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第四話 雨月の祭り
雨月の祭り 漆
しおりを挟む拝殿には静掃除をしている香果さんが居た。
私が彼を見て楼門を潜ろうかと覚悟を決めようとした途端、一人の美しい女性私の目の前に居た。
彼女は無垢な真っ白な和服に美しい紫の袴。
巫女さんだろうか。しかし、私はこの神社で巫女さんをみたことが一度もない。
彼女は私と目が合うと軽く会釈をし、柔らかに微笑んだ。
顔立ちは非常に上品で真っ白な肌の底に鮮やかな血色。潤みを含んだ真っ黒な瞳は吸い込まれそうなものであったが、触れると風花の様に消えてしまうのではないかと思われる程儚く美しかった。形容するなら夏目漱石の夢十夜、第一夜に出てくるあの艶やかな女性の様であった。
「八雲様ですね。探し出すのに大変苦労致しました。こちら、主からです」
そうとだけ言って私にお守りの様なものを渡した。
これは。と私が聞く前に察してくれたのか説明をしてくれた。
「これには、主の霊力が宿っております。これを常日頃持ち歩いて下されば、この町での危険は殆ど無くなりますでしょう。主、香果は貴男の身を案じております。その為、もし貴男が生身でもしまだこの町にいらっしゃるのであれば、と」
彼女は鈴の様に美しい声で淡々と説明した。
「いえ、失礼いたしました。先ほどの話しは忘れて頂けないでしょうか。口が滑り遊ばしました」
螺鈿の様に柔らかで美しい女性は手で口を隠して微笑んだ。
「え」
「主にはお札の説明以外は話すなと申付けられているのです。しかし大変身勝手とは存じますが、主と貴男との間で何か勘違いが起きているのなら、誠に心苦しゅう事だと思ってしまい」
「それって」
私が訊き返そうとしたときにはすでに女性は消えていた。
彼女が先ほどまで居た足元には菖蒲の花弁が数枚落ちていた。
私は受け取ったお守りに静かに祈ってから楼門をくぐった。
するとすぐに香果さんが私に気が付いた。
「香果さん、ごめんなさい。その、今僕がここで生きていられるのも全部香果さんのお陰なのに。それなのに酷いことをしてしまって」
「八雲君」
香果さんは静かにゆっくりと私の名前を呼んだ。
自分の胃が悲鳴を鳴らしているのも、鼓動が大太鼓を力強く打ち鳴らしているのも嫌なほど解った。
「八雲君。君は怖くないのかい。あんな化け物を目の前にして」
「それは。正直言うと怖いよ。凄く。でも、僕の中の香果さんは優しくて、みんなの事をいつも見守っていて、自分の事より他の人を優先してよく藤華さんに怒られる人なんだ。僕に危害を加えてきたのは、香果さんじゃなくて香果さんの真似をしていた人だから。それに、香果さんはあの時彼から僕の事を守ってくれたし。香果さんが居なかったら今頃生きていなくてもおかしくないと思う。その、許されないとは解っているけれど、僕のエゴだけれど謝りたくて。本当にごめんなさい」
香果さんは悲しそうな顔をして何故か私に頭を下げた。
「私も謝らなくてはいけない。会った時初めに言っておくべきだった。私は人間の形をした化け物だって。でも君と長い時間過ごせば過ごすほど八雲君との関りを切りたくなかった。拒絶されたくなかった。自分勝手なのは私の方だよ。本当に申し訳ない」
「そんな事——」
「はいはい、旦那方。これじゃ埒があきませんぜ。ここは表面上でもお互いに許し合ってくだせぇ。そうじゃないと旦那や八雲さんは、日が暮れても年が暮れても僕が、私が、って言いかねませんがね」
黒猫がゆっくり歩きながら私と香果さんの間に入った。
黒猫はくるりと一回転して、イケメンな青年になった。
「いいですか。俺はまだ八雲さんを赦した訳ではねぇですからね」
彼はそう言って人差し指を私の額に弾いた。
「はい、本当にごめんなさい」
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