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前菜と名探偵
小説家のゴシップ料理
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ホームズは悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
「さて、最終質問としようか」
「ええ、どうぞ」
夢野は余裕たっぷりに、あんぽんたん博士と同じ様に足を組み鷹を見下す。
「その男、つまり乱歩君は友人に原稿を書くよう頼まれた。
しかし彼が書き上げた原稿は自己評価が高くない。
これを世に出したくないと思った乱歩君は友人に原稿はまだ書いていないと言った。
困った友人は乱歩名義での執筆、つまりはゴーストライターをやった。
そうして窮地を脱した後、乱歩君は友人に、実は原稿はあったと素直に白状した」
ホームズは静かに呼吸を整えて囁く。
「これであっているかい」
夢野は静かに両手を挙げると、参りましたと言ったように笑った。
「ええ、ええ、イエス。イエスです。流石は名探偵のお二人、エルキュール・ポアロの様です」
夢野は大げさにそう言うと捕らえられたテロリストの様に不満げに笑みを零した。
「では、後は乱歩さん。貴男が説明してください。きっと解り易いでしょう。僕より本人が話した方が」
「ワタクシが問題の説明ですか。全く、夢野さんはどこまで悪趣味なんですかねぇ」
乱歩は恥ずかし気に咳払いをすると、ゆっくりと黒歴史を作った。
「あれは、確か昭和二年の三月でしたか。
ワタクシは『一寸法師』と『パノラマ島奇談』を書き上げたのですが、異常なまでの自己嫌悪に陥りましてね。
一層の事と、休筆を決意し放浪の旅に出たのです。
当時『新青年』と云う雑誌の編集長だった横溝君は、休筆中のワタクシの作品を掲載したいと、書いてくれと、放浪先の京都までわざわざ出向い来たのです。いくらワタクシでも流石に口説かれました。
そして彼と名古屋の小酒井不木邸を訪れた際に原稿を渡す、という約束をいたしました。
しかし、ワタクシは書けなかったのです。
困った横溝君は窮余の策とし、新年号に載せる予定の横溝君の新作をワタクシの名義で掲載することにしたのです。そしてワタクシはその案に乗りました。
その夜、ワタクシと横溝君は名古屋の大須ホテルに一緒に泊まりました。
そこでワタクシは彼に「実は原稿を書いてはいたのだが、内容に自信がないので小酒井さんの前では出しかね、たった今便所の中に破って捨てた」と告白し、彼を大変悔しがらせてしまいました。
ちなみに、廃棄された原稿は、『押絵と旅する男』の原型となった作品でした。
この作品は嬉しいことに大変な評価を頂いております。
本作は魚津に蜃気楼を観に行ったことで着想を得ました。
もっとも、実際には季節外れで、蜃気楼を見ることはできませんでしたがね」
乱歩は事の流れを説明した。
「そうしたワタクシの行動が今回の問題になったのですね、夢野さん」
夢野はそう言われると「勿論です」と云う様に目を閉じた。
「夢野君の問題もあるけれど、これは乱歩君も中々だね」
明智はホームズに痛いところを突かれて、恐縮する。
「し、しかし、文士たるもの一度は通る道。のはずです」
乱歩は負け惜しみの様に強がる。
しかし、
「いいや、ないよ。最もそう言った事が出来る環境ではないって事もあったけど」と英国紳士に。
「そんな事はしませんね。流石の僕でも」と出題者にバッサリと否定された。
「しかし、楽しかったよ。誘ってくれて感謝するよ。乱歩君、夢野君」
英国医師は恭しく礼をする。
「こちらこそですよ。ドイルさん。それと夢野さんもありがとうございました」
日本のミステリーの父もそれに倣い礼をする。
「おや、乱歩さん、ドイルさん。光栄ですよ。料理がお口に合ったのなら。
しかし、今回は前菜と申しました。
まだ、お二人にはお付き合い願いますよ」
そう云って料理人は、ほんのりと湿った唇に人差し指を添えると、大胆不敵に口角を上げた。
「さて、最終質問としようか」
「ええ、どうぞ」
夢野は余裕たっぷりに、あんぽんたん博士と同じ様に足を組み鷹を見下す。
「その男、つまり乱歩君は友人に原稿を書くよう頼まれた。
しかし彼が書き上げた原稿は自己評価が高くない。
これを世に出したくないと思った乱歩君は友人に原稿はまだ書いていないと言った。
困った友人は乱歩名義での執筆、つまりはゴーストライターをやった。
そうして窮地を脱した後、乱歩君は友人に、実は原稿はあったと素直に白状した」
ホームズは静かに呼吸を整えて囁く。
「これであっているかい」
夢野は静かに両手を挙げると、参りましたと言ったように笑った。
「ええ、ええ、イエス。イエスです。流石は名探偵のお二人、エルキュール・ポアロの様です」
夢野は大げさにそう言うと捕らえられたテロリストの様に不満げに笑みを零した。
「では、後は乱歩さん。貴男が説明してください。きっと解り易いでしょう。僕より本人が話した方が」
「ワタクシが問題の説明ですか。全く、夢野さんはどこまで悪趣味なんですかねぇ」
乱歩は恥ずかし気に咳払いをすると、ゆっくりと黒歴史を作った。
「あれは、確か昭和二年の三月でしたか。
ワタクシは『一寸法師』と『パノラマ島奇談』を書き上げたのですが、異常なまでの自己嫌悪に陥りましてね。
一層の事と、休筆を決意し放浪の旅に出たのです。
当時『新青年』と云う雑誌の編集長だった横溝君は、休筆中のワタクシの作品を掲載したいと、書いてくれと、放浪先の京都までわざわざ出向い来たのです。いくらワタクシでも流石に口説かれました。
そして彼と名古屋の小酒井不木邸を訪れた際に原稿を渡す、という約束をいたしました。
しかし、ワタクシは書けなかったのです。
困った横溝君は窮余の策とし、新年号に載せる予定の横溝君の新作をワタクシの名義で掲載することにしたのです。そしてワタクシはその案に乗りました。
その夜、ワタクシと横溝君は名古屋の大須ホテルに一緒に泊まりました。
そこでワタクシは彼に「実は原稿を書いてはいたのだが、内容に自信がないので小酒井さんの前では出しかね、たった今便所の中に破って捨てた」と告白し、彼を大変悔しがらせてしまいました。
ちなみに、廃棄された原稿は、『押絵と旅する男』の原型となった作品でした。
この作品は嬉しいことに大変な評価を頂いております。
本作は魚津に蜃気楼を観に行ったことで着想を得ました。
もっとも、実際には季節外れで、蜃気楼を見ることはできませんでしたがね」
乱歩は事の流れを説明した。
「そうしたワタクシの行動が今回の問題になったのですね、夢野さん」
夢野はそう言われると「勿論です」と云う様に目を閉じた。
「夢野君の問題もあるけれど、これは乱歩君も中々だね」
明智はホームズに痛いところを突かれて、恐縮する。
「し、しかし、文士たるもの一度は通る道。のはずです」
乱歩は負け惜しみの様に強がる。
しかし、
「いいや、ないよ。最もそう言った事が出来る環境ではないって事もあったけど」と英国紳士に。
「そんな事はしませんね。流石の僕でも」と出題者にバッサリと否定された。
「しかし、楽しかったよ。誘ってくれて感謝するよ。乱歩君、夢野君」
英国医師は恭しく礼をする。
「こちらこそですよ。ドイルさん。それと夢野さんもありがとうございました」
日本のミステリーの父もそれに倣い礼をする。
「おや、乱歩さん、ドイルさん。光栄ですよ。料理がお口に合ったのなら。
しかし、今回は前菜と申しました。
まだ、お二人にはお付き合い願いますよ」
そう云って料理人は、ほんのりと湿った唇に人差し指を添えると、大胆不敵に口角を上げた。
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