アヤカシ町雨月神社

藤宮舞美

文字の大きさ
上 下
35 / 48
第三話 愉快でハイカラな神様 番外

わびさびの茶の湯

しおりを挟む
 暖かで柔らかい日が差す孫廂で私は日向ごっこをしていた。温かい風と草木の奏でるリズムが非常に心地よかった。
「おや、八雲君。今からお茶を点てるのだけれど良かったら如何かい」
 偶々ここを通りかかった香果さんが優しく目を細める。
「お茶って、抹茶のこと」
「そうだよ」
「え、遠慮しておくよ。僕、作法とか全く判らないし」
 私は香果さんと違って日本文化に対して全く教養がない。正直に話すと、茶道は体験すらしたことがない。私には非常に敷居の高いイメージなのだ。
「大丈夫だよ。もっと気楽に楽しめば良いのだよ。ただ、茶室だと些か堅苦しいと思うから」
 そう言って好事家は軽く口に手をあて考えた後、何かひらめいた様に私を見て微笑んだ。
「そうだ、八雲君。今日は天気も良いし野点のだては如何だろうか」
「のだてって何」
「簡単に説明すると、野点とは野外でお茶を楽しむことだよ。茶室では細かい作法があるのだけれど、それを簡略化して馴染みやすくしたものだよ。勿論、野点でも茶室の様にきっちりと作法に従うこともあるけれどね」
「それなら、僕も出来そう。やってみようかな」
 判らないところは香果さんに聞こう。茶道はこの様な機会がないと知らない世界だし、体験してみるのも良いのかも知れない。それに彼なら判らないことを優しく教えてくれるだろう。


 拝殿の近くの床机台しょうぎだいに集合することになった。香果さんは準備があるから少し後に来るらしい。
 雀の声が聞こえて、東京では鳥の鳴き声を気にしたことがなかったなと思いながら、日に当たっている。すると、紫の風呂敷に包まれた箱の様なものを持って香果さんがやって来た。
「申し訳ない、八雲君。待たせてしまったね」
「いや、そんなに待ってないよ」
 香果さんは「隣に座っても良いかい」と尋ねた後、床机台に座った。

「ところで香果さん、その箱に何が入っているの」
「これはね、茶箱と云って野点の道具が入っているのだよ。見てみるかい」
 そう言って香果さんは、風呂敷を丁寧に解き、箱を開けた。
 箱の中には茶碗や陶器の壺の様なものが綺麗に入っていた。そして箱の下には畳が張られており、和棚の様な仕切りがある。箱が一つの和室になっていて私を驚かせた。
「ねぇ、香果さん。この藤の花が描かれている陶器みたいなものは何」
「これはね、振出ふりだし。お菓子を出すのに振って出すからこの名前になったのだよ」
 香果さんはそう言ってお懐紙を取り出すと、その上でほっそりとした美しい指で藤を掴み、子供の様に無邪気に、そして優しく振った。すると、華麗で可愛らしい金平糖がいくつかひょっこりと姿を現した。
 香果さんから鮮やかな宝石を頂き、一口食べた。ザクリとした触感が非常に楽しい。後で香果さんに聞いたら、お茶の前にお菓子を食べるのが一般的だそうだ。

「さて、これからお茶を点てていくよ」
「あの、そもそもお茶ってどうやって点てるの。少し興味があるから知りたいなって」
 雅人がじんはどう説明しようかと考え、はっと何かを考え付いた。
「そうだ、八雲君。八雲君もお茶を点ててみないかい。私が説明するより、自分で点てて味わった方が美味しいと思うし直感的に解ると思うのだよ」
「でも、難しそう。はじめは泡が立たなくて、苦いだけになってしまう聞いたことあるし」
「大丈夫。要領を抑えれば簡単だから」
「じゃぁやってみようかな」
 香果さんは「準備するから待っていてね」と言うと二つの茶碗に抹茶を入れた。茶碗は杜若が風に吹かれている様子が描かれており、持つとほんのり温かかった。
 香果さんは竹で出来た道具を持ち「これは茶筅と言ってこれで泡を立てるのだよ」と言い、香果さんの茶碗にお湯を入れた。そして、実践をしながら「縦に切るように。茶筅を固定して手首を使うことが泡を立てる秘訣だよ」と教えてくれた。
「最後はひらがなの『の』を書いて茶筅を上げる。これで簡単に泡が立つのだよ」
 香果さんは「頑張ってね」と言って私の茶碗にお湯を入れ、茶筅を渡してくれた。
 まず、茶筅を固定し手首を縦に動かす。茶人の動きはアルファベットのMを描くようにしていたので、Mを描く様に動かす。すると、驚いたことにきめ細やかな泡が立ってゆく。
「そして、のの字をかいて」
 出来た。自分でもびっくりするほど簡単に、クリーミーできめ細かい泡が立った。本当に香果さんの言う通りポイントを押さえれば初心者の私でも出来てしまった。
「八雲君、流石だね。初めてとは思えないよ」
「香果さんが教えてくれたからだよ」
「さぁ、冷めないうちに味わおうか」

 私が初めて点てたお茶はちょっぴり苦くて、茶葉の甘いが楽しめて、泡のお陰でマイルドな味わいだった。涼しい風に吹かれながら、ゆったりと流れてゆく時間は格別だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし学園

盛平
キャラ文芸
十三歳になった亜子は親元を離れ、学園に通う事になった。その学園はあやかしと人間の子供が通うあやかし学園だった。亜子は天狗の父親と人間の母親との間に生まれた半妖だ。亜子の通うあやかし学園は、亜子と同じ半妖の子供たちがいた。猫またの半妖の美少女に人魚の半妖の美少女、狼になる獣人と、個性的なクラスメートばかり。学園に襲い来る陰陽師と戦ったりと、毎日忙しい。亜子は無事学園生活を送る事ができるだろうか。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

裏鞍馬妖魔大戦

紺坂紫乃
キャラ文芸
京都・鞍馬山の『裏』は妖や魔物の世界――誰よりも大切だった姉の家族を天狗の一派に殺された風の魔物・風魔族の末裔である最澄(さいちょう)と、最澄に仲間を殺された天狗の子・羅天による全国の天狗衆や妖族を巻き込んでの復讐合戦が幕を開ける。この復讐劇の裏で暗躍する存在とは――? 最澄の義兄の持ち物だった左回りの時計はどこに消えたのか?  拙作・妖ラブコメ「狐の迎賓館-三本鳥居の向こう側-」のスピンオフとなります。前作を読んでいなくても解るように書いていくつもりです。

メメント・モリ

キジバト
キャラ文芸
人の魂を管理する、人ならざる者たち。 彼らは魂を発行し、時が来ると回収をする役を担っている。 高岡(タカオカ)は回収を担当とする新人管理者。彼女の配属された課は、回収部のなかでも特に変わった管理者ばかりだとされる「記録管理課」。 記録管理課における高岡の奮闘物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【台本置き場】珠姫が紡(つむ)ぐ物語

珠姫
キャラ文芸
セリフ初心者の、珠姫が書いた声劇台本ばっかり載せております。 裏劇で使用する際は、報告などは要りません。 一人称・語尾改変は大丈夫です。 少しであればアドリブ改変なども大丈夫ですが、世界観が崩れるような大まかなセリフ改変は、しないで下さい。 著作権(ちょさくけん)フリーですが、自作しました!!などの扱いは厳禁(げんきん)です!!! あくまで珠姫が書いたものを、配信や個人的にセリフ練習などで使ってほしい為です。 配信でご使用される場合は、もしよろしければ【Twitter@tamahime_1124】に、ご一報ください。 ライブ履歴など音源が残る場合なども同様です。 覗きに行かせて頂きたいと思っております。 特に規約(きやく)はあるようで無いものですが、例えば舞台など…劇の公演(有料)で使いたい場合や、配信での高額の収益(配信者にリアルマネー5000円くらいのバック)が出た場合は、少しご相談いただけますと幸いです。 無断での商用利用(しょうようりよう)は固くお断りいたします。 何卒よろしくお願い申し上げます!!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

鴉取妖怪異譚

松田 詩依
キャラ文芸
――我々は怪異に巻き込まれただけだ。 明治から新たな時代の幕が開かれようとしている都――東都(とうと)。 駅近くのアパートにて大家兼探偵事務所を営む、鴉取久郎(あとりくろう)の元には様々な怪異調査が舞い込んでくる。 相棒で、売れない小説家の三毛縞公人(みけしまきみと)と共に、奇々怪界な怪異に巻き込まれて行く。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しております

処理中です...