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第三章:魔人編

第124話 ダンジョン主

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「んっ? 何で通れないんだ?」

 出発してから約五秒、小船に最初の危機的状況が訪れた。
 49階へ上る階段の中に入れない。小船の船首がゴツゴツと見えない壁に当たっている。

「まったく、どういうつもりだよ。いきなり通行止めか?」

 小船から降りると、階段の結界を調べに向かった。小船が通れない時点で何かおかしい。
 神の結界が通れないのはモンスターだけで、小船だけなら通れるはずだ。

【魔人結界】——地下50階のダンジョン主が作り出した結界。破壊不能、脱出不能。

「はぁ? そんなの知らねえよ!」

 階段を塞ぐ結界から左手を離して剣を抜くと、怒り任せに斬りつけた。
 最近まで自由に出入りさせてたくせに、いきなり脱出できないとか巫山戯るな。

 ギィーン‼︎

「チッ、この辺で許してやる」

 二十回程、結界をデタラメに斬りつけたが、破壊できない事が分かっただけだった。
 ここから出るには、この結界を作った本人を壊さないと駄目らしい。
 でも、魔人結界と言われても、俺には全然心当たりがない。剣を鞘に戻して考え始めた。

 多分、ダンジョン主は開かずの扉の中にいると思う。
 このまま待機していれば、ヴァン達が倒せば結界は消える。
 逆にヴァン達が倒されれば、永遠に消えない。

 だったら今すぐに加勢に行った方がいいが、進化には時間がかかる。
 やるとしたら、このままで戦わないといけない。

「仕方ない。見学に行くか」
 
 何時間待つか分からないのに、黙って待っているほど暇じゃない。
 苦戦しているようなら手伝って、楽勝ならトドメを刺して腕輪を回収だ。
 さっき言ったばかりだが、ダンジョンの中を逃げ回る自信はある。

 小船に再び乗り込むと、五階の開かずの扉を目指して進んでいく。
 ロビンに「本体はまだ出ないのか?」と聞きたいが、アイツは適当に予想する。
 また外れだろう。誰もいない、静かな階段を上りきった。

「何だよ、もう終わったのか?」

 開かずの扉の前にオヤジ達がボッーと突っ立っている。
 このまま小船をゆっくり反転させてもいいけど、腕輪を見てからでもいいだろう。

「おっ! 何だよ、心配で見に来たのか?」
「そういうわけじゃない。もうダンジョン主は倒したのか?」

 俺に気づいたオヤジの一人が勘違いして聞いてきたが、結界の事は内緒だ。
 姉貴に全てを聞いているはずの俺が、結界の存在を知らないのはおかしい。

「へぇー、あの竜人はダンジョン主って言うのか。今入ったばかりだから、兄さんも行けよ」
「いや、俺はいいよ。見に来ただけだから……」
「はいはい、分かってるよ。毒持ちみたいだが、兄さんなら無敵だろ。頑張って来いよ!」
「ちょっ、このぉ……!」

 やるとは一言も言ってないのに、小船から無理矢理に降ろされて、扉の中に集団で押し込まれた。
 俺はお前達が心配で見に来たんじゃない。俺が外に出られるか心配で見に来たんだ。

「やらないって言ってるだろう! やって欲しいなら、その赤い剣と青い剣を寄越——」
「ほらよ!」

 カラン、カラン!

「くっー!」

 報酬を要求し終わる前に、オヤジが炎剣と氷剣を躊躇なく投げ込んできた。
 俺は端た金で何でもやる恥知らずな男じゃない。
 だが、そこまで言うなら、一番後ろから援護ぐらいはしてやる。

 ♢

「チッ、腰抜けクソジジイ共め」
「戻ってくるなんて、急に一人で帰るのが怖くなったんですか?」
「違う。報酬分の仕事をしてやろうと思っただけだ」
「だったら前に行けよ。こっちは人数足りてるんだから」
「お前が行けよ! お前、遠距離できないだろ!」

 炎剣と氷剣を左右の手に持って、後方で弓矢を構えているロビンの横に加わった。
 アレンが前に行けと文句を言っているが、どう考えても、前衛が前衛に行くべきだ。

 前衛はヴァン、ガイ、クォーク、金髪の雷鞭使い。
 後衛はロビン、アレン、坊主頭の回復棍棒使い、赤髪の風ブーメラン使い。
 前衛四、後衛四のバランスの良い隊列だが、扉の所にさらにオヤジ十二人がいる。
 不測の事態が起きたとしても、戦力的には何とかなる人数だ。

「攻撃しないのか?」
「相手が動かないのに、迂闊に攻め込むつもりはないですよ。様子見です」
「ふーん。慎重だな」

 距離は残り100メートルを切っているのに、誰も攻撃しない。
 椅子に座っている紫色の竜人もピクリとも動かない。
 俺をゾンビにした罠を思い出すが、部屋に中にはゾンビが落ちてくる穴は見えない。

「来ますよ」
「ああ」

 距離50メートル。
 武器を構えて近づく俺達に対して、竜人がゆっくり椅子から立ち上がった。
 そして、最大級の警戒をする中で予想外の事が起きた。

「よくぞここまで辿り着いた。人間共よ。我が名はルティヤ。このダンジョンの支配者だ」
「なっ⁉︎ 嘘だろ、モンスターが喋りやがった!」

 竜人の口からしゃがれた男の声が聞こえてきた。
 戦闘中に動揺するべきではないが、喋れるモンスターは見た事がない。
 もしかすると、あっちは竜に噛まれた男かもしれない。

「お前達如きが喋れるのだ。驚くほどの事ではあるまい」
「如きかよ。随分と下に見られたもんだな。お前を倒せば腕輪を貰えるのか?」

 尊大な竜人に臆する事なく、ガイは矛先を向けて問いかけた。
 この人間を下に見た話し方は、多分元人間という線はハズレだ。
 モンスターならば、喋れたとしても殺人罪には問われない。

「慌てるな人間、もう少し会話を楽しめ。そこの腐った奴、お前はこちら側の人間だな。何故、我に刃を向けている?」
「えっ、俺?」
「そうだ、お前だ。我に逆らうのならば、容赦なく捻り潰す。命が惜しくはないのか?」
「あぁー……」

 会話の途中だったが、竜人が突然右腕を俺に向けて、仲間だろうと言ってきた。
 仲間になった覚えはないが、これはチャンスかもしれない。話を合わせて交渉するか。

「分かった、仲間になる。仲間になれば、俺は何を貰えるんだ?」
「そんなものは決まっている。我に仕える栄誉だ。お前はこの城で永遠に我の僕として暮らせる。これ以上の褒美はこの世に存在せぬ」
「……」

 はい、さっさとブッ殺します。
 何も貰えないのに永遠にタダ働きしたいヤツはいません。
 
「悪いな、そんな褒美なら仲間になれない。褒美はお前の命に変えさせてもらう」

 右手に持っている氷剣の切っ先を向けて、交渉決裂を教えてやった。
 俺に仲間になって欲しいなら、月に28個の殺生白珠を納めて、邪魔な結界を解け。

「愚かな。同族のよしみで慈悲をくれてやったのに断るとはな。では、問おう。炎と氷、どちらが好きだ?」
「何だ、それ? 炎と氷なら、炎だな。もう殺していいか?」
「構わぬ。出来るものならやってみろ。お前が消し炭になる前にな」

 命乞いでもするかと思ったのに、右手に炎、左手に氷の塊を作って聞いてきた。
 火竜と氷竜の能力を持っているようだが、その程度なら逆に安心だ。
 くだらない人生最後の質問に答えてやると、氷剣の切っ先に鋭い氷柱を作って発射した。

 ドガッ!

「……」

 悪いな。今の俺も両方使える。
 発射された氷柱は竜人の左胸に直撃して砕け散った。
 やはりこの程度では死なないが、戦闘開始の合図にはちょうどいい。

「おおー!」

 合図と同時に八人の冒険者が動き出した。
 俺は予定通りに最後方から援護するから頑張って……とは行かないようだ。

 ガシャン‼︎

「なっ⁉︎」

 天井と壁のステンドグラスが砕け散ると、大量の水が流れ落ちてきた。

「気をつけろ! ガラスが落ちてくるぞ!」
「その前にブッ殺す!」

 ガラスへの注意が飛び交う中、ガイの槍が竜人に向かって飛んでいった。
 でも、その槍を軽々と竜人は左手で掴んで受け止めた。

「そうだ、急いだ方が良い。我が倒されるのが先か、お前達が溺れ死ぬのが先か、さて、どちらだろうな?」
「くだらない手を使う。水上を歩けないとでも思ったのか? 行くぞ!」
「おおー!」

 竜人が愉快そうに口角を上げて話していたが、まったく効果はなかった。
 ヴァンの掛け声で恐怖する事なく、前衛達は水浸しの床を蹴って突撃した。

「まさか、これを使うとはな……」

 後ろを振り返ると、開かずの扉がまた閉まっていた。これは長期戦になりそうだ。
 背中の鞄を開けて、水上歩行の靴を取り出して履き替えた。
 ゾンビなら溺れ死ぬ事はないが、水の上は歩けない。
 ついでに殺生白珠も使っておこう。ここで死んだら永遠に使えない。
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