲ってきたが、両手から弾丸を発射して駆除した。
 地面に大量の白魔石と黒甲殻が落ちている。薬品製造で粉薬が作れそうだ。
 鉄盾の内職はまだ終わってないが、色々な内職があった方が気分転換になるだろう。

「この魔石も駄目みたいだな」

 メルが嵌めている魔術の指輪に、ゴキブリの魔石を押し付けてみたが吸収されない。
 強化素材の属性魔石がよく分からないが、火竜やウッドエルフの魔石は吸収された。
 吸収される魔石と吸収されない魔石がある。

 おそらく魔法属性が関係していると思う。
 火竜は火、ウッドエルフは木だろう。
 特定の魔法属性を吸収させる事で、指輪が強化されるはずだ。
 まずは四十八種類の魔石を調べて、どれが属性魔石なのか把握する。

「うっ、うっ! ううううっ!」
「この辺にあるんだな?」
「あうっ」

 宝箱を見つけたようだ。
 地面を指差した後に、埋まっている範囲をグルグル指差している。
 それが終わると、俺が魔力で引っ張っている小船に乗り込んだ。
 早く内職を終わらせたいようだ。

 五十分後……

「よし、進化の時間だぞ」

 一時間もかからずに紅蓮石を二個見つけた。
 安全な階段の中まで移動すると、小船に乗っているメルに吸収させようとした。

「ゔゔっ!」
「痛ぁ! こら、進化しないと大人になれないぞ!」

 だけど、紅蓮石を持つ手を思いっきり叩かれた。大人にはなりたくないようだ。
 もしくは痛いのが嫌なんだろう。でも、嫌でも進化してもらわないと俺が困る。
 無理矢理に頭に押しつけて吸収させた。

「あと五分我慢すれば終わるからなぁー」
「ゔゔゔゔっっ‼︎」

 メルが階段をのたうち回っているが、俺は粉薬を作るのに忙しい。
 階段を通る冒険者が心配そうに見ているが、いつもの事だと言っておいた。

【名前:ゾンビアサシン 年齢:7歳 性別:ゾンビ 身長:136センチ 体重:32キロ】
【進化素材:命結晶七個】
【移動可能階層:25~50階】

「なっ⁉︎ アサシンだと⁉︎」

 数分後、メルの呻き声が聞こえなくなった。
 粉薬を作るのをやめて、見てみると暗殺者になっていた。
 厳しく育て過ぎた所為で悪い道に進んでしまった。

『素早さLV2』『千里眼LV2』『会心率LV2』『防具製造LV1』『薬品製造LV1』

 でも、新アビリティを五つも覚えている。教育方法は間違っていない。
 キチンと能力は上昇しているし、性格が少し悪くなっただけだ。
 この調子でビシバシと教育してやろう。

「よし、メル。粉薬作りを手伝ってくれ」
「ゔぁ? へっ!」
「……」

 訂正しよう。性格がかなり悪くなっている。
 嫌な顔をしてから、階段にうつ伏せに寝転んだ。手伝うつもりはないようだ。
 仕方ないので、抱えて小船に乗せた。寝るならこっちに寝てもらう。

 ♢

 寝転んでいるメルは気にせずに、冷たい風が吹き荒れる雪原を小船は進んだ。
 魔術の指輪に倒した氷蛇、レッドゴーレムの魔石を吸収させた。
 雪熊の魔石は吸収されなかったが、メル用の服の素材に多めに倒しておいた。

 地下29階……

 メルはまだ寝転んでいるが、ここでは頑張って仕事してもらう。

「メル、休憩終わりだ。宝箱は何個あるんだ?」
「ゔっ」
「宝箱は十個もないぞ。本当は何個あるんだ?」
「ゔっ」

 反抗期なのか知らないが、寝転んだまま両手の指を全部見せてきた。
 もう一度聞いたら、十個から変更するつもりはないようだ。
 俺が殴らないと思って、舐めた態度を取っているなら、溶岩の中に放り込む。
 そうすれば自主的に進化して、火傷を治療したいと思うだろう。

「分かった。もう俺は知らないからな。ここに置いて行くからな。いいんだな?」
「……」
「分かった。勝手にしろ」

 だが、俺はコイツの親と同じ屑になるつもりはない。
 小船を溶岩洞窟に置くと、スタスタと歩いて離れていく。
 三分もせずに心配になって、泣きながら追いかけてくるはずだ。

 十五分経過……

「あのガキめ!」

 洞窟の壁に擬態して様子を見ていたが、ピクリとも動かない。
 何日間も死んだフリで遊んでいたから、長期戦は得意なようだ。

 だったら、強面の冒険者に頼んで脅してもらう。
 俺が颯爽と現れて助けてやれば、死ぬほど感謝する。
 それで二度と反抗しなくなる。

 でも、俺が助ける前に、冒険者がメルに殺される危険もある。
 ここはその辺にいるマグマスライムに襲わせた方が得策だ。
 マグマスライムを捕獲すると、小船に向かって放り投げた。
 さあ、闘争本能を呼び覚ませ。

「ゔゔっ⁉︎ あうっ!」

 狙い通りにメルが驚いて飛び起きると、襲ってきたマグマスライムを殴りつけた。
 だけど、マグマスライムの身体はとても熱い。うっかり触ると大火傷だ。
 ズボッと身体にめり込んだ右拳を慌てて引き抜いている。

「ゔゔっ! ゔゔっ!」

 触ると熱いと学習したのか、弓矢を鈍器のようにして叩き始めた。
 少し賢くなったが、あの攻撃で倒すのは無理だ。

「もう見ていられないな。使え」

 これ以上は見る価値はない。このままだと永遠に倒せない。
 背中に装備している氷剣を抜くと、メルの近くに放り投げた。

「あうっ?」

 回転しながら飛んでいった氷剣が地面に突き刺さった。
 音に気づいたメルが弓矢の攻撃をやめて、氷剣を見つめている。

「さあ、その剣を使うんだ」

 まだ助けるのは早すぎる。危機的状況が人を成長させる。
 誰かが助けてくれると期待するな。自分の命は自分で守るしかない。
 剣を拾えという熱い視線を送り続ける。

「ゔゔっ!」
「よし、いいぞ。そのまま斬り殺せ」

 俺の念が通じたのか弓矢を放り投げると、氷剣の柄を両手で握って振り上げた。
 剣の使い方は短剣で覚えていたようだ。刀身を持っていたら凍傷になっていた。
 マグマスライムに氷剣を突き刺して、アイススライムに変えて倒した。

「チッ。また寝ている。俺がいないと駄目人間になるな」

 次は何をするかと様子を見守っていたが、アイススライムの上に雪熊の毛皮を敷いて寝始めた。
 他にやりたい事がないようだ。きっと思考がゾンビなんだろう。
 冒険者が来たら襲う、冒険者が来ないなら休む、そんな単純な思考だ。

「やはり厳しくしないと駄目だな」

 駄目ゾンビを見守るのをやめた。嫌われる事を恐れるべきではない。
 擬態をやめて近づくと、溶け始めたアイススライムを蹴り壊した。
 メルが地面に腹から落ちた。

「あゔっ‼︎」
「いつまで寝ている! さっさと仕事しろ!」
「ううっ、ううっ」

 容赦なく蹴り起こすと、近くの地面を怒鳴りながら踏み砕いた。
 メルは頭を抱えて震えているが、俺を鬼教官にしたのはお前だ。

「いいか。この魔石を指輪に百個吸収させろ。そうすれば休憩させてやる。あと宝箱は何個ある? 嘘付いたら、こうだからな!」
「ゔっ! ゔっ!」
「よし、二個だな。さっさと案内しろ!」
 
 地面に落ちているマグマスライムの魔石を拾って、指輪に無理矢理に吸収させた。
 ついでに宝箱の数を聞いてから、地面をまた踏み砕いた。
 俺の気持ちは今度は伝わったようだ。震える指を二本見せてきた。

「はうっ!」

 やはり上下関係は重要だ。氷剣を持たせて、メルにマグマスライムを倒させていく。
 氷剣の魔力補給は、ゴキブリの魔石が大量にあるから問題ない。
 アビリティ習得も重要だが、俺への忠誠心はもっと重要だ。忠誠心を育ててやる。

「残り88個だ。早く倒さないと百個追加するぞ」
「ゔゔっ!」
「反抗的だな。五十個追加だ」
「ゔっ⁉︎」

 小船に乗って、歩いているメルの後ろを付いていく。
 立ち止まっている駄目ゾンビには、小岩を作って近くに投げつける。
 流石に当てるまではしない。怪我させると治療する手段がない。

 201個目……

「ゔっ、ゔっ!」
「んっ? どういう事だ?」

 あと450個吸収させないといけないのに、魔術の指輪に魔石が吸収されなくなった。
 指輪が壊される前に小船から飛び降りて、メルから魔石を取り上げた。
 魔石を指輪に叩きつけても吸収されない。

【神器の指輪:使用者に炎魔法LV1を与える】
【強化素材:黒妖犬の牙五十個、マグマスライムの炎核五十個、炎竜の鱗五十枚】

「……予想通りだな」

 調べ終わると、メルが嵌めている貴重な指輪を取り上げた。
 子供が持つには早すぎる。俺の指にこそ相応しい。

「おお! 使える!」

 指輪を嵌めると、右手の人差し指に魔力を集めてみた。
 人差し指の先に赤い炎が現れて揺れている。

「よしよし、良くやった。さあ、26階に行くぞ」
「あうっっ、うあっっ!」

 人差し指から火を消すと、満面の笑みでメルの頭を撫でまくった。
 次は26階の黒妖犬を弓矢で倒してもらおう。
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