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第三話 愉快でハイカラな神様 番外
わびさびの茶の湯
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暖かで柔らかい日が差す孫廂で私は日向ごっこをしていた。温かい風と草木の奏でるリズムが非常に心地よかった。
「おや、八雲君。今からお茶を点てるのだけれど良かったら如何かい」
偶々ここを通りかかった香果さんが優しく目を細める。
「お茶って、抹茶のこと」
「そうだよ」
「え、遠慮しておくよ。僕、作法とか全く判らないし」
私は香果さんと違って日本文化に対して全く教養がない。正直に話すと、茶道は体験すらしたことがない。私には非常に敷居の高いイメージなのだ。
「大丈夫だよ。もっと気楽に楽しめば良いのだよ。ただ、茶室だと些か堅苦しいと思うから」
そう言って好事家は軽く口に手をあて考えた後、何かひらめいた様に私を見て微笑んだ。
「そうだ、八雲君。今日は天気も良いし野点は如何だろうか」
「のだてって何」
「簡単に説明すると、野点とは野外でお茶を楽しむことだよ。茶室では細かい作法があるのだけれど、それを簡略化して馴染みやすくしたものだよ。勿論、野点でも茶室の様にきっちりと作法に従うこともあるけれどね」
「それなら、僕も出来そう。やってみようかな」
判らないところは香果さんに聞こう。茶道はこの様な機会がないと知らない世界だし、体験してみるのも良いのかも知れない。それに彼なら判らないことを優しく教えてくれるだろう。
拝殿の近くの床机台に集合することになった。香果さんは準備があるから少し後に来るらしい。
雀の声が聞こえて、東京では鳥の鳴き声を気にしたことがなかったなと思いながら、日に当たっている。すると、紫の風呂敷に包まれた箱の様なものを持って香果さんがやって来た。
「申し訳ない、八雲君。待たせてしまったね」
「いや、そんなに待ってないよ」
香果さんは「隣に座っても良いかい」と尋ねた後、床机台に座った。
「ところで香果さん、その箱に何が入っているの」
「これはね、茶箱と云って野点の道具が入っているのだよ。見てみるかい」
そう言って香果さんは、風呂敷を丁寧に解き、箱を開けた。
箱の中には茶碗や陶器の壺の様なものが綺麗に入っていた。そして箱の下には畳が張られており、和棚の様な仕切りがある。箱が一つの和室になっていて私を驚かせた。
「ねぇ、香果さん。この藤の花が描かれている陶器みたいなものは何」
「これはね、振出。お菓子を出すのに振って出すからこの名前になったのだよ」
香果さんはそう言ってお懐紙を取り出すと、その上でほっそりとした美しい指で藤を掴み、子供の様に無邪気に、そして優しく振った。すると、華麗で可愛らしい金平糖がいくつかひょっこりと姿を現した。
香果さんから鮮やかな宝石を頂き、一口食べた。ザクリとした触感が非常に楽しい。後で香果さんに聞いたら、お茶の前にお菓子を食べるのが一般的だそうだ。
「さて、これからお茶を点てていくよ」
「あの、そもそもお茶ってどうやって点てるの。少し興味があるから知りたいなって」
雅人はどう説明しようかと考え、はっと何かを考え付いた。
「そうだ、八雲君。八雲君もお茶を点ててみないかい。私が説明するより、自分で点てて味わった方が美味しいと思うし直感的に解ると思うのだよ」
「でも、難しそう。はじめは泡が立たなくて、苦いだけになってしまう聞いたことあるし」
「大丈夫。要領を抑えれば簡単だから」
「じゃぁやってみようかな」
香果さんは「準備するから待っていてね」と言うと二つの茶碗に抹茶を入れた。茶碗は杜若が風に吹かれている様子が描かれており、持つとほんのり温かかった。
香果さんは竹で出来た道具を持ち「これは茶筅と言ってこれで泡を立てるのだよ」と言い、香果さんの茶碗にお湯を入れた。そして、実践をしながら「縦に切るように。茶筅を固定して手首を使うことが泡を立てる秘訣だよ」と教えてくれた。
「最後はひらがなの『の』を書いて茶筅を上げる。これで簡単に泡が立つのだよ」
香果さんは「頑張ってね」と言って私の茶碗にお湯を入れ、茶筅を渡してくれた。
まず、茶筅を固定し手首を縦に動かす。茶人の動きはアルファベットのMを描くようにしていたので、Mを描く様に動かす。すると、驚いたことにきめ細やかな泡が立ってゆく。
「そして、のの字をかいて」
出来た。自分でもびっくりするほど簡単に、クリーミーできめ細かい泡が立った。本当に香果さんの言う通りポイントを押さえれば初心者の私でも出来てしまった。
「八雲君、流石だね。初めてとは思えないよ」
「香果さんが教えてくれたからだよ」
「さぁ、冷めないうちに味わおうか」
私が初めて点てたお茶はちょっぴり苦くて、茶葉の甘いが楽しめて、泡のお陰でマイルドな味わいだった。涼しい風に吹かれながら、ゆったりと流れてゆく時間は格別だった。
「おや、八雲君。今からお茶を点てるのだけれど良かったら如何かい」
偶々ここを通りかかった香果さんが優しく目を細める。
「お茶って、抹茶のこと」
「そうだよ」
「え、遠慮しておくよ。僕、作法とか全く判らないし」
私は香果さんと違って日本文化に対して全く教養がない。正直に話すと、茶道は体験すらしたことがない。私には非常に敷居の高いイメージなのだ。
「大丈夫だよ。もっと気楽に楽しめば良いのだよ。ただ、茶室だと些か堅苦しいと思うから」
そう言って好事家は軽く口に手をあて考えた後、何かひらめいた様に私を見て微笑んだ。
「そうだ、八雲君。今日は天気も良いし野点は如何だろうか」
「のだてって何」
「簡単に説明すると、野点とは野外でお茶を楽しむことだよ。茶室では細かい作法があるのだけれど、それを簡略化して馴染みやすくしたものだよ。勿論、野点でも茶室の様にきっちりと作法に従うこともあるけれどね」
「それなら、僕も出来そう。やってみようかな」
判らないところは香果さんに聞こう。茶道はこの様な機会がないと知らない世界だし、体験してみるのも良いのかも知れない。それに彼なら判らないことを優しく教えてくれるだろう。
拝殿の近くの床机台に集合することになった。香果さんは準備があるから少し後に来るらしい。
雀の声が聞こえて、東京では鳥の鳴き声を気にしたことがなかったなと思いながら、日に当たっている。すると、紫の風呂敷に包まれた箱の様なものを持って香果さんがやって来た。
「申し訳ない、八雲君。待たせてしまったね」
「いや、そんなに待ってないよ」
香果さんは「隣に座っても良いかい」と尋ねた後、床机台に座った。
「ところで香果さん、その箱に何が入っているの」
「これはね、茶箱と云って野点の道具が入っているのだよ。見てみるかい」
そう言って香果さんは、風呂敷を丁寧に解き、箱を開けた。
箱の中には茶碗や陶器の壺の様なものが綺麗に入っていた。そして箱の下には畳が張られており、和棚の様な仕切りがある。箱が一つの和室になっていて私を驚かせた。
「ねぇ、香果さん。この藤の花が描かれている陶器みたいなものは何」
「これはね、振出。お菓子を出すのに振って出すからこの名前になったのだよ」
香果さんはそう言ってお懐紙を取り出すと、その上でほっそりとした美しい指で藤を掴み、子供の様に無邪気に、そして優しく振った。すると、華麗で可愛らしい金平糖がいくつかひょっこりと姿を現した。
香果さんから鮮やかな宝石を頂き、一口食べた。ザクリとした触感が非常に楽しい。後で香果さんに聞いたら、お茶の前にお菓子を食べるのが一般的だそうだ。
「さて、これからお茶を点てていくよ」
「あの、そもそもお茶ってどうやって点てるの。少し興味があるから知りたいなって」
雅人はどう説明しようかと考え、はっと何かを考え付いた。
「そうだ、八雲君。八雲君もお茶を点ててみないかい。私が説明するより、自分で点てて味わった方が美味しいと思うし直感的に解ると思うのだよ」
「でも、難しそう。はじめは泡が立たなくて、苦いだけになってしまう聞いたことあるし」
「大丈夫。要領を抑えれば簡単だから」
「じゃぁやってみようかな」
香果さんは「準備するから待っていてね」と言うと二つの茶碗に抹茶を入れた。茶碗は杜若が風に吹かれている様子が描かれており、持つとほんのり温かかった。
香果さんは竹で出来た道具を持ち「これは茶筅と言ってこれで泡を立てるのだよ」と言い、香果さんの茶碗にお湯を入れた。そして、実践をしながら「縦に切るように。茶筅を固定して手首を使うことが泡を立てる秘訣だよ」と教えてくれた。
「最後はひらがなの『の』を書いて茶筅を上げる。これで簡単に泡が立つのだよ」
香果さんは「頑張ってね」と言って私の茶碗にお湯を入れ、茶筅を渡してくれた。
まず、茶筅を固定し手首を縦に動かす。茶人の動きはアルファベットのMを描くようにしていたので、Mを描く様に動かす。すると、驚いたことにきめ細やかな泡が立ってゆく。
「そして、のの字をかいて」
出来た。自分でもびっくりするほど簡単に、クリーミーできめ細かい泡が立った。本当に香果さんの言う通りポイントを押さえれば初心者の私でも出来てしまった。
「八雲君、流石だね。初めてとは思えないよ」
「香果さんが教えてくれたからだよ」
「さぁ、冷めないうちに味わおうか」
私が初めて点てたお茶はちょっぴり苦くて、茶葉の甘いが楽しめて、泡のお陰でマイルドな味わいだった。涼しい風に吹かれながら、ゆったりと流れてゆく時間は格別だった。
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