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前菜と名探偵
前菜は精神的に
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「ええ、ではまず、水平思考ゲームについて説明いたします。テーブルマナーを知らないとですからね。料理を美味しく味わうには。
一つ目は、僕が丹精を込めて作ったウミガメのスープ。
これは物語の『起承転結』の『起』『結』だけ問題文として出されます。
お二人は僕が『イエス』か『ノー』で答えられる質問をして下さい。
二つ目は、答えが解ったら『起承転結』の状態になった物語を僕に教えて下さい。
それが『イエス』ならお二人の下が肥えているということです。
勿論、お二人の下が肥えていることを期待していますよ。料理人の僕は」
「なるほど、大体は解ったよ」
「ええ、ワタクシは何度か横溝君なんかとやっていますから、何かあったら仰ってください」
「感謝するよ、乱歩君」
夢野はにやりと不吉な笑みを浮かべると、ゆっくりと静かにいきを吐いた。
「では、前菜です。前菜ですから難易度はそこまで高くはありません。また、本当にあったお話です。乱歩さんには簡単すぎるかも知れませんが。宜しいですか」
「ワタクシから見ても簡単なら嬉しいのですが」
乱歩はこれまでにないほどの笑みを浮かべた。
「では」
『男は友人のゴーストライターになった。しかし、その友人は原稿を持っていた。では何故、男はゴーストライターをやった?』
「判らないことは、『イエス』か『ノー』で答えられる質問をして、謎を解くのだよね」
「ええ、そうですよ」
「ふむ、では訊いてみようか。その男は作家だったのかね」
「ええ、イエスです。書けば必ず売れるほど才の持ち主でした」
「ではワタクシも。友人は有名な作家のゴーストライターになれて嬉しかった、と云った感情はありましたか」
「ノー。困った末の苦策です。彼がゴーストライターになったのは」
「彼は友人が原稿を持っているにも関わらず、友人のゴーストライターに嫌々ながらになった、と。矛盾だらけだね」
そう言ってドイルは、アームチェアの肘掛けに肘を乗せ、手を口の前で合わせた。
獲物を狙うように鋭い目を何度もゆっくりと開閉する。
目を開いても彼には、自分の灰色の脳細胞が何を考えているかしか興味がなさそうだった。
思考をしているその姿はまさしく、ホームズそのものだった。
「その原稿の出来はあまり良くなかったかい」
「イエス、ノー。解りません。本人はどう思っているかは。ですが、最高傑作に匹敵するほどのクオリティです。その作品は」
「ではあまり本人、つまり作者の評価は高くなかったと」
「イエス。最悪でした。作者自身の評価は」
「だから、友人にゴーストライターをするように頼んだのだね」
「ノー。彼は頼んではいません」
「では、友人の方が自らゴーストライターになると提案したのですか」
「イエス。全く持ってその通りです」
「その男、もしくは友人、またはその両方はお金に困っていたかい」
「ノー、著しくは困っていません。勿論、人並みに苦労はありますが」
「では、男は友人が原稿を持っているのを、ゴーストライターの話をした時に知っていたのですか」
「ノー、知りませんでした」
「男は友人が原稿を持っているのを知った時、悔しがりましたか」
「イエス、大いに悔しがりました」
「その作家はミステリ作家ですか」
「イエス、ミステリ作家です。非常に有名で大人気な」
「おや、乱歩君。どうしてその発想に至ったのかい。原稿をトリックで出したり隠したりした為、だなんて訳では無いだろう」
「ええ、夢野さんならもっと精神を抉りに来ますね。例えばこんな風に」
乱歩は困った様な、そして多少ばかりの憎さの混じった笑みを浮かべた。
「それは、ワタクシの黒歴史ですか」
「ええ。勿論。勿論イエスです。流石は乱歩さん。気付きましたね。よく」
「では乱歩君。君はゴーストライターをやっていたのかい」
「いいえ、きっとそうではないでしょう。そうですよね、夢野さん」
「残念ですが僕は答えられないのです。『イエス』か『ノー』で答えられる質問しか」
夢野は病的までに鬱くしい、ほっそりとした自分の人差し指を、耽美なまでに形が整った彼の唇に、優しく接吻する。
「ここまで悪趣味と云うのは、逆に清々しいといいます云いますか」
乱歩は一服しているかの様に静かに息を吐く。目には見えない甘い毒の煙は夢野の周りに絡みついた。
「男はワタクシ、友人は横溝君ですね」
「ええ。そうです。そうです。流石は乱歩さん。素晴らしい、これでこそ私の乱歩さんです」
夢野はサーカスの最終演目でもあるように異常に興奮していた。
「その時の男、否、ワタクシは休筆していましたか」
「ええ、イエスです。答えるまでもないとは思いますが」
ホームズは明智小五郎にチラリと視線を送りアイコンタクトをした。
明智はホームズと目が合うと小さくコクリと肯く。
ドグラ・マグラとなっていたスープは今や簡単に買うことができるコーンスープへと変貌いた。
「ふふ、もう核心にたどり着いたのですか。名探偵さん」
「ええ、勿論です」
「では核心に迫る最後の質問をしようか」
ホームズはそう云うとゆっくりと目を閉じ、そして現実世界へ静かに戻る。
「乱歩君は原稿を捨てたかい」
「ええ、勿論。如何するのです。黒歴史を出さなくて」
英国紳士の鷹の様な鋭い目つきは、夢野に向けられた。
悪戯っ子の笑みを浮かべた名探偵は、あざとくも慣れた手付きでウィンクをする。
しかし、その可愛らしい動作と裏腹に、開いた片目は夢野を狙う鋭い目線。
「それはつまり、こういう事だね」
一つ目は、僕が丹精を込めて作ったウミガメのスープ。
これは物語の『起承転結』の『起』『結』だけ問題文として出されます。
お二人は僕が『イエス』か『ノー』で答えられる質問をして下さい。
二つ目は、答えが解ったら『起承転結』の状態になった物語を僕に教えて下さい。
それが『イエス』ならお二人の下が肥えているということです。
勿論、お二人の下が肥えていることを期待していますよ。料理人の僕は」
「なるほど、大体は解ったよ」
「ええ、ワタクシは何度か横溝君なんかとやっていますから、何かあったら仰ってください」
「感謝するよ、乱歩君」
夢野はにやりと不吉な笑みを浮かべると、ゆっくりと静かにいきを吐いた。
「では、前菜です。前菜ですから難易度はそこまで高くはありません。また、本当にあったお話です。乱歩さんには簡単すぎるかも知れませんが。宜しいですか」
「ワタクシから見ても簡単なら嬉しいのですが」
乱歩はこれまでにないほどの笑みを浮かべた。
「では」
『男は友人のゴーストライターになった。しかし、その友人は原稿を持っていた。では何故、男はゴーストライターをやった?』
「判らないことは、『イエス』か『ノー』で答えられる質問をして、謎を解くのだよね」
「ええ、そうですよ」
「ふむ、では訊いてみようか。その男は作家だったのかね」
「ええ、イエスです。書けば必ず売れるほど才の持ち主でした」
「ではワタクシも。友人は有名な作家のゴーストライターになれて嬉しかった、と云った感情はありましたか」
「ノー。困った末の苦策です。彼がゴーストライターになったのは」
「彼は友人が原稿を持っているにも関わらず、友人のゴーストライターに嫌々ながらになった、と。矛盾だらけだね」
そう言ってドイルは、アームチェアの肘掛けに肘を乗せ、手を口の前で合わせた。
獲物を狙うように鋭い目を何度もゆっくりと開閉する。
目を開いても彼には、自分の灰色の脳細胞が何を考えているかしか興味がなさそうだった。
思考をしているその姿はまさしく、ホームズそのものだった。
「その原稿の出来はあまり良くなかったかい」
「イエス、ノー。解りません。本人はどう思っているかは。ですが、最高傑作に匹敵するほどのクオリティです。その作品は」
「ではあまり本人、つまり作者の評価は高くなかったと」
「イエス。最悪でした。作者自身の評価は」
「だから、友人にゴーストライターをするように頼んだのだね」
「ノー。彼は頼んではいません」
「では、友人の方が自らゴーストライターになると提案したのですか」
「イエス。全く持ってその通りです」
「その男、もしくは友人、またはその両方はお金に困っていたかい」
「ノー、著しくは困っていません。勿論、人並みに苦労はありますが」
「では、男は友人が原稿を持っているのを、ゴーストライターの話をした時に知っていたのですか」
「ノー、知りませんでした」
「男は友人が原稿を持っているのを知った時、悔しがりましたか」
「イエス、大いに悔しがりました」
「その作家はミステリ作家ですか」
「イエス、ミステリ作家です。非常に有名で大人気な」
「おや、乱歩君。どうしてその発想に至ったのかい。原稿をトリックで出したり隠したりした為、だなんて訳では無いだろう」
「ええ、夢野さんならもっと精神を抉りに来ますね。例えばこんな風に」
乱歩は困った様な、そして多少ばかりの憎さの混じった笑みを浮かべた。
「それは、ワタクシの黒歴史ですか」
「ええ。勿論。勿論イエスです。流石は乱歩さん。気付きましたね。よく」
「では乱歩君。君はゴーストライターをやっていたのかい」
「いいえ、きっとそうではないでしょう。そうですよね、夢野さん」
「残念ですが僕は答えられないのです。『イエス』か『ノー』で答えられる質問しか」
夢野は病的までに鬱くしい、ほっそりとした自分の人差し指を、耽美なまでに形が整った彼の唇に、優しく接吻する。
「ここまで悪趣味と云うのは、逆に清々しいといいます云いますか」
乱歩は一服しているかの様に静かに息を吐く。目には見えない甘い毒の煙は夢野の周りに絡みついた。
「男はワタクシ、友人は横溝君ですね」
「ええ。そうです。そうです。流石は乱歩さん。素晴らしい、これでこそ私の乱歩さんです」
夢野はサーカスの最終演目でもあるように異常に興奮していた。
「その時の男、否、ワタクシは休筆していましたか」
「ええ、イエスです。答えるまでもないとは思いますが」
ホームズは明智小五郎にチラリと視線を送りアイコンタクトをした。
明智はホームズと目が合うと小さくコクリと肯く。
ドグラ・マグラとなっていたスープは今や簡単に買うことができるコーンスープへと変貌いた。
「ふふ、もう核心にたどり着いたのですか。名探偵さん」
「ええ、勿論です」
「では核心に迫る最後の質問をしようか」
ホームズはそう云うとゆっくりと目を閉じ、そして現実世界へ静かに戻る。
「乱歩君は原稿を捨てたかい」
「ええ、勿論。如何するのです。黒歴史を出さなくて」
英国紳士の鷹の様な鋭い目つきは、夢野に向けられた。
悪戯っ子の笑みを浮かべた名探偵は、あざとくも慣れた手付きでウィンクをする。
しかし、その可愛らしい動作と裏腹に、開いた片目は夢野を狙う鋭い目線。
「それはつまり、こういう事だね」
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