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第四話 雨月の祭り
雨月の祭り 玖
しおりを挟むそれからはこの神社は忌子や間引きした子供を返す為の神社になっていた。
そして、その一方的で忌々しい儀式の犠牲者を惹きつけたのが香因だった。彼はこちらに来た人を連れ出しては、自分の子供の様に育てていたらしい。彼らは成仏するがそのやり方では怨念だけは残ってしまうことがある。その恨みを取り出してはバケモノに食べさせていたらしい。
儀式が行われるのは現世。そして犠牲になった彼らは直ぐに黄泉の国に行ってしまう。
しかし、神社に縛られている香果さんには、浮世と常世の狭間でしか動けない彼は、どうすることも出来なかった。
「他にも石女や畜生腹と呼ばれた女性もここで命を絶った。彼らは、彼女らは極々普通の人間で全く悪いことなどしていなかった。生まれた時代が違えば生きていた、差別されずに健やかに生きていたはずなのだよ。でも私には救えなかった。祈られても、縋ってきても私の力では如何することが出来なかった。だから私は罪滅ぼしにこっちに、この町に来た人が居たら未練の残らないように、せめてもの願いを叶えられる様にしたのだよ。それが今でも続いている。要は私のただの自己満足なのだけれどね」
香果さんは他にも彼らが寂しくないように、そして棲み処を追われた妖怪たちが安心して暮らせる様にとこの町を妖怪の棲む場所にした。香果さんは、本当はただ私が寂しかったからと云うただの偽善だよ。と悲しく微笑んだ。
「それは。それは、香果さんのせいじゃないよ。絶対。僕が知っている香果さんは、優しくて、お茶目で、甘いものに目がない。神様とか人間とか妖怪とか関係なく同じように温かく接してくれて。僕はそんな香果さんと一緒に居る時間が好きなんだ」
「解っているのかい。私は彼で。彼は私なのだよ。つまりは君に敵意を向けた者と同じと言う訳なのだよ。本当は隠してしまいたかった。正体が知られてしまっては、君は私を憎み、嫌うと思ったから。大切な友人を失ってしまうと感じたから。だから、私の本体がある本殿には近づくことを禁止して、事実を葬った。しかし、今日、私の醜い正体も、意地汚い本心も全て明かるみになってしまった。それでも、君は、八雲君はこんな私と一緒に居てくれると言うのかい」
「お願いだから、自分の事をこんななんて言わないでよ」
彼の顔からは自責の念に駆られているのが明白だった。僕が逃げなければ。もっと恐怖に飲み込まれずに理性的になっていれば、こんなにも悩ませることなど無かったのに。
「ごめんなさい。その、一方的に決め付けて逃げてしまって。一人になって頭をよく冷やして思ったんだ。彼と香果さんは元は同じ人かもしれないし、末恐ろしい人ならざる者かもしれない。けれど、初対面の僕に、それこそこの町では異端な僕に家を貸してくれたり、安全に生活できるようにしてくれたりして優しくしてくれたのも。町の妖怪達から慕われているのも。いつも他人ばかり気にして、藤華さんからのツッコミが無いと自分の事なんてこっちが逆に心配になるくらい気にしないことも、僕に過去の事を話してくれたのも全部、香果さんなんだって。勿論、襲ってきた彼と同じと聞いて全く怖くない訳ではないけれど、それでも、それ以上に僕は香果さんが好きだって、一緒に居たいと思えたから」
何とか言葉を絞り出して、ふと香果さんを見た。雪の様に白く、陶器の様に滑らかな肌には潤んだ瞳から零れ落ちた真珠が伝っていた。
「旦那、八雲さん。そろそろ自分が悪うございやすは辞めたらどうですか。オレはそういう空気が嫌いなんでさぁ。押し問答されちゃ適いやせんぜ」
黒猫がひょこりと割って入って来た。人間の姿になることよりも面倒くさいといった具合で私達の顔を金色のキャットアイで睨みつけきた。
「祭りの準備だってまだ終わっちゃいないんですぜ、旦那方。ただでさえ限々なのに、これ以上時間を無駄にしたらいけぁせんぜ。いつもの『こら、遊んでばかりではいけないよ』と小言の旦那はどこ行ったんですかい」
黒猫は頭を後ろ足で搔きながら退屈そうに言った。そして背中をぐーっと伸ばすと、ペタッと座りながら先程のちょっとお道化た声を変えた。
「それに旦那。この祭りは町の妖怪たちの楽しみでもありやすがね、それ以前に旦那の事が掛かっているんですよ。流石に解っておいででしょう」
低く真剣なトーンで話す彼はこの上なく真剣そのものだった。
「それって、どういう事」
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