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第2話

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「さて、出産イベントをクリアしたプレイヤーの多くが、ホッと安堵した事でしょう。このゲームの身体的な最大の苦痛は終了したと言ってもいいです。それは当然の感情であり、気持ちであります。私もホッと安堵しました。けれども、次の重大イベントは待ってはくれなかったのです!」

 そう、多くのプレイヤーが激痛という出産イベントを強く意識するあまり、もう一つの重大なイベントを忘れていたのです。そのイベントとは【娘の名付け】であります。

 実際に娘がいるお父さんプレイヤーや、親戚や知り合いに可愛い女の子がいるプレイヤーならば容易く解決するイベントではあるかもしれません。

「だが、苦労して産んだ自分の娘に、適当なアニメキャラの名前を付けていいのだろうか! 片思いしていた女の子の名前を付けていいのだろうか! 何の感情もなく、『あああ』とか適当な名前でいいのだろうか! 答えはNOである!!」

 ハッ! ヒッ、ヒッ、フゥ~、ヒッ、ヒッ、フゥ~~~、ついつい感情的になってしまい、お見苦しい所を見せてしまいました。出産イベント直後のプレイヤーは、おそらく皆さん私のように、いえ、僕のように感情的になる人が多いでしょう。

 そして、娘の名前を決めないとこのゲームは次のステージに進めないのです。出産直後の制限時間5分以内にです。

 最初の『娘から何と呼ばれたいですか?』という選択肢には『お母様』『お母さん』『ママ』の3つしかなかったので、迷わずに『ママ』を選択できました。けれども、娘の名前だけは簡単に決められません。

 このゲームは1人用のゲームなのですが、何故だかリアルタイム方式を採用しているのです。ゲームを数日間放置していたら、娘が家出していなくなったり、24時間以内にゲームを再開しないと娘がグレて不良化してしまうなどの困った事態になってしまいます。

 おそらくは名前を適当に決めると、娘の成長にも悪影響が出るはずです。制限時間5分以内に私の娘にピッタリな美しく、可愛く、頭が良くて、強くて、優しくて、料理上手で、洗濯上手で、たまにドジな娘の名前を考えないといけないのです。これは出産以上の難しいイベントです。

 カタカタカタ……カタカタカタ……。

「陽葵(ひまり)、心桜(こころ)と、強制名付けイベントの後で、ネットで調べた人気の女の子の名前はどれも良さげですが、ちょっと違います。美しい漢字の名前で見た目は美しいのですが、あまりにも美し過ぎるのです。自分の娘の名前には何となく違和感を感じてしまいます。やっぱり、5分間という短い時間の中で一生懸命に考えた名前が1番なのです。さあ、プレイを再開しましょう」

 ☆

 ☆

 ☆

「エステル、エステル、剣術の訓練をしますよ。木剣ぼっけんを持って、裏庭に来てください」

「はい、ママ。すぐ行くから待っててね」

 トタトタと、私の可愛い娘が木で作られた少し大きな剣を持って走ってきます。仕事の疲れが癒されます。

「あぁ~、ボーイッシュな茶色のショートヘアに、男の子と少女の中間のような不思議な外見的魅力。間違いなく《エステル・ズゥ》にソックリ♡」

 ………あなた達が何が言いたいのかは分かっています。たったの5分間で最高の名前なんて思い付く訳がありません。昔のゲームで好きだった砂漠の下に眠る古代神殿の巫女《エステル》を自分の娘の名前に決めてしまいました。外見は肌の色と髪の色と髪型と目の色しか選択出来ませんが、私はこのエステルに大満足です。

 ハッ!! これでは好きなアニメキャラや片思いしていた同級生の名前を自分の娘の名前に付けて、自己欲求を満たそうとする変態達と同じように見えてしまいますが、私は断じて違います。奴らとは違うのです!

 さてさて、話はかなり脱線しましたが、名付けイベントが終わると、次はいきなり娘が10歳になります。0歳~9歳までの成長はゲーム開発会社がカットしました。理由は簡単です。そこまでの技術がなかったのです。

 人類はフルダイブVRゲームの開発には成功したものの、小説やアニメに出てくるような高性能な多人数参加型のVRゲームが簡単に実現できる訳もなく、現在の技術では1人用が限界であり、NPCという実際の人間ではない、AIという人工知能とのコミュニケーションを楽しむしかないのです。

 それでも、本物の現実に限りなく近い仮想世界で、見て、聴いて、触れて、匂いを嗅ぎ、味わう事が出来るようになったのです。

 ブゥン、ブゥン、ブゥンと、可愛いエステルが私の言う通りに、頑張って木剣を上から下に振り下ろしています。

「その調子よ、エステル。これなら《剣聖》も間違いないわよぉ~♬」

「ママ、もう疲れたからやめてもいいよね?」

「えっ⁉︎ でも、まだ15回よ。最低でも100回は頑張んないと。ママも一緒に訓練するから頑張ろう?」

「やだぁ、やだぁ、やだぁ! もう疲れたぁ~~!! ママと一緒にお菓子食べたいよぉ~!」

「もうぉ~、駄目よ。しっかりと訓練しないと怖いモンスターさんに食べられちゃうんですからね!」

「やだぁ、やだぁ、やだぁ~~~~! ママと一緒にお菓子食べるぅ~~!」

 可愛いエステルが木剣を放り投げて、芝生の上で手足をバタバタと、駄々を捏ね始めました。10歳なのに、いつまでも小さな子供のようです。

「もうぉ~、仕方ないなぁ~。今日だけなんだからねぇ。明日は絶対に100回頑張らないとお菓子は食べさせませんよ!」

「やったぁ~♬ ママ、大好き♡」

 トタトタトタ、ポフゥとエステルはとっても可愛い笑顔で私の胸に飛び込んできました。

(ぐぅへへへへ、もう甘えん坊さんなんだからぁ~♡)

 ☆

 

 

 
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