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第三章:魔人編

第105話 四十四階氷竜

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「厄介なのは凍結能力だけだな。多分、牙や爪だけじゃなくて、触れるだけでも凍結する」

 フェンリルを楽に倒す為の作戦会議が始まった。
 フェンリルの動きが素早い、ゴーレムの覗き穴が使えない……はとりあえず置いておく事にする。
 問題は同時に何個も解決できない。

 触れたら危険なら、だったら触れなければ安全だ。
 触れられる前に、一撃で首や胴体を切断すれば倒せると思う。
 まあ、それはさっきやって失敗したばかりだ。必殺の一撃が躱されたら大ピンチになる。

「やはり遠距離攻撃でやるしかないか」

 これもさっきやって上手くいかなかったが、空中から弾丸を撃ちまくれば、射撃のLVがアップする。
 手袋無しの射撃はLV1だ。これがLV4ぐらいまで上がれば、弾丸が当たる可能性がある。

 おそらく、フェンリルの身体からは常に、冷風のようなものが噴き出している。
 それが鎧の役目をしていると思う。それさえ貫通できれば、弾丸は当たるはずだ。
 ゴーレムから飛び出して、服を脱いで、命懸けで凍結耐性を習得するよりはマシな作戦だと思う。
 こっちは習得する前に死んでしまう。

「よし、出発だ!」
「あうっ!」

 二人だけの作戦会議は終わった。
 ゴーレムを上空に飛ばすと、さっきのフェンリル達を探していく。
 上空から落ちた一匹は多分死んでいるはずだ。
 どこかに赤い魔石が落ちてないか、こっちも探してみる。

「いた。二匹だけか」

 しばらく捜索を続けていると、地上に二匹のフェンリルを見つけた。
 今度は寝転んでないから警戒していたようだ。二匹とも空にいる俺を見上げている。

「では、作戦開始だ!」

 両手を地上に向けると、フェンリルの片方だけに狙いを定めた。
 走れなくなるまで追いかけ回して、バテバテの状態のところを弾丸の海に沈めてやる。

 ドガガガガガッッ‼︎

「ガルゥ、ガルゥ……!」
「さて、何分持つかな?」

 狩りが始まった。弾丸の雨をフェンリルは波打つように走って躱していく。
 これが全速力だとしたら長くは持たない。
 逆に手加減しているのなら、2~3時間の追いかけっこを覚悟しないといけない。

 七時間後……

「はぁ……疲れた。これは駄目だ」

 地上に降りると、山積みになっている黒い弾丸を退けて、赤い魔石と白い毛皮を回収した。
 予定通りにフェンリルを弾丸の海に沈めた。だけど、長かった。長過ぎる戦いだった。
 安全には倒せたけど、楽に倒すという目標とはかなりかけ離れている。

「LV3か。こっちも予定通りか」

 射撃のアビリティを調べると、LV1からLV3になっていた。
 あれだけ撃ったんだから、LV5ぐらいにはなってほしかった。
 正直もう追いかけっこはしたくないけど、今度は六時間ぐらいで倒せるかもしれない。

「はぁ……残り九匹だと思って頑張りますか」

 やる気はないけど、やはり死にたくはない。長時間でも安全第一で生きたい。
 次のフェンリルを探して、空に飛び立った。

 ♢

 十七時間後……

「ヤバイな。早すぎる!」

 戦闘の時間感覚が麻痺してきたのかもしれない。
 五匹目のフェンリルを三時間で倒して喜んでしまった。
 普通の一対一の戦闘時間は秒か分だ。時は未知の領域である。

 現在の射撃LVは5だ。LVが上がるたびに倒す時間が、六時間、五時間、四時間と短くなっている。
 まあ、俺がフェンリルの動きを予想して、躱す方向に弾丸を撃っているのも大きいだろう。
 LV7になれば、絶対に一時間を切れるはずだ。これで分の世界に戻れる。

「さてと、さっさとLV7になるか」

 十二時間後……

 俺の考えは甘かったようだ。LV5から全然LVが上がらなくなった。
 LVではなく、技術で二時間で倒せるようになってしまった。

「もうアイツら、50階から引き返しているんじゃないのか? 間に合うのかよ」

 ようやくフェンリルの毛皮が集まったので、上空を飛んで44階を目指している。
 毛皮が欲しいのに、爪とか尻尾とか要らない素材が出てきた。
 暗黒物質も地上を撃っていた二個も見つけたから、残りの素材は氷竜だけになった。

 でも、28階の緑小竜と同じで嫌な予感しかしない。
 今度は小竜ではなく、姉貴の手帳に竜と書かれている。
 大きさを書いて欲しいのに、書いてないから分からないけど、フェンリルよりは大きいはずだ。
 最大で14メートルぐらいだと思っていれば、見ても驚かずに済むだろう。

 ♢

 地下44階……

 40階で襲われてから二日も経過している。
 流石に待ち伏せはないと思いながらも、一応は警戒する。
 予想通りに階段の中にも出口にも誰もいなかった。足跡と箱を引き摺った跡も残っていない。
 皆んな、俺よりも大事な用があるようだ。

「待ち伏せするなら、ここが良さそうだな」

 階段に拘束していたメルを連れてくると、44階の氷海を見渡した。
 時間的にもここが最適の場所だと思う。
 剣を強化して、ついでに氷竜二匹を使役できれば完璧だ。
 使役できる数は最大で三だ。

 だが、問題がある。この辺のモンスターはデカ過ぎる。
 モンスターの大きさで使役に必要な血の量は変わる。
 間違いなく、血が足りずに俺が干からびてしまう。

「やっぱり欲張らずに倒すしかないな」

 氷竜の全身を噛むつもりはないので、何ヶ月かかるか分からない輸血は諦めよう。
 ここは剣を強化する事だけに集中する。
 氷竜を探して上空を飛んで、空と地上の両方を警戒する。

「ああ、あれだな……」
 
 しばらく捜索を続けていると、氷の大地の上に青白く輝く塊を見つけた。
 大きさは10メートルぐらいしかないから、予想よりは小さい。
 まあ、予想よりも小さいだけで、強そうなのは変わらない。

 氷竜は太い胴体に細長い首と尻尾、背中には巨大な翼が二枚生えている。
 頭には鋭い角が背中に向かって二本あるが、攻撃用には見えない。
 姉貴情報だと、口から吐く氷の息に気をつけた方がいいそうだ。
 触れた瞬間に凍り付くらしい。

 おそらく、それ以外にも気をつけた方がいい事は沢山あるが、それは自分で見つけるしかない。
 まずは翼を破壊して、飛べなくなったところをフェンリル作戦で狙い撃ちだ。

 ドガガガガガッッ‼︎

「グオオォー‼︎」
「くっ、全然駄目だ!」

 開始四十六秒、作戦終了だ。
 弾丸の雨を弾き飛ばして、巨大竜が翼を羽ばたかせて急上昇してきた。
 青白い鱗と水色の翼が硬過ぎて、氷竜には全然効かない。

 そりゃー、二時間以上も当てないとフェンリルも倒せないんだ。
 翼を壊すだけでも一時間は欲しい。

「くっ……飛べるぶん、フェンリルよりも厄介だな!」

 直線のスピードは俺の方が勝っている。
 何とか後方を追尾してくる氷竜から、一定の距離を取れている。
 このまま逃げる事も可能だが、これは絶好のチャンスかもしれない。
 大剣で翼を破壊できれば、氷竜を地上に落とせる。

 それが出来たら大ダメージは確実で、上手くいけば転落死だ。
 もしかすると、フェンリルよりも楽に倒せるかもしれない。
 何なら翼じゃなくて、首を切り落としてもいい。
 それが出来たら一撃で終わらせられる。
 
「まあ、それが出来たら苦労はしない」

 くだらない妄想をやめると、現実を見る事にした。
 だけど、効果がありそうなのは大剣による攻撃ぐらいだ。
 体当たり一撃でゴーレムは壊されそうだけど、背中に乗りさえすれば一方的に攻撃できる。
 絶対に倒せない相手とは言えない。

「決死の突撃しかないか」

 他にいい作戦はなさそうだ。覚悟を決めると、右手から水晶剣を出して大剣に変えた。
 安全の為に胴体部分は丸岩ではなく、完全に分厚い岩壁で補強させてもらう。
 これならば、氷竜の一撃にも耐えきれるはずだ。

 逃げるのをやめて反転すると、両手で大剣を握って、氷竜に真っ直ぐに飛んでいく。
 気をつけるべきは、氷の息、前足の爪、尻尾の三つの攻撃だろう。
 緑小竜は尻尾でよく攻撃してきた。

「くっ……!」

 予想通りに真っ直ぐに飛んでくる俺に向かって、氷竜は氷の息を吐いてきた。
 息と言うよりも、小さく鋭い氷柱の無数の弾丸だ。
 それを急上昇で躱すと、氷竜も急上昇で追いかけてきた。

「ここだな」

 攻撃のチャンスだ。急上昇から急降下に切り替えた。
 こっちは翼で飛んでいるわけじゃない。両足を地上に向かって発射した。

「……⁉︎」

 氷竜から見たら、急停止もせずに、いきなり後ろ向きに走り出したようなものだろう。
 急降下しながら大剣を振り上げると、その綺麗な鼻先に大剣を振り下ろした。

 バキィン‼︎

「食らえ」
「グゴォ……‼︎」
 
 狙い通りに水晶の刀身が氷竜の顔面を切り裂き、首の途中で止まった。
 氷竜の身体から大量の血が空に飛び散って、凍り付いて赤い氷になって地上に落ちていく。
 なかなか幻想的な光景だが、首から大剣を抜かせてもらった。
 このまま一緒に落ちるのは勘弁してほしい。

「ふぅー、分の世界に戻って来れたぞ!」

 どうやら長い長い戦いはここで終わりらしい。待ち望んでいた戦闘時間、分の世界に戻ってきた。
 お祝いにこの氷の大地を、真っ赤な血の花でいっぱいにしてやる。
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